ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
96 / 161

第九十六話

しおりを挟む
「落ち着きたまえ、平泉君。
 ちょっと刺激的な画像を送ったから、君も気が気じゃないのは分かる。
 でも大丈夫だよ、緑川君はまだ無事だ。
 君が心配するようなことまではされてないよ」

 LEDランタンに照らし出された男の声が答えた。

 緑川が無事と聞いて、思わず僕は気が抜けその場にへたり込みそうになった。でも、ここでへたり込んで相手に弱みを見せるわけにはゆかない。僕は必死に自分の姿勢を維持しようと努めた。

 そして、僕は意を決して、声のする方、つまりLEDランタンに照らし出された方向へ足を進めた。

 
 やがてLEDランタンの無機質な白い光で照らし出される椅子に座る男の姿がはっきりと見えて来た。それはまるでスポットライト浴びた舞台の主役の様だった。

 その男の顔を見た瞬間、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「望月先輩?!」

 そう、そこに居たのは間違いなく望月先輩だった。彼は葵高では『超』の付く有名人だ。いくら周りの事には興味を持たない僕でも見間違えるわけがない。

 しかも、板額が転校して早々、彼女に公開告白した相手だ。その結果、僕は板額の彼氏であると全校生徒中に公表される形になった。居るか居ないか分からないボッチの僕が一躍有名人になる切っ掛けを作った張本人が望月先輩なのだ。僕があの顔を忘れるわけがない。

「覚えていてくれて光栄だよ、平泉君。
 烏丸君と言う美少女だけでなく、
 こんな素敵な緑川君まで彼女にしてる君に、
 僕の様な取るに足らない男を覚えていてもらえたなんてね」

 うそだ、彼の言っていることは全部嘘だ。

 たしかに言葉は穏やかで優しい。でもその言葉の裏に、僕は、鋭いナイフの様に研ぎ澄まされた殺気を感じていた。

「なんであなたが……」

 僕は思わずそう口にした。

「まあ、こんな僕にもプライドって物があるんでね。
 そのプライドを傷つけた者には代償は払ってもらわないと気が済まないんだ」

 僕の言葉に、一瞬で望月先輩の雰囲気が変わった。

 今度は包み隠すこともなく、その言葉も、表情も、纏う雰囲気も、さっき僕が感じ取った感覚と同じに変わった。

 この人は危険だ。

 僕はそう直感した。

 この人は、板額に公衆の面前で恥をかかされた事を逆恨みし、その復讐をしようとしている。

 そうか、その為に、僕が一番知られたくないあの過去を噂として流したのだ、と僕はすぐに気が付いた。

 でもそんな事の為に、こんな犯罪行為を成績優秀で頭が良い事でも有名な望月先輩がするなんて、と僕はその一方でまだ納得できないでいた。

 まさか! その瞬間、僕の脳裏に最悪の結末が浮かんだ。

 自身のプライドを傷つけた僕を、良からぬ噂を流し孤立させ精神的に追い詰める。そして、それでも気が収まらない彼は、さらには僕の彼女であるされている緑川を拉致して、それを餌に僕を呼び出した。そういう、卑劣で狡猾な人間なら次にする事は決まっている。

 望月先輩は、僕の目の前で緑川をあの男たち、いや真っ先に自分自身でおもちゃにするつもりだ。そうして僕の心をずたずたにするつもりなのだ。しかも、頭の切れる望月先輩の事、それを動画に撮って僕と緑川の口も塞いでしまおうと考えているに違いない。

 いや、それだけじゃない。

 その動画を使って僕だけじゃなく緑川をもこれから先ずっと自身の支配下に置くつもりだ。僕は小間使いにされ、物やお金を一生せびられる。そして、緑川はもっと悲惨だ。望月先輩のおもちゃにされ、そして彼が飽きれば、間違いなく、あの一階に居た連中にも投げ与えられる。

 僕はどうなっても良い。そうだ。僕はもう人生破滅させられてもしかなたい人間なのだ。これはきっと『白瀬京子の怨霊』がさせた事なんだ。それなら僕はそれを甘んじて受け入れる。

 でも、緑川はダメだ。あの真面目で正義感が強く、でも本当は優しくて可愛い性格の緑川が、あんな卑劣な連中にその人生を滅茶苦茶にされるなんて、それだけは耐えられない。いや、何があってそれだけは阻止しなければ、と僕は思った。

『そんなに巴を助けたい?』

 その時だった。僕は背中にあの不気味で粘り着く様な冷気を感じた。そして、その囁き声と共に何もかもを凍らせてしまいそうな程冷たい吐息が僕の耳に掛かった。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...