ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
78 / 161

第七十八話

しおりを挟む
「分かってるよ。
 平泉君なら、こういう事があれば当然……

 『あの主人公二人には悲劇的な結末しかない』
 
 ……って思うよね」

 白瀬は微笑みを浮かべながらそう続けた。それは僕の思ってた通りの事だった。

「だから、そこから読者、この場合、観客だけど、
 人の運命や社会の非情さを見せつけて、その苦い余韻から、
 ならどう行動すれば良かったかと考えさせる方が良いんじゃないか?
 綺麗に終わっちゃうと、ああ良い話だ素晴らしいって終わってしまう。
 ある意味、観客の心に爪痕を残す作品の方が僕は好きだな」

 僕は白瀬の言葉に誘われる様に思っていた通りの事をそのまま口にした。

「いや、このままでも白瀬の物語は凄く良いし、綺麗だと思ってるよ。
 これはあくまで僕個人的な考えだよ。
 実際、クラスの皆は今のままですごく満足してる」

 僕は思ってた事を口にしてから、思わずそう言い訳がましく付け加えて。

 その時の僕はあまり、と言うかほとんど自覚が無かったが、本当はすごく白瀬の事が好きだったんだと今では思っている。大人の……自分ではそう思っていた……考えを出来る自分を白瀬に自慢したい一方で、それが原因で、自分の作品を否定した僕を嫌いになることを避けたかったのだ。これって一種の『好きな女の子に意地悪する男の子』って奴に近い感情なんじゃないかと今は思える。

「やっぱり平泉君はそう思ってたんだね。
 なんだか稽古してる時から私、そう感じてたんだ」

 僕の言葉を聞いても白瀬は微笑みを崩さず、そう穏やかな口調で言った。白瀬が先に僕の言おうとしている事を言い当てたのは、普段の僕の言動からだろうと思っていた。でも、僕自身は稽古中はそう言う事を表に出さない様にしていたから、白瀬のこの言葉に少なからず驚いた。同時に、白瀬がそれだけ僕の事を良く見ていてくれた事に、その時の僕はすごく嬉しい気持ちになっていた。そう、白瀬も僕に対して『特別な好意』を持っているんじゃないかと思えたのだ。

 この時の僕はそれを知って、少し有頂天になっていたのかもしれない。だから、その時の僕は白瀬がその後言った言葉の意味を、深く考えずに聞き流してしまっていた。今思えば、この時、僕は気づくべきだったのだ。そして、白瀬もそれを僕に気づいてほしくてそう言ったのだ。その時、僕が白瀬の言葉の意味をきちんと理解していればあんな事をする事な絶対になかった。

 そう、もし、あの時の僕が今の僕ならば、例えその後に起こったあの悲劇を知らずとも、あんな事はしなかったはずだ。でも、それは起こってしまった。いや、僕はそれを起こしてしまった。

「でもね、平泉君、
 私、このお話はハッピーエンドにしたかったんだ。
 せめてお話の中ぐらいは、みんなが幸せになれる結末があって欲しいから」

 そう、あれは白瀬の切なくも哀しい『願い』だったのだ。


 そして、その日は否応なしにやって来た。

 時間と言う物はどんな時も止まらず進むのだから当たり前と言えば当たり前なのだ。

 いつもより誰もの足取りが軽く、少しばかり浮足立っている様子の文化祭初日の朝。この時ばかりは大学受験と言う人生最大とも言える岐路が近い三年生すら、しばしその事を忘れる事が出来る様だ。

 僕らの教室は文化祭期間中、他のクラスの出し物の為に使われる。その為、僕らは控室として三年生の教室をあてがわれていた。ちなみにその教室の三年生は、そのクラスが出し物で使う二年の教室が集合場所となる。と言うのも三年生の教室は体育館に一番近く、体育館で催される演劇など舞台を必要とする出し物を企画したクラスはこちらの教室が控室にあてがわれていたのだ。その為、なんだか妙に新鮮な気持ちでその教室に入った事を僕は覚えている。

 僕らの演劇は初日の午後一。

 僕らはやや緊張はしていたがそ、れでも準備万端と言う自負もあり、思ったより皆、落ち着いていた。その中にあって、僕はただ一人、他のクラスメイトよりかなり緊張していた。それでも僕はその緊張を他の者に悟られない様に細心の注意を払っていた。

 こういう場合の緊張と言う物は非常に伝播しやすい。せっかくここまで順調に来て、誰もが自信をもって本番に臨める環境が出来ているのだ。だから、ここに来て僕の個人的緊張を他の者たちに伝播させない為と言うのがその理由の一つだった。

 しかし、その本当の理由は、僕が密かに準備した計画を他の者に、特に白瀬に悟られない為だったのだ。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...