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第八十四話
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そして、その噂を追いかける様にもう一つの噂が流れ始めた。そして、こちらはもっと深く静かに、人目を気にする様にだ。
『自殺の原因は、あの劇にある様だ。
だれかが勝手に劇の結末を変えたのが原因らしい。
あの娘はそれを気にして……』
その噂が流れ始めて間もなく僕は、僕を見る周りの目が以前とは明らかに変わった事に気が付いた。それは明らかな敵意と蔑み。そして、それは僕を殺そうとするかのような不気味に光るナイフの様だった。
そう、あの劇の結末を変えた張本人が僕であることが知られているのはもはや疑う余地もなかった。
今まで、僕の周囲には常にクラスメイト達の輪があった。それは朝礼が始まる前や放課後だけでなく、授業と授業の短い合間ですら同じだった。僕が座る席を中心にした笑顔と楽し気な声があふれる活気あふれる輪だった。
しかし、その日を境にその輪はなくなった。
ただそこにあるのは、重苦しい空気を伴った目に見えない高い城壁だった。それは僕が作ったモノではない。それは僕を一人隔離するために用意された見えない監獄だった。でも僕は、あえてその目に見えない監獄を破って外に出ようとはしなかった。
だって、僕自身、僕が罪人であることを誰よりも良く知っていたからだ。
そして、忘れもしない、あの日がやって来た。
その日も僕は、ただ一人、目に見えない監獄の中で息をひそめて朝の朝礼が始まるのを待っていた。手には文庫本を持ち、それを読みふけっている風を装っていた。しかし、その実、その内容など一欠けらも頭に入っては来なかった。その時の僕は、僕以外の者の目を見るのがただただ怖かっただけだった。
その日、担任はいつもより早く教室に入って来た。
それを見て、席を離れていたクラスの者たちは慌てて自分の席に戻っていった。そして誰もがそんな担任の行動をいぶかしく思っていた。そして同時に僕も含め、全員が『嫌な予感』に囚われた。
しかし、担任が教壇に立つのももどかしく発した一言で、その『嫌な予感』はすぐに『安堵』へと変わった。そうその時は確かに誰もが『安堵』したのだ。かく言う僕も安堵した。いや、僕だからこそ神に感謝するほど深い安堵を感じたのだ。
「白瀬が意識を取り戻した。
平泉と緑川は今からの授業は良いから、
とりあえず、すぐに白瀬が居る病院へ行け」
白瀬が意識を取り戻した。
僕の中ではその言葉を聞いた途端、僕は最悪の事態を免れたんだ、と信じた。そして安堵した。例え、事実が白瀬の口から改めて語られ、白瀬に恨まれても、彼女が生きてさえいれば償いの機会はいくらでもあるんだ、と僕は思ったのだ。
そして、この時まだ僕は、なぜ僕と緑川だけが白瀬が居る病院に行くことになったのかを知らなかった。いや知らなかったと言うより、その時、学級委員をやっていたが僕と緑川だったからクラスの代表として呼ばれたのだと勝手に思っていた。もちろん、それはあながち間違いではなかった。
しかし、真の理由は、白瀬自身が僕と緑川を指名したのだ。
僕は、もっと早く気付くべきだった。今の白瀬が一番恨んでいる相手。そして、自身の命の危機を感じているなら、自身の恨みをぶつけたい相手は、白瀬の作品を台無しにした僕と緑川に他ならない。
そう、この時の僕は安堵などしてはいけなかったのだ。
僕と緑川は、そのまますぐに、午前中担当授業のない先生の車で白瀬の居る病院へ向かった。僕はその先生、そう今はその先生が誰だったかも顔すら思い出せない、に引率されて白瀬の居る病院のICUへと急いだ。
妙に広々としたその病室の真ん中のぽつんと置かれたベッドの上に白瀬は居た。輸血やら点滴やら、さらには色々なコードやパイプに繋がれ彼女はベッドに横たわっていた。その頭には包帯が巻かれ、かろうじて片目と口元だけが見えていた。
しかしその口元は透明な酸素マスクで覆われていた。時折、彼女の呼吸でその酸素マスクが白く曇っていたのを今でも妙に覚えている。きっと僕はその曇りに彼女の命を感じていたのかもしれない。
僕らがICUの病室に入って来た事を知った付き添いの女性の看護師さんが、白瀬の耳元に顔を寄せて何かを囁いた。すると白瀬の包帯に巻かれた頭が微かにうなずいた気がした。それを確認すると看護師はそっと白瀬の口を覆っていた透明なマスクを外した。
『自殺の原因は、あの劇にある様だ。
だれかが勝手に劇の結末を変えたのが原因らしい。
あの娘はそれを気にして……』
その噂が流れ始めて間もなく僕は、僕を見る周りの目が以前とは明らかに変わった事に気が付いた。それは明らかな敵意と蔑み。そして、それは僕を殺そうとするかのような不気味に光るナイフの様だった。
そう、あの劇の結末を変えた張本人が僕であることが知られているのはもはや疑う余地もなかった。
今まで、僕の周囲には常にクラスメイト達の輪があった。それは朝礼が始まる前や放課後だけでなく、授業と授業の短い合間ですら同じだった。僕が座る席を中心にした笑顔と楽し気な声があふれる活気あふれる輪だった。
しかし、その日を境にその輪はなくなった。
ただそこにあるのは、重苦しい空気を伴った目に見えない高い城壁だった。それは僕が作ったモノではない。それは僕を一人隔離するために用意された見えない監獄だった。でも僕は、あえてその目に見えない監獄を破って外に出ようとはしなかった。
だって、僕自身、僕が罪人であることを誰よりも良く知っていたからだ。
そして、忘れもしない、あの日がやって来た。
その日も僕は、ただ一人、目に見えない監獄の中で息をひそめて朝の朝礼が始まるのを待っていた。手には文庫本を持ち、それを読みふけっている風を装っていた。しかし、その実、その内容など一欠けらも頭に入っては来なかった。その時の僕は、僕以外の者の目を見るのがただただ怖かっただけだった。
その日、担任はいつもより早く教室に入って来た。
それを見て、席を離れていたクラスの者たちは慌てて自分の席に戻っていった。そして誰もがそんな担任の行動をいぶかしく思っていた。そして同時に僕も含め、全員が『嫌な予感』に囚われた。
しかし、担任が教壇に立つのももどかしく発した一言で、その『嫌な予感』はすぐに『安堵』へと変わった。そうその時は確かに誰もが『安堵』したのだ。かく言う僕も安堵した。いや、僕だからこそ神に感謝するほど深い安堵を感じたのだ。
「白瀬が意識を取り戻した。
平泉と緑川は今からの授業は良いから、
とりあえず、すぐに白瀬が居る病院へ行け」
白瀬が意識を取り戻した。
僕の中ではその言葉を聞いた途端、僕は最悪の事態を免れたんだ、と信じた。そして安堵した。例え、事実が白瀬の口から改めて語られ、白瀬に恨まれても、彼女が生きてさえいれば償いの機会はいくらでもあるんだ、と僕は思ったのだ。
そして、この時まだ僕は、なぜ僕と緑川だけが白瀬が居る病院に行くことになったのかを知らなかった。いや知らなかったと言うより、その時、学級委員をやっていたが僕と緑川だったからクラスの代表として呼ばれたのだと勝手に思っていた。もちろん、それはあながち間違いではなかった。
しかし、真の理由は、白瀬自身が僕と緑川を指名したのだ。
僕は、もっと早く気付くべきだった。今の白瀬が一番恨んでいる相手。そして、自身の命の危機を感じているなら、自身の恨みをぶつけたい相手は、白瀬の作品を台無しにした僕と緑川に他ならない。
そう、この時の僕は安堵などしてはいけなかったのだ。
僕と緑川は、そのまますぐに、午前中担当授業のない先生の車で白瀬の居る病院へ向かった。僕はその先生、そう今はその先生が誰だったかも顔すら思い出せない、に引率されて白瀬の居る病院のICUへと急いだ。
妙に広々としたその病室の真ん中のぽつんと置かれたベッドの上に白瀬は居た。輸血やら点滴やら、さらには色々なコードやパイプに繋がれ彼女はベッドに横たわっていた。その頭には包帯が巻かれ、かろうじて片目と口元だけが見えていた。
しかしその口元は透明な酸素マスクで覆われていた。時折、彼女の呼吸でその酸素マスクが白く曇っていたのを今でも妙に覚えている。きっと僕はその曇りに彼女の命を感じていたのかもしれない。
僕らがICUの病室に入って来た事を知った付き添いの女性の看護師さんが、白瀬の耳元に顔を寄せて何かを囁いた。すると白瀬の包帯に巻かれた頭が微かにうなずいた気がした。それを確認すると看護師はそっと白瀬の口を覆っていた透明なマスクを外した。
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