ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
99 / 161

第九十九話

しおりを挟む
 勿論、そんな事をこの僕が出来るわけがない。

 自身のつまらない虚栄心で白瀬を死に追いやってしまってから、僕は心に決めた事がある。

 僕が自分自身に課した絶対の戒め。

 それは……

 『二度と女の子と悲しませたり苦しませたりはさせない』

 ……と言う事だ。

 ならば僕には迷う事などなにもない、僕にある選択肢は一つしかないのだ。


「緑川を一人残してここを立ち去るなんて、僕は絶対に出来ません」

 僕は望月先輩の目を射抜くように見つめてそう言い切った。

「ははははっ! さすがは烏丸君がほれ込んだ男だ。
 思った通りの反応をしてくれる」

 僕の真剣な叫びに、望月先輩は高笑いをしながらそう答えた。

 そうか、僕は望月先輩の反応をみて思った。

 望月先輩は最初から僕がそんな提案を受け入れないことを承知の上で、あえてそう言ったのだ。いや、受け入れたら受け入れたで面白い事になる、程度には思っていたのかもしれない。

「お願いです、先輩。
 僕は何をされても良いです。
 その代わりに緑川にはこれ以上何もしないで解放してください」

 僕はそんな望月先輩に懇願した。

 だって、相手は望月先輩だ。このままでは緑川は絶対に無事では済まされない。その時の僕はそう確信していた。

「う~ん、君がそこまで言うなら考えても良いかな。
 本当は僕も女の子に酷い事はしたくないんだ。
 烏丸君の僕に対する無礼を全部君が償うというなら、
 緑川君はもちろん、烏丸君にも手を出さないと誓ってあげるよ」

 ここでついに望月先輩は自身の本音を漏らした。やはり望月先輩の最終目標は、自身に公衆の面前で恥をかかせた板額への復讐だったのだ。

「分かりました。
 先輩が緑川と板額を見逃してくれるなら、
 僕はどうなっても構いません」

 僕は迷わずそう答えた。そう、僕には他の選択肢などないのだ。緑川と板額の身の安全の為なら、本当に僕はどうなったって構わない。


『ホント、妬けちゃうわ。
 そんなにあの二人が大事?』

 その刹那、僕の背中をまたあの不気味な冷たい感覚が襲った。そして、凍り付くように冷たい吐息と共に白瀬の怨霊がそう耳元で囁いた。

『頼む、白瀬。今は邪魔をしないでくれ。
 僕の心も体も君のモノだ。それは誓っても良い』

 僕は心の中で白瀬の怨霊にそう懇願した。

『良いわ、平泉君。今は黙って見ててあげる』

 白瀬の怨霊はそう囁いて気配をすぐに消してくれた。とりあえず白瀬の怨霊が素直に引き下がってくれたことに僕は安堵した。でも、その事を望月先輩に悟られぬ様、また変な勘繰りをされぬ様、表情や態度にその気持ちが出ない様に僕は務めた。


「良いだろう、平泉君。
 では、僕に気が済むまで君を痛めつけさせてくれ。
 いや、心配しなくとも殺しはしないよ。
 殺人犯になってしまうからね、僕はそんな間抜けじゃない。
 それに痣とか傷跡もなるべく服着てれば目立たない様にしてあげるからね。
 君さえ今からちょっとの間、我慢すればそれでみんなハッピーさ」

 望月先輩はそう言って笑った。その笑いは罪悪感など微塵も感じさせない、本当に屈託のない笑いだった。それが逆に僕にはそこはかとなく不気味で恐ろしかった。

 ともあれ、実際に緑川と、ここには居ない板額を事実上人質に取られて、僕には拒否権はない。いや、男として、いや人間としての尊厳を捨てれば、僕だけが助かる道はある。そして、もし僕がその選択をしたとしても望月先輩は笑ってそれを許すだろう。それはそれで望月先輩にしてみれば想定済みで面白い結末なんだ。

 でも、僕にはやはり選択肢は一つしかない。それは僕自身の、許されざる罪を犯してしまった僕が持つ絶対の矜持なのだ。

「分かりました。
 僕を先輩の気の済むようにしてください。
 その代わり、緑川を無事に解放してください。 
 そして、もう二度と緑川と板額には手を出さないと誓ってください」

 僕は望月先輩の目を見てそう答えた。

「ああ、もちろん約束する。
 だから安心したまえ、平泉君」

 望月先輩はそういうと立ち上がり、ゆっくりと僕の方へ歩いて来た。

 そして僕の目と鼻の先までやって来るとにやりと笑って言った。

「さあ、平泉君、僕に恥をかかせた報いを受けたまえ」


 僕は今でもその笑いを決して忘れはしない。

 あれは……

『悪魔の笑み』

……だった。

 人間ひとのものとはとうてい思えなかった。それは底知れぬ不気味な悪意と悦楽に満ち溢れた表情だった。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...