ハンガク!

化野 雫

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第八十一話

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 その時だった。

 一度は霧散したヒロインの姿をした魔王の体が、光り輝く粒となり再び集まり始めたのだ。

 やがてその光の粒は再び人の型へと変わってゆく。そして、最後には一人の若い女の姿へと収束していった。

 そう、その若い女こそ、あの日から決して忘れることはなかったヒロインの姿だった。

 ゆっくりと目を開くヒロイン、そして、主人公の名を叫ぶとその胸へと飛び込んでいった。半分呆然としながらその推移を見守っていた主人公も、ヒロインの体を抱きしめる。

『さあ、あなた達の試練は終わりました。
 これであなた達の絆は永遠のものとなったのです。
 時は満ちました。
 今こそ、あなた達の居るべき所へお帰りなさい』

 そして、あの剣姫の声がまるで女神の声の様に響き、主人公とヒロインは光の渦に巻き込まれてゆく。

『帰ろう、僕らの世界に!』

 最後にヒロインを見つめそう叫ぶ主人公。

『帰ったら……あんたの彼女になってあげる』

 その主人公にはにかみながらそう呟いてヒロインは再び主人公の胸に顔を埋める。


 光あふれる舞台に静かに幕が下りて劇は終わる。


 ……はずだったのだ。白瀬、いや僕と緑川以外のクラスメイト全員にとっては。

 しかし実際には、その後に誰もが思ってもみなかったセリフが加わったのだ。

『ふふふっ、今度はお前の世界で戦おうぞ、剣士よ』

そう、あのヒロインの姿をした魔王であったの時の低い声が、下りてゆく幕と共に体育館に響いたのだ。



「緑川さん、あれ何!」

 驚いたクラスメイト達が幕が下り切ると同時に、僕らに走り寄り緑川を取り囲んで彼女を弾劾するかの様に口々にそう叫んだ。

「違う、それは緑川の所為じゃない。
 僕が緑川に無理やり頼んだんだよ」

 すぐさま僕は、集まってきた彼らに努めて落ち着いた声でそう言い切った。

「平泉君が仕組んだサプライズなんだ。
 でも勝手にあんなことするなんて……」

 クラスメイト達は発案者が僕であると知ると半分納得、それでもまだ納得できずに口々にそう不満を漏らしていた。

 その時、僕は、舞台の袖で一人放心状態の様になっている白瀬の姿に気が付いていた。

 でも、その時の僕は、そんな白瀬を納得させる、いや逆に喜ばせられると信じていた。しかし、それはあまりに身勝手な、そして自信過剰で愚かな考えだと今では思っている。もしできる事ならあの場に飛んで行って、あの時の僕を殴りつけてやりたい。いや、もし、あの時点でそんな事が出来たとしても、もう何もかも手遅れだったのだ。

「でも、これで正解だったと僕は信じている。
 その答えは観客が出してくれてるからね」

 僕は動じることなくそう続けた。

 そう、その時、厚い緞帳どんちょうを通して、まるで体育館全体が震えるような拍手と喝さいが僕らの耳元まで響いてきていたのだ。

「さあ、カーテンコールだ。
 観客たちが皆、僕らを待っている。
 そして誰よりこの称賛を受けるべきなのは……」

 僕は集まってきたクラスメイトを見回しながらそう言うと、一度、言葉を切ってまだ舞台袖に隠れる様に立っていた白瀬に傍らに歩み寄って行った。

 そして、まだうつむき戸惑っている白瀬の手を取り声を上げた。

「白瀬! 聞こえるかい?
 この称賛はすべて君のモノなんだよ」

 僕の声に、はっとした様な表情を浮かべ白瀬は顔を上げた。そして、白瀬は僕を見て微笑んだ。

 僕はその時、その微笑から自分が立てた計画の成功を確信した。

 でも、僕はその後、あの微笑みが実はものすごく悲しげな微笑みだった事に気が付かされる。今思い出しても、今の僕なら分かる。あの時の白瀬は笑っていたんじゃない。泣いていたのだ。

 白瀬は、自分が作りたかった幸せな結末が、『彼女の置かれていた現実』と同じく果てなく続く絶望へと変貌してしまった事を見せつけられたのだ。その時の白瀬がどれほどの深い絶望感を味わったか。今の僕なら痛いほどわかる。

 それでも白瀬はその悲しみと絶望を胸の奥に秘め、僕らにそれを悟らせまいと無理して微笑んでいたのだ。

 僕は、彼女の本当の気持ちなど微塵も理解できぬ空虚な自信に満ち溢れた顔で、白瀬の手を手を引いた。そしてそのまま舞台中央にまで彼女を連れてくると、舞台袖に控えていた大道具担当のクラスメイトに合図を送った。

 すると、閉まっていた緞帳が再びゆっくりと上がり始めた。

 同時に、今までも漏れ聞こえてきていた観客の称賛の声と喝さいが、強い風のが吹き込んで来るかの様に一気に僕らの立つ舞台になだれ込んできた。
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