ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
85 / 161

第八十五話

しおりを挟む
「まず最初に平泉君とおっしゃる方、こちらへ」

 女性の看護師が僕らを振り返ってそう告げた。

 この時僕は、白瀬自身がこんな状態なのに、ここには白瀬の両親はもちろん親類縁者が一人たりとも居なかった事に気づくべきだった。それが彼女の身の上にとても重要かつ暗い影を落としていたいたのだ。だからこそ、白瀬はせめてあの物語と劇では、素敵なハッピーエンドを見たかったのだ。

 僕がその理由を知るのは、この一週間ほど後だった。そして、それが僕をより深い絶望の闇に落とし込んでいった。

 そんな事を知らない僕は、看護師さんの言葉に誘われるまま、白瀬の横たわるベッドの脇に近づいて行った。そして、彼女の包帯に包まれた顔に自らの顔を近づけて、囁くように言った。

「白瀬、僕だよ、与一だよ」

 すると包帯の間から見えていた白瀬の閉じられた片目がゆっくりと開かれた。そしてその瞳がくるりと動いて僕を捉えた。

 何か異様に長い静寂の時があった。しかし、それは実際には、ほんのわずかな時間でしかなかった。

 そして次の瞬間、ついにあの僕を永遠に縛り付ける事になるなるあの言葉を白瀬は呟いたのだ。

「許さない。絶対に許さない……」


 その後の事は僕自身、まったく覚えていない。

 気が付くと僕は部屋に居た。

 母の話では、放心状態で何も持たず昼前に、家に帰って来た僕は母が何を聞いても答えず、ふらふらとそのまま自室にこもってしまったという。さらに、母が食事時になって呼びに来ても扉を開けず、それが丸三日続いたという。

 ちなみにあの日の夕方、僕が学校に残したままだったカバンなどは緑川が届けてくれたらしい。その緑川から母は、僕が白瀬の居たICUから突然飛び出して行った事を知ったという。事情を察した母はしばらく僕がしたいがままにして、あえて一人にしておいたのだと聞いた。

 気が付いた僕はふらふらと二階にあった自分の部屋を出てリビングに向かった。

 この時、僕の家族は借家の一軒家で暮らしていた。もちろん、まだこの時は父も元気に働いていた。

 リビングに降りるとそこには母が居た。僕の顔を見た母は一瞬驚いたような表情になったが、すぐに優しい笑みを浮かべて僕にこういった。

「お腹空いてるでしょ、すぐにご飯の支度するね」

 僕は何も答えず、夢遊病者の様にふらふらとダイニングの椅子に腰かけた。その後、母はいつもの通り温かい食事を出してくれた。僕はそれをもくもくと食べていた。だた、何を食べて、どんな味だったのかは今でもまったく思い出せない。

 その食卓の最後に母は僕にぽつりとこう言った。

「京子ちゃんね、ダメだったって。
 あんたがお見舞いに行った翌日息を引き取ったそうよ」

 普通なら白瀬の自殺に責任を感じていた僕なのだ。その当人である白瀬が死んだと聞けば、半狂乱になってもおかしくない。しかし、その時の僕は、意外にも冷静だった。いや、冷静と言うより感情を失っていた感じだった。

「そう……なんだ……」

 僕は覚えてないが、母は僕が表情を変えずにそう呟くように一言言ったきり何も言わなかったと言っていた。そして母は、その時の僕は『明らかに普通の状態とは思えなかった』とも言っていた。


 その次の日、僕は学校へ行った。

 まるでそれは自ら進んで処刑場へと進む罪人の様な気分だった。出来れば永遠にここから逃げ出したいと思ったけれど、その一方、僕はそれ相応の罰を受けねばならないとも思っていた。

 分かっていた事とは言え、やはり、もうそこには僕の居場所はどこにもなかった。

 僕が教室に入ると、クラスに居た者たちが一斉に驚いた様な表情で僕を見た。そして、すぐに戸惑いと迷惑そうな表情に変わり、僕から皆、視線を逸らせた。それは、まるで僕がそこに存在しないかのような素振りだった。

 僕は、黙って自分の席に着くとカバンに入っていた参考書を広げて読みふけった。

 そして、それは授業の間はもちろん、昼休みも放課後も同じだった。僕はこのクラスでは完全に『存在しないモノ』として扱われた。

 休み時間等に最初は形だけだった参考書や本などを読みふける行為は、いつしか実際に一人で自習する形になった。おかげで、もともとそう悪くはなかった僕の成績はあっと言う間に学年でもかなり上位に入れるようになっていた。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...