ハンガク!

化野 雫

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第七十七話

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 確かに白瀬の小説、そしてそれを原作とした脚本は素晴らしい。当時からラノベ系小説を好んで読んでいた僕が読んでも、出版されてラノベ本となっているものと比べてもそん色ない程の出来だと感じられた。僕は正直、舞台でよりアニメで観たいとまで思った程だ。でも、その当時の僕は、その結末にやや不満があったのだ。

 確かに、とても綺麗な終わり方だった。読み終わってすごく晴れやかな気持ちになれる『良い小説』ではあった。しかし、僕はそれがあまりに綺麗にまとまり過ぎて、現実離れしている様に思えたのだ。白瀬自身は、この原作小説は純文学系と言うよりラノベに近いイメージで書いたと言っていた。それなら、下手にリアリティーを入れない方が、対象となる読者層には好まれる。ラノベの場合、現実味のある生々しい展開は嫌われる事が多いのだ。

 何故なら、僕ら若い世代の読者は嫌な事が満ち溢れる現実世界からの逃避の手段として、ラノベを読むからだ。この年代の男子には、ともする現実に背を向け白昼夢の世界に逃げ込む、俗に言う厨二病になる者も多い。

 しかしその反面、あえてそんな白昼夢の世界を否定し、現実を直視出来る大人なろうとする者もある。それとて実際に『大人』になるのではなく、実は厨二病患者と同じで『大人の思考が出来る自分』に酔っているだけなのだ。結局、その相反する様に見える二つは、その根本にあるのは同じ様なものなのだ。

 そして僕はこの後者の典型的な例だったのだ。ラノベを好んで読みながら、まるで言い訳するかのように一般的な現代小説も読んでいた。そして、いつもこう思っていた。

 ラノベはあくまでファンタジー。現実の世界はそんな甘くはないんだ……と。

 そしてそう思える冷めた大人の自分をカッコ良いと密かに自画自賛していた。

 でもこの時、僕は、白瀬が何故、こんな綺麗な終わり方をさせたか本当の理由を知っておくべきだったのだ。彼女は、あえてリアリティーが薄れてでも美しいハッピーエンドにしたかったのだ。白瀬は厨二病になるような女の子じゃない。彼女は決して目立ちはしないが、彼女はこのクラス、いや同じ学年の中でも飛びぬけて大人の考えが出来る女の子だと僕は知っていたはずだ。そこまで分かっていれば僕はすぐに気がつかねばならなかった。それは今の僕なら当然、気づけたはずだ。

 でも、当時の僕はそこ気付く事が出来なかった。いや出来たのだろうが、自身が他人より大人の考えが出来るなどと言う子供っぽい幻想に酔い、白瀬がもっと大人である事にあえて目を背けていたのだ。そんな白瀬が、ああ言う結末を書いた本当の理由それはただ一つ。

 そう、それは彼女の心からの願望でもあったのだ。


「なあ、白瀬、今更こんな事言うなんてって自分でも思うんだけど……」

 本番も差し迫ったある日、僕はたまたま白瀬と二人きりになる機会を見つけてこう切り出した。そうは言っても、この時の僕はまだ白瀬にその事を聞くべきかどうか決めあぐねていた。

 だって、相手は密かに僕が想いを寄せていた女の子なのだ。しかもそれは、その内気な女の子が意を決して、自身がネット小説を書いている事をカミングアウトしてまで、世に出そうとした傑作なのだ。その一番大事な、いわば肝ともいうべき結末を否定する様な事を言わんとしているのだ。僕が躊躇するのは当然だ。

「平泉君、あなたの言いたい事は私、分かってるよ。
 平泉君は、この舞台の結末に不満があるんでしょ」

 ところが白瀬は、僕が言おうとしていた事をすっぱりと言い当ててしまった。しかも彼女は、彼女らしいらしい穏やかな笑みをその口元にたたえていたのだ。

 正直、僕は驚いた。もし立場が逆なら、例え相手が密かに想いを寄せていた白瀬だろうとその第一声から食って掛かっていただろう。自身が書き、ネット上とは言え公にする作品なら、その肝である結末は推敲に推敲を重ね苦しんで生み出した物に違いない。それを他人に否定されれば誰だってその瞬間、反発心が沸くのが当然である。

 それなのに白瀬は、まるでその事を予想していた様にこう言った。しかも、あんなに穏やかな笑みを浮かべてだ。何故、そんな事が出来るんだ? その時の僕はまったく分からなかった。いや、分かろうとするほどその時の僕は大人じゃなかったし、まだ本当の意味で『他人の痛み』を知る事の出来ない子供だったのだ。
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小説の匣
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