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第八十五話
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「まず最初に平泉君とおっしゃる方、こちらへ」
女性の看護師が僕らを振り返ってそう告げた。
この時僕は、白瀬自身がこんな状態なのに、ここには白瀬の両親はもちろん親類縁者が一人たりとも居なかった事に気づくべきだった。それが彼女の身の上にとても重要かつ暗い影を落としていたいたのだ。だからこそ、白瀬はせめてあの物語と劇では、素敵なハッピーエンドを見たかったのだ。
僕がその理由を知るのは、この一週間ほど後だった。そして、それが僕をより深い絶望の闇に落とし込んでいった。
そんな事を知らない僕は、看護師さんの言葉に誘われるまま、白瀬の横たわるベッドの脇に近づいて行った。そして、彼女の包帯に包まれた顔に自らの顔を近づけて、囁くように言った。
「白瀬、僕だよ、与一だよ」
すると包帯の間から見えていた白瀬の閉じられた片目がゆっくりと開かれた。そしてその瞳がくるりと動いて僕を捉えた。
何か異様に長い静寂の時があった。しかし、それは実際には、ほんのわずかな時間でしかなかった。
そして次の瞬間、ついにあの僕を永遠に縛り付ける事になるなるあの言葉を白瀬は呟いたのだ。
「許さない。絶対に許さない……」
その後の事は僕自身、まったく覚えていない。
気が付くと僕は部屋に居た。
母の話では、放心状態で何も持たず昼前に、家に帰って来た僕は母が何を聞いても答えず、ふらふらとそのまま自室にこもってしまったという。さらに、母が食事時になって呼びに来ても扉を開けず、それが丸三日続いたという。
ちなみにあの日の夕方、僕が学校に残したままだったカバンなどは緑川が届けてくれたらしい。その緑川から母は、僕が白瀬の居たICUから突然飛び出して行った事を知ったという。事情を察した母はしばらく僕がしたいがままにして、あえて一人にしておいたのだと聞いた。
気が付いた僕はふらふらと二階にあった自分の部屋を出てリビングに向かった。
この時、僕の家族は借家の一軒家で暮らしていた。もちろん、まだこの時は父も元気に働いていた。
リビングに降りるとそこには母が居た。僕の顔を見た母は一瞬驚いたような表情になったが、すぐに優しい笑みを浮かべて僕にこういった。
「お腹空いてるでしょ、すぐにご飯の支度するね」
僕は何も答えず、夢遊病者の様にふらふらとダイニングの椅子に腰かけた。その後、母はいつもの通り温かい食事を出してくれた。僕はそれをもくもくと食べていた。だた、何を食べて、どんな味だったのかは今でもまったく思い出せない。
その食卓の最後に母は僕にぽつりとこう言った。
「京子ちゃんね、ダメだったって。
あんたがお見舞いに行った翌日息を引き取ったそうよ」
普通なら白瀬の自殺に責任を感じていた僕なのだ。その当人である白瀬が死んだと聞けば、半狂乱になってもおかしくない。しかし、その時の僕は、意外にも冷静だった。いや、冷静と言うより感情を失っていた感じだった。
「そう……なんだ……」
僕は覚えてないが、母は僕が表情を変えずにそう呟くように一言言ったきり何も言わなかったと言っていた。そして母は、その時の僕は『明らかに普通の状態とは思えなかった』とも言っていた。
その次の日、僕は学校へ行った。
まるでそれは自ら進んで処刑場へと進む罪人の様な気分だった。出来れば永遠にここから逃げ出したいと思ったけれど、その一方、僕はそれ相応の罰を受けねばならないとも思っていた。
分かっていた事とは言え、やはり、もうそこには僕の居場所はどこにもなかった。
僕が教室に入ると、クラスに居た者たちが一斉に驚いた様な表情で僕を見た。そして、すぐに戸惑いと迷惑そうな表情に変わり、僕から皆、視線を逸らせた。それは、まるで僕がそこに存在しないかのような素振りだった。
僕は、黙って自分の席に着くとカバンに入っていた参考書を広げて読みふけった。
そして、それは授業の間はもちろん、昼休みも放課後も同じだった。僕はこのクラスでは完全に『存在しないモノ』として扱われた。
休み時間等に最初は形だけだった参考書や本などを読みふける行為は、いつしか実際に一人で自習する形になった。おかげで、もともとそう悪くはなかった僕の成績はあっと言う間に学年でもかなり上位に入れるようになっていた。
女性の看護師が僕らを振り返ってそう告げた。
この時僕は、白瀬自身がこんな状態なのに、ここには白瀬の両親はもちろん親類縁者が一人たりとも居なかった事に気づくべきだった。それが彼女の身の上にとても重要かつ暗い影を落としていたいたのだ。だからこそ、白瀬はせめてあの物語と劇では、素敵なハッピーエンドを見たかったのだ。
僕がその理由を知るのは、この一週間ほど後だった。そして、それが僕をより深い絶望の闇に落とし込んでいった。
そんな事を知らない僕は、看護師さんの言葉に誘われるまま、白瀬の横たわるベッドの脇に近づいて行った。そして、彼女の包帯に包まれた顔に自らの顔を近づけて、囁くように言った。
「白瀬、僕だよ、与一だよ」
すると包帯の間から見えていた白瀬の閉じられた片目がゆっくりと開かれた。そしてその瞳がくるりと動いて僕を捉えた。
何か異様に長い静寂の時があった。しかし、それは実際には、ほんのわずかな時間でしかなかった。
そして次の瞬間、ついにあの僕を永遠に縛り付ける事になるなるあの言葉を白瀬は呟いたのだ。
「許さない。絶対に許さない……」
その後の事は僕自身、まったく覚えていない。
気が付くと僕は部屋に居た。
母の話では、放心状態で何も持たず昼前に、家に帰って来た僕は母が何を聞いても答えず、ふらふらとそのまま自室にこもってしまったという。さらに、母が食事時になって呼びに来ても扉を開けず、それが丸三日続いたという。
ちなみにあの日の夕方、僕が学校に残したままだったカバンなどは緑川が届けてくれたらしい。その緑川から母は、僕が白瀬の居たICUから突然飛び出して行った事を知ったという。事情を察した母はしばらく僕がしたいがままにして、あえて一人にしておいたのだと聞いた。
気が付いた僕はふらふらと二階にあった自分の部屋を出てリビングに向かった。
この時、僕の家族は借家の一軒家で暮らしていた。もちろん、まだこの時は父も元気に働いていた。
リビングに降りるとそこには母が居た。僕の顔を見た母は一瞬驚いたような表情になったが、すぐに優しい笑みを浮かべて僕にこういった。
「お腹空いてるでしょ、すぐにご飯の支度するね」
僕は何も答えず、夢遊病者の様にふらふらとダイニングの椅子に腰かけた。その後、母はいつもの通り温かい食事を出してくれた。僕はそれをもくもくと食べていた。だた、何を食べて、どんな味だったのかは今でもまったく思い出せない。
その食卓の最後に母は僕にぽつりとこう言った。
「京子ちゃんね、ダメだったって。
あんたがお見舞いに行った翌日息を引き取ったそうよ」
普通なら白瀬の自殺に責任を感じていた僕なのだ。その当人である白瀬が死んだと聞けば、半狂乱になってもおかしくない。しかし、その時の僕は、意外にも冷静だった。いや、冷静と言うより感情を失っていた感じだった。
「そう……なんだ……」
僕は覚えてないが、母は僕が表情を変えずにそう呟くように一言言ったきり何も言わなかったと言っていた。そして母は、その時の僕は『明らかに普通の状態とは思えなかった』とも言っていた。
その次の日、僕は学校へ行った。
まるでそれは自ら進んで処刑場へと進む罪人の様な気分だった。出来れば永遠にここから逃げ出したいと思ったけれど、その一方、僕はそれ相応の罰を受けねばならないとも思っていた。
分かっていた事とは言え、やはり、もうそこには僕の居場所はどこにもなかった。
僕が教室に入ると、クラスに居た者たちが一斉に驚いた様な表情で僕を見た。そして、すぐに戸惑いと迷惑そうな表情に変わり、僕から皆、視線を逸らせた。それは、まるで僕がそこに存在しないかのような素振りだった。
僕は、黙って自分の席に着くとカバンに入っていた参考書を広げて読みふけった。
そして、それは授業の間はもちろん、昼休みも放課後も同じだった。僕はこのクラスでは完全に『存在しないモノ』として扱われた。
休み時間等に最初は形だけだった参考書や本などを読みふける行為は、いつしか実際に一人で自習する形になった。おかげで、もともとそう悪くはなかった僕の成績はあっと言う間に学年でもかなり上位に入れるようになっていた。
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