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第七十話
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「ホントは君の部屋まで送りたいけどやらなきゃいけない事があるんだ。
ここでごめん、与一」
唇を離した板額がすまなさそうにそう言って寂し気な笑みを口元に浮かべた。
「そんな事、気にしなくて良いよ。
毎朝、僕の部屋まで君が迎えに来てくれるだけで僕は十分過ぎる程さ」
そんな板額に僕は男……いやこの場合、彼氏のだ……の余裕って奴を見せて笑った。板額は女の子なんだ。今から食事するにしても色々やる事だって多いのだろうって僕は思った。
そして、その後すぐ応接間に入って来たメイドの篠原さんが、板額に変わって僕を部屋まで送ってくれた。絵に描いたような美人メイドの篠原さんを引き連れての帰宅は何かすっごく誇らしげで嬉しかった。ただ、篠原さんは僕の部屋に着く少し前に気になる事を僕に言ったのだ。
「いつも板額お嬢様と親しくしていただいてありがとうございます」
篠原さんが僕にそう声を掛けて来た。
「いえ、僕みたいなので本当に良いですか?」
僕は半分謙遜、そして半分マジでそう聞き返した。だって板額は京都の旧家の跡取りお嬢様なのだ。もし、僕の存在が後々板額の人生に悪い影響を残すなら僕は板額から離れるべきでは、ってちょっと思ったのだ。
「その様なご心配は一切無用でございます。
与一様の事は京都の大奥様も公認ですので……」
そう言って篠原さんは柔らかい笑みを浮かべた。その表情に嘘はなさそうだった。ただ相手は跡取り娘を任されている旧家のメイドさんだ。その辺りはまだまだ言葉通り信じて良い物かどうかは分からない。
「ただ、与一様。
もし与一様がこれから末永く板額お嬢様とお過ごしになりたいのでしたら、
お嬢様の全てを受け入れる強い意志と覚悟が必要になりますが……」
そう言って僕の目を見た篠原さんは相変わらず優しい笑みを浮かべたままだった。けれども、その眼にはまるでどんな些細な嘘も見逃さない鋭い光があった。
「完全にとはとても言えませんが、
今日、板額の話を聞いて僕も僕なりに覚悟を決めたつもりです」
僕は自信をもってそう答えた。もちろん、たかが高校二年生のガキが言う覚悟なんて知れてるって分かている。相手が篠原さんの様な人ならなおさらだ。でも、僕は今日、板額の悲しい過去を聞いてより一層板額が愛しくなった。絶対にとはとても言えないけど、僕は僕に出来る限界まで板額に寄り添いたいと心から思たのだ。
「与一様のその言葉に嘘はないようですね。
その言葉で私も安心しました」
しばらく僕の目をじっと見ていた篠原さんがそう言って笑った。きっと篠原さんは、板額の身の回りの世話をするだけが仕事じゃない。板額の戸籍上の母親でもある京都のお婆さんから、板額に変な虫が付かない様に監視する役目も担ってるのだろう。下手すると、ラノベやアニメに出て来る戦闘メイドみたいな人なのかもしれないなんてまた僕はちょっと思ってしまった。
「では与一様。これは私からのアドバイスです。
これから与一様は板額お嬢様の全てを受け入れねばなりません。
ですが、それと同時にご自身の過去ともきちんと向き合う必要があります。
近い将来、それを試される様な事が起こるやもしれません。
それがどんなに苦しくともこの事だけは忘れないでくださいませ。
板額お嬢様も与一様の過去も含めた全てを受け入れる覚悟をお持ちだと言う事を。
そしてお嬢様は与一様を決して見捨てたりはしません。
例え、世界を敵に回すような事になってもお嬢様だけは与一様の味方でいます」
そう言った篠原さんの目は真剣そのものだった。
「僕の過去……」
僕はその言葉が引っかかった。
僕には確かに『過去』がある。誰にも言えない。そして知られちゃいけない過去がある。その過去が今の僕を作った。その過去以前の僕と、以後の僕では大きく違う。
篠原さんの言った『僕の過去』とはその『過去』だろうか? いや、単なる漠然とした比喩として篠原さんはそう言っただけかもしれない。
でも相手は京都の旧家『烏丸家』が、たった一人の跡取り令嬢の全てを任せたメイド。自身の主たる板額の彼氏である僕の事など事細かに調べ尽くしているって考える方が自然じゃないのか?
僕はその事を頭の中でぐるぐる考え始めてしまった。
「あっ……いえ、あまり深くお考えにならずとも結構です。
使用人の単なる老婆心でございますから」
きっと僕は考えている事が顔に出たのだろう、僕を見て篠原さんはとても穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
ここでごめん、与一」
唇を離した板額がすまなさそうにそう言って寂し気な笑みを口元に浮かべた。
「そんな事、気にしなくて良いよ。
毎朝、僕の部屋まで君が迎えに来てくれるだけで僕は十分過ぎる程さ」
そんな板額に僕は男……いやこの場合、彼氏のだ……の余裕って奴を見せて笑った。板額は女の子なんだ。今から食事するにしても色々やる事だって多いのだろうって僕は思った。
そして、その後すぐ応接間に入って来たメイドの篠原さんが、板額に変わって僕を部屋まで送ってくれた。絵に描いたような美人メイドの篠原さんを引き連れての帰宅は何かすっごく誇らしげで嬉しかった。ただ、篠原さんは僕の部屋に着く少し前に気になる事を僕に言ったのだ。
「いつも板額お嬢様と親しくしていただいてありがとうございます」
篠原さんが僕にそう声を掛けて来た。
「いえ、僕みたいなので本当に良いですか?」
僕は半分謙遜、そして半分マジでそう聞き返した。だって板額は京都の旧家の跡取りお嬢様なのだ。もし、僕の存在が後々板額の人生に悪い影響を残すなら僕は板額から離れるべきでは、ってちょっと思ったのだ。
「その様なご心配は一切無用でございます。
与一様の事は京都の大奥様も公認ですので……」
そう言って篠原さんは柔らかい笑みを浮かべた。その表情に嘘はなさそうだった。ただ相手は跡取り娘を任されている旧家のメイドさんだ。その辺りはまだまだ言葉通り信じて良い物かどうかは分からない。
「ただ、与一様。
もし与一様がこれから末永く板額お嬢様とお過ごしになりたいのでしたら、
お嬢様の全てを受け入れる強い意志と覚悟が必要になりますが……」
そう言って僕の目を見た篠原さんは相変わらず優しい笑みを浮かべたままだった。けれども、その眼にはまるでどんな些細な嘘も見逃さない鋭い光があった。
「完全にとはとても言えませんが、
今日、板額の話を聞いて僕も僕なりに覚悟を決めたつもりです」
僕は自信をもってそう答えた。もちろん、たかが高校二年生のガキが言う覚悟なんて知れてるって分かている。相手が篠原さんの様な人ならなおさらだ。でも、僕は今日、板額の悲しい過去を聞いてより一層板額が愛しくなった。絶対にとはとても言えないけど、僕は僕に出来る限界まで板額に寄り添いたいと心から思たのだ。
「与一様のその言葉に嘘はないようですね。
その言葉で私も安心しました」
しばらく僕の目をじっと見ていた篠原さんがそう言って笑った。きっと篠原さんは、板額の身の回りの世話をするだけが仕事じゃない。板額の戸籍上の母親でもある京都のお婆さんから、板額に変な虫が付かない様に監視する役目も担ってるのだろう。下手すると、ラノベやアニメに出て来る戦闘メイドみたいな人なのかもしれないなんてまた僕はちょっと思ってしまった。
「では与一様。これは私からのアドバイスです。
これから与一様は板額お嬢様の全てを受け入れねばなりません。
ですが、それと同時にご自身の過去ともきちんと向き合う必要があります。
近い将来、それを試される様な事が起こるやもしれません。
それがどんなに苦しくともこの事だけは忘れないでくださいませ。
板額お嬢様も与一様の過去も含めた全てを受け入れる覚悟をお持ちだと言う事を。
そしてお嬢様は与一様を決して見捨てたりはしません。
例え、世界を敵に回すような事になってもお嬢様だけは与一様の味方でいます」
そう言った篠原さんの目は真剣そのものだった。
「僕の過去……」
僕はその言葉が引っかかった。
僕には確かに『過去』がある。誰にも言えない。そして知られちゃいけない過去がある。その過去が今の僕を作った。その過去以前の僕と、以後の僕では大きく違う。
篠原さんの言った『僕の過去』とはその『過去』だろうか? いや、単なる漠然とした比喩として篠原さんはそう言っただけかもしれない。
でも相手は京都の旧家『烏丸家』が、たった一人の跡取り令嬢の全てを任せたメイド。自身の主たる板額の彼氏である僕の事など事細かに調べ尽くしているって考える方が自然じゃないのか?
僕はその事を頭の中でぐるぐる考え始めてしまった。
「あっ……いえ、あまり深くお考えにならずとも結構です。
使用人の単なる老婆心でございますから」
きっと僕は考えている事が顔に出たのだろう、僕を見て篠原さんはとても穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
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