81 / 161
第八十一話
しおりを挟む
その時だった。
一度は霧散したヒロインの姿をした魔王の体が、光り輝く粒となり再び集まり始めたのだ。
やがてその光の粒は再び人の型へと変わってゆく。そして、最後には一人の若い女の姿へと収束していった。
そう、その若い女こそ、あの日から決して忘れることはなかったヒロインの姿だった。
ゆっくりと目を開くヒロイン、そして、主人公の名を叫ぶとその胸へと飛び込んでいった。半分呆然としながらその推移を見守っていた主人公も、ヒロインの体を抱きしめる。
『さあ、あなた達の試練は終わりました。
これであなた達の絆は永遠のものとなったのです。
時は満ちました。
今こそ、あなた達の居るべき所へお帰りなさい』
そして、あの剣姫の声がまるで女神の声の様に響き、主人公とヒロインは光の渦に巻き込まれてゆく。
『帰ろう、僕らの世界に!』
最後にヒロインを見つめそう叫ぶ主人公。
『帰ったら……あんたの彼女になってあげる』
その主人公にはにかみながらそう呟いてヒロインは再び主人公の胸に顔を埋める。
光あふれる舞台に静かに幕が下りて劇は終わる。
……はずだったのだ。白瀬、いや僕と緑川以外のクラスメイト全員にとっては。
しかし実際には、その後に誰もが思ってもみなかったセリフが加わったのだ。
『ふふふっ、今度はお前の世界で戦おうぞ、剣士よ』
そう、あのヒロインの姿をした魔王であったの時の低い声が、下りてゆく幕と共に体育館に響いたのだ。
「緑川さん、あれ何!」
驚いたクラスメイト達が幕が下り切ると同時に、僕らに走り寄り緑川を取り囲んで彼女を弾劾するかの様に口々にそう叫んだ。
「違う、それは緑川の所為じゃない。
僕が緑川に無理やり頼んだんだよ」
すぐさま僕は、集まってきた彼らに努めて落ち着いた声でそう言い切った。
「平泉君が仕組んだサプライズなんだ。
でも勝手にあんなことするなんて……」
クラスメイト達は発案者が僕であると知ると半分納得、それでもまだ納得できずに口々にそう不満を漏らしていた。
その時、僕は、舞台の袖で一人放心状態の様になっている白瀬の姿に気が付いていた。
でも、その時の僕は、そんな白瀬を納得させる、いや逆に喜ばせられると信じていた。しかし、それはあまりに身勝手な、そして自信過剰で愚かな考えだと今では思っている。もしできる事ならあの場に飛んで行って、あの時の僕を殴りつけてやりたい。いや、もし、あの時点でそんな事が出来たとしても、もう何もかも手遅れだったのだ。
「でも、これで正解だったと僕は信じている。
その答えは観客が出してくれてるからね」
僕は動じることなくそう続けた。
そう、その時、厚い緞帳を通して、まるで体育館全体が震えるような拍手と喝さいが僕らの耳元まで響いてきていたのだ。
「さあ、カーテンコールだ。
観客たちが皆、僕らを待っている。
そして誰よりこの称賛を受けるべきなのは……」
僕は集まってきたクラスメイトを見回しながらそう言うと、一度、言葉を切ってまだ舞台袖に隠れる様に立っていた白瀬に傍らに歩み寄って行った。
そして、まだうつむき戸惑っている白瀬の手を取り声を上げた。
「白瀬! 聞こえるかい?
この称賛はすべて君のモノなんだよ」
僕の声に、はっとした様な表情を浮かべ白瀬は顔を上げた。そして、白瀬は僕を見て微笑んだ。
僕はその時、その微笑から自分が立てた計画の成功を確信した。
でも、僕はその後、あの微笑みが実はものすごく悲しげな微笑みだった事に気が付かされる。今思い出しても、今の僕なら分かる。あの時の白瀬は笑っていたんじゃない。泣いていたのだ。
白瀬は、自分が作りたかった幸せな結末が、『彼女の置かれていた現実』と同じく果てなく続く絶望へと変貌してしまった事を見せつけられたのだ。その時の白瀬がどれほどの深い絶望感を味わったか。今の僕なら痛いほどわかる。
それでも白瀬はその悲しみと絶望を胸の奥に秘め、僕らにそれを悟らせまいと無理して微笑んでいたのだ。
僕は、彼女の本当の気持ちなど微塵も理解できぬ空虚な自信に満ち溢れた顔で、白瀬の手を手を引いた。そしてそのまま舞台中央にまで彼女を連れてくると、舞台袖に控えていた大道具担当のクラスメイトに合図を送った。
すると、閉まっていた緞帳が再びゆっくりと上がり始めた。
同時に、今までも漏れ聞こえてきていた観客の称賛の声と喝さいが、強い風のが吹き込んで来るかの様に一気に僕らの立つ舞台になだれ込んできた。
一度は霧散したヒロインの姿をした魔王の体が、光り輝く粒となり再び集まり始めたのだ。
やがてその光の粒は再び人の型へと変わってゆく。そして、最後には一人の若い女の姿へと収束していった。
そう、その若い女こそ、あの日から決して忘れることはなかったヒロインの姿だった。
ゆっくりと目を開くヒロイン、そして、主人公の名を叫ぶとその胸へと飛び込んでいった。半分呆然としながらその推移を見守っていた主人公も、ヒロインの体を抱きしめる。
『さあ、あなた達の試練は終わりました。
これであなた達の絆は永遠のものとなったのです。
時は満ちました。
今こそ、あなた達の居るべき所へお帰りなさい』
そして、あの剣姫の声がまるで女神の声の様に響き、主人公とヒロインは光の渦に巻き込まれてゆく。
『帰ろう、僕らの世界に!』
最後にヒロインを見つめそう叫ぶ主人公。
『帰ったら……あんたの彼女になってあげる』
その主人公にはにかみながらそう呟いてヒロインは再び主人公の胸に顔を埋める。
光あふれる舞台に静かに幕が下りて劇は終わる。
……はずだったのだ。白瀬、いや僕と緑川以外のクラスメイト全員にとっては。
しかし実際には、その後に誰もが思ってもみなかったセリフが加わったのだ。
『ふふふっ、今度はお前の世界で戦おうぞ、剣士よ』
そう、あのヒロインの姿をした魔王であったの時の低い声が、下りてゆく幕と共に体育館に響いたのだ。
「緑川さん、あれ何!」
驚いたクラスメイト達が幕が下り切ると同時に、僕らに走り寄り緑川を取り囲んで彼女を弾劾するかの様に口々にそう叫んだ。
「違う、それは緑川の所為じゃない。
僕が緑川に無理やり頼んだんだよ」
すぐさま僕は、集まってきた彼らに努めて落ち着いた声でそう言い切った。
「平泉君が仕組んだサプライズなんだ。
でも勝手にあんなことするなんて……」
クラスメイト達は発案者が僕であると知ると半分納得、それでもまだ納得できずに口々にそう不満を漏らしていた。
その時、僕は、舞台の袖で一人放心状態の様になっている白瀬の姿に気が付いていた。
でも、その時の僕は、そんな白瀬を納得させる、いや逆に喜ばせられると信じていた。しかし、それはあまりに身勝手な、そして自信過剰で愚かな考えだと今では思っている。もしできる事ならあの場に飛んで行って、あの時の僕を殴りつけてやりたい。いや、もし、あの時点でそんな事が出来たとしても、もう何もかも手遅れだったのだ。
「でも、これで正解だったと僕は信じている。
その答えは観客が出してくれてるからね」
僕は動じることなくそう続けた。
そう、その時、厚い緞帳を通して、まるで体育館全体が震えるような拍手と喝さいが僕らの耳元まで響いてきていたのだ。
「さあ、カーテンコールだ。
観客たちが皆、僕らを待っている。
そして誰よりこの称賛を受けるべきなのは……」
僕は集まってきたクラスメイトを見回しながらそう言うと、一度、言葉を切ってまだ舞台袖に隠れる様に立っていた白瀬に傍らに歩み寄って行った。
そして、まだうつむき戸惑っている白瀬の手を取り声を上げた。
「白瀬! 聞こえるかい?
この称賛はすべて君のモノなんだよ」
僕の声に、はっとした様な表情を浮かべ白瀬は顔を上げた。そして、白瀬は僕を見て微笑んだ。
僕はその時、その微笑から自分が立てた計画の成功を確信した。
でも、僕はその後、あの微笑みが実はものすごく悲しげな微笑みだった事に気が付かされる。今思い出しても、今の僕なら分かる。あの時の白瀬は笑っていたんじゃない。泣いていたのだ。
白瀬は、自分が作りたかった幸せな結末が、『彼女の置かれていた現実』と同じく果てなく続く絶望へと変貌してしまった事を見せつけられたのだ。その時の白瀬がどれほどの深い絶望感を味わったか。今の僕なら痛いほどわかる。
それでも白瀬はその悲しみと絶望を胸の奥に秘め、僕らにそれを悟らせまいと無理して微笑んでいたのだ。
僕は、彼女の本当の気持ちなど微塵も理解できぬ空虚な自信に満ち溢れた顔で、白瀬の手を手を引いた。そしてそのまま舞台中央にまで彼女を連れてくると、舞台袖に控えていた大道具担当のクラスメイトに合図を送った。
すると、閉まっていた緞帳が再びゆっくりと上がり始めた。
同時に、今までも漏れ聞こえてきていた観客の称賛の声と喝さいが、強い風のが吹き込んで来るかの様に一気に僕らの立つ舞台になだれ込んできた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~
ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。
「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。
世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった!
次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で
幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──!
「この世に、幽霊事件なんてありえません」
幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の
ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる