ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
98 / 161

第九十八話

しおりを挟む
 嘘だ! 僕は思わず心の中でそう叫んだ。

 緑川をこんな姿にさせたのは間違いなく望月先輩の指示だ。

 先輩の言葉通りならあの連中の事、緑川は無事では居られまい。ああいう連中はすぐに頭に血が上るものだ。そんな連中に緑川が逆らって暴れれば、連中は歯止めが利かなくなるに決まっている。もしそうなら今の緑川は確実に奴らの毒牙に掛かっている。いくら緑川が気の強い女の子でも、所詮は女の子。一対一なら奇跡的に逃げ切れる可能性もあろうが、あんな連中に複数で襲われたらもう逃げ道はない。

 確かに今の緑川はかなり精神的に参ってはいる様に見える。その目にも涙をいっぱいに溜めている。しかし、その瞳はまだ緑川らしい強い光が残っていた。少なくとも今の緑川は心までは折られていないと僕は確信していた。

 だから、あくまで最初から拉致した後はすぐに緑川をああいう姿にする様に、望月先輩があの連中に指示をしておいたのだろう。それは僕が先ほど思った通りに、僕を精神的に追い詰める為もあっただろうが、もう一つ、あんな姿にされれば緑川といえどもあの格好では逃げ出すことも出来ないと踏んだからなのだろう。

 そこまで狡猾に考えられるのはやはり望月先輩をおいて他にはいないだろうと僕は思った。

 ただ、緑川の事を昔からよく知っている僕からすれば、心まで屈服していなければ緑川は、あんな姿でもチャンスさえあれば必ず脱出する。緑川と言う女の子はそういう女の子だ。だから僕は昔から緑川に惹かれるのだ。


「さて、ここで僕から平泉君に提案があるんだ」

 緑川から目を背けた一瞬、そんな事を考えていた僕に望月先輩が言った。そう、またいやらしい程、穏やかにそして優しい声で。それでもその中から、どろどろした凄まじい敵意が漏れ出ているのを僕は感じていた。

「考えてみれば君は今回の事も巻き込まれた立場だよね。
 あの烏丸君に言い寄られて、こうなってしまったまでだ。
 そこでは、僕は、君が僕の出す条件を飲むなら、
 何もせずにここから解放してあげても良いと思ってるんだよ」

 そう言って望月先輩はいったん言葉を切って柔らかい笑みを浮かべて僕を見た。でもその瞳はまるで獲物を狙う蛇の様に鋭かった。

「条件とは何ですか?」

 僕は自身を落ち着かせながらそう問い返した。

「簡単な事だよ。
 君が、ここで見たり聞いたりしたことは全部忘れる事。
 そして、緑川君とも、烏丸君とも、すっぱり縁を切る事」

「そうすれば僕と緑川を解放してくれるんですね」

 望月先輩が提示した条件に僕はすぐさま一言確認を入れた。

 確かに緑川にされた事を思えば望月先輩を許すことは出来ない。でも、緑川と板額と僕が別れさえすればそれで済むなら。僕はそれでも構わないと思った。だって、元々、僕にそんな資格などないからだ。僕は一生『水瀬京子の怨霊』と共に一人ぼっちで生きなければならない、そういう運命なのだから。

 しかし、僕は、この時、望月先輩の出した条件の本当の恐ろしさに気が付いていなかったのだ。それは望月先輩が不気味な笑みを浮かべながら言った次の一言で、僕は嫌と言うほどそれを思い知らされることになる。


「何を言ってるんだい、平泉君。
 開放するのは君だけだよ。
 緑川君には、一晩中ここで僕らの相手をしてもらうんだよ」

 その言葉を聞いて、望月先輩の横で、男に肩を押さえられ床に座らされていた緑川が目を見開いて望月先輩を見た。そしてそのまま緑川は、目を見開いたまま僕の方を向き直った。その瞳には、こんな状況下で僕がどんな答えを出すか、読み切れず深い不安に陥っている彼女の気持ちが滲み出ていた。

 そうだ、望月先輩はあくまでも僕と話しているのだ。その中に緑川の事が含まれていないのは当然と言えば当然だった。また、執念深い望月先輩がそんな簡単事で、僕を許すわけがない。望月先輩が出した条件の本当の恐ろしさは、僕に緑川を見捨てさせることにある。もし僕が緑川を見捨てて自分一人逃げたら、きっとこの先ずっと望月先輩はその事で僕を一生ねちねちとイジメてくる。いや、それだけじゃない。自分を見捨てて逃げた僕を、緑川にも一生恨ませるつもりなのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Re.start ~学校一イケメンの元彼が死に物狂いで復縁を迫ってきます~

風音
恋愛
高校三年生の菊池梓は教師の高梨と交際中。ある日、元彼 蓮に密会現場を目撃されてしまい、復縁宣言される。蓮は心の距離を縮めようと接近を試みるが言葉の履き違えから不治の病と勘違いされる。慎重に恋愛を進める高梨とは対照的に蓮は度重なる嫌がらせと戦う梓を支えていく。後夜祭の時に密会している梓達の前に現れた蓮は梓の手を取って高梨に堂々とライバル宣言をする。そして、後夜祭のステージ上で付き合って欲しいと言い…。 ※ この物語はフィクションです。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。 この作品は「魔法のiらんど、野いちご、ベリーズカフェ、エブリスタ、小説家になろう」にも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...