ハンガク!

化野 雫

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第八十二話

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 その後、一度のカーテンコールだけでは観客の拍手は鳴り止むことはなく、僕らは何どもカーテンコールを繰り返した。最後には、裏方も含めて来られる者は全員舞台に上がってその喝さいに答えた。その間中、僕は白瀬を常に舞台の中央、一歩前に立たせ、緞帳が閉まる時には僕らも彼女に拍手を送った。

 そして、いつまでも拍手を止めない観客を止める為に、僕は小道具として腰に下げていた神剣『鬼切丸』を観客席に向かって投げ込む羽目にまでなった。まあ、そのおかげで僕らはやっとカーテンコールの催促から逃れることが出来たのだ。

 その間中、白瀬は舞台中央に立ち、その身に観客の喝さいとスポットライトを浴びていた。終始、彼女は、戸惑っているのか、はにかんでいるのか、うつむき加減でその頬を赤らめ微笑んでいた。そして、時折、思い出したように観客に向かって小さく手を振って、ぺこりと頭を下げていたのだ。

 僕はその時、何もかもが自分の思った通り上手くいったと確信していた。そう、文字通り有頂天でいたのだ。

 事実、僕らの劇はその年の文化祭では断トツですごい評判となっていた。後で聞いた話だと、見逃した一部生徒から、文化祭実行委員会へ『再演』を希望する、と言うより脅迫に近い形での要望が次々と寄せられたという。

 文化祭最終日の閉会式で、僕らの行った劇は、その高い評判通り、数々の優れた出し物、展示などの催しを差し置いて、一年生としては初めて『最優秀賞』に選ばれた。その表彰式では、白瀬がその栄誉ある賞状と盾を受け取る役をやる様に僕は求めた。もちろんクラス中の皆がそれに賛同した。しかし、あの基本的に人前が苦手な白瀬の事、最後の最後までそれには抵抗した。

 結局、主人公役とヒロイン役の僕と緑川が付き添いう事で何とか白瀬を表彰式に出すことが出来たのだった。

 表彰式も終わり、入学して初めての文化祭を最高の形で終えることが出来た僕らは最後、控室に充てられていた臨時の教室に戻ると一斉に喜びを爆発させた。昼間に買い込んだ模擬店の食べ物や自販機の飲み物でそれこそどんちゃん騒ぎをした。もちろん、誰もが脚本を書いた白瀬を最大の功労者として褒め称えた。僕は当初の計画通り、緑川の協力もあって黒子に徹することが出来た。

 その時の僕は、僕が勝手に結末を変えた事を気にせず白瀬が栄誉のすべてを受けて喜んでくれればそれで良かった。陰から、劇の成功、そう結末変更が大成功だったと実感できればそれで満足だった。

 僕は、すべてが大成功の内に終わったと信じていた。そして当の白瀬も、驚きや戸惑いはあったにせよ、結果的には喜んでくれたと信じ込んでいた。

 そう、それは僕だけではなかったはずだ、少なくともあの日、あの時まではクラス全員がそう思っていた。


 異変は、そのあと一週間ほどで現れて来た。

 いつもの様に比較的早めに教室に着いた僕に、緑川がそっと近づいて来てこう耳打ちしたのだ。

「なんか京子、最近、元気がない様な気がしない?」

 ちなみに余談であるが、中学生頃なら良くある事で、劇中で恋人同士を演じた僕と緑川は、あの日から学校内では本当に恋人同士で付き合っているなんて思われていたようだ。もちろん、僕も緑川も少なくとも表向きはそんな素振りなどした事はなかったし、クラスメイトもそれは知っていた。まあ、本音を言えば、あの時の僕はそういう噂をされる事にまんざらではなかった気がする。

「確かにそう言われればそんな気もしないでもないけど……」

 緑川の言葉に僕は小声でそう答えた。

 そんな言い方をしながらも、実際には僕自身も白瀬の様子が何となくおかしいのは気が付いていた。

 元々、白瀬は、はつらつとしたではなかった。いつもはおとなしく目立たない娘だ。それまでは文化祭の時の様に全校生徒の前でスポットライトを浴びる事など想像だに出来なかった程だ。だから、あの日から妙に学校でも注目される存在になった事を、戸惑っているのだろうと最初は思った。

 そう思いながら僕は、自分自身でも気づかぬフリをしながら心の奥底ではもう一つの可能性を考えていた。

 白瀬は、彼女が書き上げたシナリオの結末を僕が勝手に改変したことを気にしてる……いや、怒っているんじゃないかって。いや、怒っているというより、あの時の白瀬の雰囲気は悲しんでいるという方が正しい。

 確実にあの時の僕はそう気づいていたんだ。
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小説の匣
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