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第八十六話
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少し話は前後するが、僕が再び登校を始めてから一週間ほどした日曜日に緑川が僕の家に訪ねて来た。
緑川は、白瀬の居たICUから飛び出し、その後も三日間学校へ来なかった事や、その後も誰とも口をきこうとしない僕を心配して訪ねて来たのだ。
ここで緑川と会って話すのはかなり抵抗があったが、他に誰も居ない二人きりと言う事で僕は緑川と話すことした。これが何もない時なら、この年ごとの男の子なら、自室で美人のクラスメイトと二人きりでなんてはしゃぐところだろうが、この時の僕はそんな事など思いもよらなかった。
結局、僕はリビングで緑川の話を聞いた。
そこで僕は初めて、白瀬の家庭事情を知ることになる。
白瀬の父親は、母親が再婚した相手で、本当の父親は早くに病死していた。しかも、現在の義理に父親はかなり問題の多い人間だった様で、白瀬や白瀬の母親は典型的なDV被害者だったと言う。
「だから、京子の自殺は、あんたの所為じゃないから……」
事情を一通り説明した後、緑川はぽつりとそう言った。
僕には分かっていた。緑川が本当に言いたかった事はむしろその部分だ。緑川は、白瀬の自殺で僕が自分を責めている事が分かっていて、僕を訪ねて来たのだ。僕を何とか立ち直らせようと緑川は思ったんだろう。彼女はそういう女性だ。周りが良く見え、いつも的確な行動が出来る。
しかし、僕はそんな彼女を僕の悪だくみに巻き込んだ。今回の件で苦しんでいるのは僕だけじゃない。、緑川だってきっと死ぬほど苦しんでいるに違いない。
僕自身、緑川から白瀬の家庭事情を聴いて少しは心が軽くなったかと言えば、実際はまったく逆だった。白瀬の家庭事情を聴いて逆に自身の犯した罪の深さを改めて気が付いたのだ。
この時、僕はこう思った。
白瀬の作品を読んで僕が最初に感じたのは、物語や文章がとても美しい事だった。まるできれいな絵画を見る想いだった。ただ、その時の僕が強く思ったのが、あまりに綺麗すぎて現実感が乏しいという事だった。たしかに白瀬の作品は分類上『ファンタジー』あるいは『恋愛』に分類され、この手のラノベの多くはリアリティーとは程遠いものだし、また読者もそういう物を好む。
だから僕は文化祭で彼女の作品を舞台化した時に、その部分を修正したんだ。
白瀬がなぜリアリティーを削ってまできれいなハッピーエンドにこだわったか。僕はその真の理由を知らなかったのだ。当時はただ単に、読者受けの良さを狙ったのだろう程度に考えていた。
しかし、実際はそんな薄っぺらな考えではなかったのだ。
自身が逃げようない絶望的な現実を生きているがゆえに、せめて自分が作り上げる架空の世界にだけは美しく幸せに満ちた結末にしたかったのだ。そして、白瀬は、自身が作った虚構の中の幸せにほんの少し浸ることで現実の辛さから逃げていたのだ。そしてそれでともすれば壊れそうになる心をなんとか正常に保っていたのだろう。
そうなのだ。白瀬は『あの物語のヒロインは緑川をモデルにして書いた』と僕に言った。しかしそれは、嘘だったのだと、僕はこの時に確信した。あのヒロインは白瀬自身だったに違いない。白瀬は舞台に立つ緑川を通して愛する男の子と結ばれる幸せな結末が見たかったのだ。そしてほんのつかの間。そうほんのつかの間、虚構の世界でも良いから、白瀬は辛い現実を忘れたかったのだ。
しかし、僕はそんな白瀬の淡く切ない想いを踏みにじった。白瀬が切実に臨んだであろうほんの少しの安らぎの時を、僕は自身のおごり高ぶった考えで無残に踏みにじってしまったのだ。
だから、白瀬はあの時に僕に呪いの言葉を吐いたのだ。
『許さない……絶対に許さない……』
そうだよな、白瀬。僕はどうあがいても一生、君に許されるわけがない。一生、君の呪いと共に生きてゆかねばならない運命なんだと僕は悟ったのだ。
その日からだ。
僕は夜はもちろん、昼間でも『白瀬 京子』の姿を見るようになった。
その時の白瀬の姿は、いつも決まっていた。
ところどころ破れた真っ黒なセーラー服を身にまとい、頭からは血を流し、制服から覗く手足も傷だらけ。そしてざんばら髪になった前髪の間から真っ赤に充血した目で僕を恨めし気に見つめていた。
そして、その姿を見る時、不思議と僕は恐怖を感じなかった。むしろ、安堵を感じる事すらあった。まるで、普段会えない愛しい恋人に会えた様な不思議な安堵感だ。
「白瀬。分かってるよ。僕は一生君と居るからね」
僕は白瀬の姿を見るといつも心でそういって笑った。
緑川は、白瀬の居たICUから飛び出し、その後も三日間学校へ来なかった事や、その後も誰とも口をきこうとしない僕を心配して訪ねて来たのだ。
ここで緑川と会って話すのはかなり抵抗があったが、他に誰も居ない二人きりと言う事で僕は緑川と話すことした。これが何もない時なら、この年ごとの男の子なら、自室で美人のクラスメイトと二人きりでなんてはしゃぐところだろうが、この時の僕はそんな事など思いもよらなかった。
結局、僕はリビングで緑川の話を聞いた。
そこで僕は初めて、白瀬の家庭事情を知ることになる。
白瀬の父親は、母親が再婚した相手で、本当の父親は早くに病死していた。しかも、現在の義理に父親はかなり問題の多い人間だった様で、白瀬や白瀬の母親は典型的なDV被害者だったと言う。
「だから、京子の自殺は、あんたの所為じゃないから……」
事情を一通り説明した後、緑川はぽつりとそう言った。
僕には分かっていた。緑川が本当に言いたかった事はむしろその部分だ。緑川は、白瀬の自殺で僕が自分を責めている事が分かっていて、僕を訪ねて来たのだ。僕を何とか立ち直らせようと緑川は思ったんだろう。彼女はそういう女性だ。周りが良く見え、いつも的確な行動が出来る。
しかし、僕はそんな彼女を僕の悪だくみに巻き込んだ。今回の件で苦しんでいるのは僕だけじゃない。、緑川だってきっと死ぬほど苦しんでいるに違いない。
僕自身、緑川から白瀬の家庭事情を聴いて少しは心が軽くなったかと言えば、実際はまったく逆だった。白瀬の家庭事情を聴いて逆に自身の犯した罪の深さを改めて気が付いたのだ。
この時、僕はこう思った。
白瀬の作品を読んで僕が最初に感じたのは、物語や文章がとても美しい事だった。まるできれいな絵画を見る想いだった。ただ、その時の僕が強く思ったのが、あまりに綺麗すぎて現実感が乏しいという事だった。たしかに白瀬の作品は分類上『ファンタジー』あるいは『恋愛』に分類され、この手のラノベの多くはリアリティーとは程遠いものだし、また読者もそういう物を好む。
だから僕は文化祭で彼女の作品を舞台化した時に、その部分を修正したんだ。
白瀬がなぜリアリティーを削ってまできれいなハッピーエンドにこだわったか。僕はその真の理由を知らなかったのだ。当時はただ単に、読者受けの良さを狙ったのだろう程度に考えていた。
しかし、実際はそんな薄っぺらな考えではなかったのだ。
自身が逃げようない絶望的な現実を生きているがゆえに、せめて自分が作り上げる架空の世界にだけは美しく幸せに満ちた結末にしたかったのだ。そして、白瀬は、自身が作った虚構の中の幸せにほんの少し浸ることで現実の辛さから逃げていたのだ。そしてそれでともすれば壊れそうになる心をなんとか正常に保っていたのだろう。
そうなのだ。白瀬は『あの物語のヒロインは緑川をモデルにして書いた』と僕に言った。しかしそれは、嘘だったのだと、僕はこの時に確信した。あのヒロインは白瀬自身だったに違いない。白瀬は舞台に立つ緑川を通して愛する男の子と結ばれる幸せな結末が見たかったのだ。そしてほんのつかの間。そうほんのつかの間、虚構の世界でも良いから、白瀬は辛い現実を忘れたかったのだ。
しかし、僕はそんな白瀬の淡く切ない想いを踏みにじった。白瀬が切実に臨んだであろうほんの少しの安らぎの時を、僕は自身のおごり高ぶった考えで無残に踏みにじってしまったのだ。
だから、白瀬はあの時に僕に呪いの言葉を吐いたのだ。
『許さない……絶対に許さない……』
そうだよな、白瀬。僕はどうあがいても一生、君に許されるわけがない。一生、君の呪いと共に生きてゆかねばならない運命なんだと僕は悟ったのだ。
その日からだ。
僕は夜はもちろん、昼間でも『白瀬 京子』の姿を見るようになった。
その時の白瀬の姿は、いつも決まっていた。
ところどころ破れた真っ黒なセーラー服を身にまとい、頭からは血を流し、制服から覗く手足も傷だらけ。そしてざんばら髪になった前髪の間から真っ赤に充血した目で僕を恨めし気に見つめていた。
そして、その姿を見る時、不思議と僕は恐怖を感じなかった。むしろ、安堵を感じる事すらあった。まるで、普段会えない愛しい恋人に会えた様な不思議な安堵感だ。
「白瀬。分かってるよ。僕は一生君と居るからね」
僕は白瀬の姿を見るといつも心でそういって笑った。
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