90 / 161
第九十話
しおりを挟む
その日、珍しく緑川が学校を休んだ。
「諸君、今日は緑川が休みだ。
少し早いが今年もインフルエンザが流行しそうとの事だが、
早速、緑川はそのインフルエンザに感染したそうだ。
あの何事にも準備万端な緑川ですらやられるくらいだ。
諸君も十分気を付けるように。
そして掛かったら無理せず、完全回復するまですぐに休め。
無理して登校して学級閉鎖等を招くのは愚の骨頂だぞ」
朝の朝礼で担任の杉下が開口一番そう言った。まあこういう場合では定例の言葉だったが、僕は何故か一語一句、鮮明に今でも思い出せる。
この時、僕は気づくべきだったのだ。
冷静に考えれば、あの緑川がインフルエンザなどにかかるわけがない。だって緑川の家は結構大きな病院なのだ。こういう場合、緑川は早め早めに予防注射を家で接種していたはずだし、僕はその事を以前から緑川自身から聞いていた。
それでもその時の僕は愚かにも、あの緑川でもそういうことがあるんだ、と軽く考えていた。と言うより、すでにもうその時の僕は学校での孤立が染みついて、たとえ相手が緑川であっても他者にあまり関心を払わなくなっていた。完全に『白瀬京子の呪い』に支配されていたのだ。
一時限目が終わった後、早速、板額がいつもの様にそこだけぽっかりと何もない空間が出来た僕の席にやって来た。
「ねえ、与一、巴から何か連絡あったかい?」
そして開口一番こう訪ねて来た。
「いや、別に何もないよ」
「そうかい。
僕の方にも連絡はないんだ。
巴、寝込んでるのかな?」
僕がそう答えると、板額は心配そうな顔つきでそう再び訪ねて来た。
いや違う。
今ならはっきり分かる、その時の板額は巴の病気を心配していたのではない。あれは訝っていたのだ。もうあの時点で板額は緑川の身に起きた異変に気が付いていたのかもしれない。でも、その時の僕はそんな事にはまったく気が付かずにいた。
「緑川だってそういう事はあるさ。
きっと何も手が付かないぐらい症状が酷いんだ。
こういう場合は寝てるに限る。
それに緑川の家は病院なんだから心配ないよ」
「僕もそうは思うんだけどね……」
僕の答えに、あの時の板額は明らかに納得していなかった。
もっともこの時点で僕が、緑川の身に何が起こっているかに気が付いたところで結果は同じだった気がする。逆にそうだからこそ、板額はあえてこの時点では動かなかったのだ。
それは、三時限目が終わった時だった。
葵高のルールで授業中は電源を切ってあったスマホを立ち上げると、珍しく緑川からメールが届いていた。普段ならLINEを使って連絡をしてくるのに、今時メールでなんて、と少し訝しくは僕は思ったが、結局ほとんど反射的にそのメールを開いていた。僕のメールにアンチウイルスアプリが常駐してるので危ないメールは自動的に削除されるので安心なのだ。
そのメールは一見、何の変哲もない、病欠した者が病状を友人に知らせる良くある内容だった。発熱で寝込んでいたが今は快方に向かっているとの事で、僕はすぐにでも心配していた板額にその事を知らせようとした。しかし、最後まで読んだ僕はそのメールの最後に添付ファイルがある事に気が付いた。さすがに少し怪訝な気持ちになった僕は、板額を呼ぶのはその添付ファイルの内容を確認してからにした。
僕だって、ネットの怖さは良く知っている。特にメールにファイルが添付されている時は要注意な事は重々承知している。僕は添付ファイルをアンチウイルスソフトでスキャンさせ、安全である事を確認してから開いた。
それは一枚の画像だった。
しかし、その画像が開かれた途端、ぐっ……僕の喉の奥で思わずそんな音がした。
そして僕はすぐさま、その画像を閉じた。
どくんどくん、と心臓が早鐘のごとく音を立てるのが分かった。
僕はいますぐ教室を飛び出し、誰も居ない場所へ行きたいのをぐっと我慢した。だってそんな事をすればすぐに板額に気づかれる。これは誰にも気づかれてはならないのだ。それは僕の為じゃない。今は板額同様に深く愛し始めてる緑川を守るためだ。幸い、板額を含めてその時の僕の焦りは誰にも気づかれることはなかった様だ。
後で知った事だが、板額だけはこの時、僕の異変には気が付いていたらしい。
何事もなかった様に僕は四時限目の授業を受けた。でも、その時の授業の内容はおろか、何の授業だったかなど今でもまったく思い出せない。
「諸君、今日は緑川が休みだ。
少し早いが今年もインフルエンザが流行しそうとの事だが、
早速、緑川はそのインフルエンザに感染したそうだ。
あの何事にも準備万端な緑川ですらやられるくらいだ。
諸君も十分気を付けるように。
そして掛かったら無理せず、完全回復するまですぐに休め。
無理して登校して学級閉鎖等を招くのは愚の骨頂だぞ」
朝の朝礼で担任の杉下が開口一番そう言った。まあこういう場合では定例の言葉だったが、僕は何故か一語一句、鮮明に今でも思い出せる。
この時、僕は気づくべきだったのだ。
冷静に考えれば、あの緑川がインフルエンザなどにかかるわけがない。だって緑川の家は結構大きな病院なのだ。こういう場合、緑川は早め早めに予防注射を家で接種していたはずだし、僕はその事を以前から緑川自身から聞いていた。
それでもその時の僕は愚かにも、あの緑川でもそういうことがあるんだ、と軽く考えていた。と言うより、すでにもうその時の僕は学校での孤立が染みついて、たとえ相手が緑川であっても他者にあまり関心を払わなくなっていた。完全に『白瀬京子の呪い』に支配されていたのだ。
一時限目が終わった後、早速、板額がいつもの様にそこだけぽっかりと何もない空間が出来た僕の席にやって来た。
「ねえ、与一、巴から何か連絡あったかい?」
そして開口一番こう訪ねて来た。
「いや、別に何もないよ」
「そうかい。
僕の方にも連絡はないんだ。
巴、寝込んでるのかな?」
僕がそう答えると、板額は心配そうな顔つきでそう再び訪ねて来た。
いや違う。
今ならはっきり分かる、その時の板額は巴の病気を心配していたのではない。あれは訝っていたのだ。もうあの時点で板額は緑川の身に起きた異変に気が付いていたのかもしれない。でも、その時の僕はそんな事にはまったく気が付かずにいた。
「緑川だってそういう事はあるさ。
きっと何も手が付かないぐらい症状が酷いんだ。
こういう場合は寝てるに限る。
それに緑川の家は病院なんだから心配ないよ」
「僕もそうは思うんだけどね……」
僕の答えに、あの時の板額は明らかに納得していなかった。
もっともこの時点で僕が、緑川の身に何が起こっているかに気が付いたところで結果は同じだった気がする。逆にそうだからこそ、板額はあえてこの時点では動かなかったのだ。
それは、三時限目が終わった時だった。
葵高のルールで授業中は電源を切ってあったスマホを立ち上げると、珍しく緑川からメールが届いていた。普段ならLINEを使って連絡をしてくるのに、今時メールでなんて、と少し訝しくは僕は思ったが、結局ほとんど反射的にそのメールを開いていた。僕のメールにアンチウイルスアプリが常駐してるので危ないメールは自動的に削除されるので安心なのだ。
そのメールは一見、何の変哲もない、病欠した者が病状を友人に知らせる良くある内容だった。発熱で寝込んでいたが今は快方に向かっているとの事で、僕はすぐにでも心配していた板額にその事を知らせようとした。しかし、最後まで読んだ僕はそのメールの最後に添付ファイルがある事に気が付いた。さすがに少し怪訝な気持ちになった僕は、板額を呼ぶのはその添付ファイルの内容を確認してからにした。
僕だって、ネットの怖さは良く知っている。特にメールにファイルが添付されている時は要注意な事は重々承知している。僕は添付ファイルをアンチウイルスソフトでスキャンさせ、安全である事を確認してから開いた。
それは一枚の画像だった。
しかし、その画像が開かれた途端、ぐっ……僕の喉の奥で思わずそんな音がした。
そして僕はすぐさま、その画像を閉じた。
どくんどくん、と心臓が早鐘のごとく音を立てるのが分かった。
僕はいますぐ教室を飛び出し、誰も居ない場所へ行きたいのをぐっと我慢した。だってそんな事をすればすぐに板額に気づかれる。これは誰にも気づかれてはならないのだ。それは僕の為じゃない。今は板額同様に深く愛し始めてる緑川を守るためだ。幸い、板額を含めてその時の僕の焦りは誰にも気づかれることはなかった様だ。
後で知った事だが、板額だけはこの時、僕の異変には気が付いていたらしい。
何事もなかった様に僕は四時限目の授業を受けた。でも、その時の授業の内容はおろか、何の授業だったかなど今でもまったく思い出せない。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~
ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。
「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。
世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった!
次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で
幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──!
「この世に、幽霊事件なんてありえません」
幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の
ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる