ハンガク!

化野 雫

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第九十五話

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 しかし僕の中で、やはりそれでは、どこか違和感を感じるところがあった。

 この緑川拉致事件は、そんな連中にありがちな直情的な犯罪とは何かが違う。そう、もっと何かこう、どろどろして絡みつくような感情と、研ぎ澄まされた刃の様なおぞましいまでに狡猾な意思を感じるのだ。

「まあ良い。とにかくあのお方がお待ちだ。
 奥の階段から二階に上がりな。
 あの眼鏡美人の女高生もそこに居る」

 そんな僕に、最初に声を掛けて来た連中のリーダー格の男が言った。

 リーダー格? 僕はそう何気に思いながら心の中で自問自答した。

 そうだ。この場では、この男と周りの男たちの言動から、明らかにこの男は他の連中を統率できる立場に居る様に見えた。見えたというより、それはほぼ間違いないだろう。しかし、今、この男は『あの方』と言う言い方をした。この男にそう言わせるような人物が他にいる様なのだ。

 となると、この事件の主犯はその男と言う事になる。であれば僕が感じた違和感もすっきりする。この連中はあくまで『あのお方』と言われる人物の手駒に過ぎないのだ。きっとその人物は、今ここに居る男たちとは違う人種の人間ではないかと僕は思った。


 男たちがそこかしこにたむろするだけの今は何もないただただ広いだけのホール。男の言葉のままに、僕は、その奥へと進んだ。そんな僕に男たちはその場から動かず何もしなかった。ただ誰もが意味深ににやにやと笑うだけだった。その下劣極まりない笑いが、なんだか連中にまた緑川を弄ばれているような気がして、僕の心を無性にイラつかせたのを今でもよく覚えている。

 入口の反対側の突き当りに二階へと続く階段があった。当然の様に電気がすでに止められているこのビルでは普通の照明は点いていない。そのままなら窓もなく真っ暗で、手探りで這ってでも登らねばならないところだ。しかし、ここも一階のホールと同じくご丁寧LEDランタンが置かれていたおかげで僕は普通に階段を上ることが出来た。僕は階段と聞いて、二階は事務所でそこに繋がる従業員用の狭い物と思っていた。しかし、実際にはかなり広い真ん中に踊り場を持つ立派な階段だった。ここが営業していた当時は二階もパチンコ台が置かれたホールだったのだろう。この階段は、そこへ向かう客の為に作られたものなのだ。


 ほどなく僕は、二階にたどり着いた。

 そこは、思った通り一階と同じ様な広いホールだった。ただ、一階とは違うのは、下の様にそこかしこにLEDランタンは置かれてはいなかった事だ。ただ真っ暗な闇の空間がそこにはあった。そして、そこには一階に居た様な男たちも居なかった。ひょっとすると闇に紛れているのかもと思ったが、僕はその闇に人の気配を感じる事はなかった。

 ただ、だからと言ってそこが無人だったわけではない。そして、完全な闇の世界だったわけでもない。

 僕の居るところからは反対側の奥、そう一階に置き換えるなら入り口側にLEDランタンに照らし出された空間があった。そして、そこにはぼんやりと人の姿が見えた。

「やあ、さすが時間通りだね、平泉君。
 さすが五分前集合を徹底される葵高の生徒だ」

 突然、そのLEDランタンに照らし出された人影から声がした。

 その声と口調は明らかに一階に居た男たちとは異なっていた。威勢を張る事もない。落ち着いたというより、むしろ優しささえ感じられる声だった。こんな短い言葉ながら、僕は一階の男たちとは違う知的な印象を受けた。

 しかも、その声は『五分前集合』と言う言葉を使った。これは生徒の自主性を重んじる葵高が唯一、生徒に徹底させる習慣だった。そして葵高の生徒なら誰でも知っていてごく普通に使う言葉である。

 と言う事は言葉を発した人物は葵高の生徒の可能性が高い、僕はそう直感した。

「さあ、こちらへ来たまえ、平泉君。
 緑川君も君の来るのを首を長くして待っていたんだよ」

 声の主は、僕がその場に立ちすくんでいるのを見てそう続けた。

「緑川? そうだ、緑川は無事なんだろうな!
 緑川に何かあったら絶対にお前たちを許さない!」

 緑川の名を出されて、僕は思わずそう叫んでいた。僕が暴れたところで一階の連中みたいのが居れば、いや居なくても下の連中が駆けつけて来れば、僕なんかには勝ち目はない。

 それでもあんな姿にされた緑川の事を考えると僕はそう叫ばずには居られなかった。
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小説の匣
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