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第六十九話
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僕はこの時は、板額が烏丸家の養子になる事で、烏丸家が名医を雇い、高度な最先端治療を板額に施したんだと理解していた。きっと、瀕死の重傷を負った子供でも五体満足な状態に治療整形出来るブラックジャックの様な名医がこの世には居るんだろうと僕は感心していた。それに板額の場合、こんなに美人なんだから僕だけでなく世の中の男全てにとって板額がまた元の美しさを取り戻せたのは本当に良かった事だ。
ただ板額自身は美しさを失う事への絶望感を事故当時持っていたかって言うと、それはちょっと違う気がした。普通、美人の女の子、いやどんな女の子でもその体の一部にでも醜い傷跡が残るのは嫌がる物だ。男だってある程度そうだが、男と女の子ではその程度が違う。男ならむしろ残った傷を『男の勲章』なんて言って自慢する事も出来るほどだ。しかし、女の子の場合は体に残った傷以上に、心に深い傷を残してしまう事が多々ある。
でも、板額の言葉の中に『傷や火傷が残る事で美しさを失う』恐怖心はあまり感じられなかった。むしろそれより体の自由が利かなくなる恐怖と絶望を強く感じた。どちらかと言うと女の子の持つ恐怖心より、男の子が持つ他の男達より体の自由が利かなくなることで感じる劣等感みたいなものに近い感じがした。もっと分かり易く言えば『生物の雄として優位性が失われる』恐怖って奴だろうか。
あと、板額の場合、異常に強いのが『僕に対して』と言う基準だった。普通、こういう場合は『世間の目が』って言う漠然とした対象からの視線を前提としている。でも、板額のそれにはそう言う広くおぼろげな対象は感じられずに、あくまで『僕』と言う個人がいつも対象に据えられているのだ。
何度も言うが、僕自身は板額にそこまで僕を意識させる様な事をした覚えはないのだ。
「祖母の条件をすべて受け入れた事で僕は祖母の後継者第一位の人間になった。
そして約束通り、僕は事故以前と変わらぬ五体満足な体を取り戻したんだ。
まあ、それでも完全に元通りとはゆかなかったけど、
その辺りの事は今では結果的に良い方向に傾いたかなって思える様になったよ」
板額はそう言って僕を見るとにっこり笑った。どうやら板額は今日、僕に話そうとしていた事は全部話し終えた様だった。
「なんか……その……君は本当に色々大変だったんだね。
でも君は凄いよ、板額。
そんな事があってもあんなに明るく前向きに生きている。
恥ずかしい話だけど僕も父を亡くしたりしてかなり落ち込んだ時もあった。
でも君に比べたら僕なんて不幸などとは軽率に口に出来ない程だった。
僕自身、君を見習わなきゃいけない所が多々ありそうだ」
僕は板額にそう言った。これは本心だった。けっして話の流れでつい大きく出てしまったと言う訳じゃない。でも、それででもなお、僕は一歩踏み出すことが出来ない自分を知っていた。僕は板額とはまた違ったトラウマを抱えている。板額が体に負ったのと同じくらい重い傷を、かつて僕は心に負ってしまったのだ。
「君にそう言ってもらえて僕は嬉しいよ、与一。
あの時、祖母の申し出を受けいれて本当に良かったと思える」
僕の言葉に板額は嬉しそうに、そう本当に心から嬉しそうにそう言って笑った。いつも言ってるがこう言う時の板額の笑顔は相変わらずとても素敵だ。
その後、僕と板額は学校での事などとりとめもない事をしばらく話した。今ではその後、何を話したかをよく覚えたいない。ただ、板額が自身の過去を包み隠さず話してくれたことがすごく嬉しかった事だけはよく覚えている。
「今日は僕の話ばかり聞かせて長々悪かったね」
カップに残った冷めきった紅茶を飲み干すと板額がそう言った。僕はその声に壁際の紫檀で出来た立派なカップボードに置かれた時計を見た。時計はもう六時を回っていた。
「あっ、いや、こう言う事なら構わさないさ。
またいつでも誘ってよ」
僕は笑顔でそう答えた。母には遅くなると途中でLINEを使って連絡が入れてあったので実際構わない。でもうら両親が居ない女の子の家に僕の様な男が長々居るのはいけないかなと僕は思った。
「じゃあ、また明日……」
僕はそう言って席を立った。すると板額も席を立って僕の方へ寄って来た。
「今日は与一と話が出来て良かったよ」
そう言うと板額は僕の唇に自分の唇を軽く当ててきた。そして僕らはちょっとだけ舌を絡また。
それがいつもと変わらぬ別れの挨拶だった。
ただ板額自身は美しさを失う事への絶望感を事故当時持っていたかって言うと、それはちょっと違う気がした。普通、美人の女の子、いやどんな女の子でもその体の一部にでも醜い傷跡が残るのは嫌がる物だ。男だってある程度そうだが、男と女の子ではその程度が違う。男ならむしろ残った傷を『男の勲章』なんて言って自慢する事も出来るほどだ。しかし、女の子の場合は体に残った傷以上に、心に深い傷を残してしまう事が多々ある。
でも、板額の言葉の中に『傷や火傷が残る事で美しさを失う』恐怖心はあまり感じられなかった。むしろそれより体の自由が利かなくなる恐怖と絶望を強く感じた。どちらかと言うと女の子の持つ恐怖心より、男の子が持つ他の男達より体の自由が利かなくなることで感じる劣等感みたいなものに近い感じがした。もっと分かり易く言えば『生物の雄として優位性が失われる』恐怖って奴だろうか。
あと、板額の場合、異常に強いのが『僕に対して』と言う基準だった。普通、こういう場合は『世間の目が』って言う漠然とした対象からの視線を前提としている。でも、板額のそれにはそう言う広くおぼろげな対象は感じられずに、あくまで『僕』と言う個人がいつも対象に据えられているのだ。
何度も言うが、僕自身は板額にそこまで僕を意識させる様な事をした覚えはないのだ。
「祖母の条件をすべて受け入れた事で僕は祖母の後継者第一位の人間になった。
そして約束通り、僕は事故以前と変わらぬ五体満足な体を取り戻したんだ。
まあ、それでも完全に元通りとはゆかなかったけど、
その辺りの事は今では結果的に良い方向に傾いたかなって思える様になったよ」
板額はそう言って僕を見るとにっこり笑った。どうやら板額は今日、僕に話そうとしていた事は全部話し終えた様だった。
「なんか……その……君は本当に色々大変だったんだね。
でも君は凄いよ、板額。
そんな事があってもあんなに明るく前向きに生きている。
恥ずかしい話だけど僕も父を亡くしたりしてかなり落ち込んだ時もあった。
でも君に比べたら僕なんて不幸などとは軽率に口に出来ない程だった。
僕自身、君を見習わなきゃいけない所が多々ありそうだ」
僕は板額にそう言った。これは本心だった。けっして話の流れでつい大きく出てしまったと言う訳じゃない。でも、それででもなお、僕は一歩踏み出すことが出来ない自分を知っていた。僕は板額とはまた違ったトラウマを抱えている。板額が体に負ったのと同じくらい重い傷を、かつて僕は心に負ってしまったのだ。
「君にそう言ってもらえて僕は嬉しいよ、与一。
あの時、祖母の申し出を受けいれて本当に良かったと思える」
僕の言葉に板額は嬉しそうに、そう本当に心から嬉しそうにそう言って笑った。いつも言ってるがこう言う時の板額の笑顔は相変わらずとても素敵だ。
その後、僕と板額は学校での事などとりとめもない事をしばらく話した。今ではその後、何を話したかをよく覚えたいない。ただ、板額が自身の過去を包み隠さず話してくれたことがすごく嬉しかった事だけはよく覚えている。
「今日は僕の話ばかり聞かせて長々悪かったね」
カップに残った冷めきった紅茶を飲み干すと板額がそう言った。僕はその声に壁際の紫檀で出来た立派なカップボードに置かれた時計を見た。時計はもう六時を回っていた。
「あっ、いや、こう言う事なら構わさないさ。
またいつでも誘ってよ」
僕は笑顔でそう答えた。母には遅くなると途中でLINEを使って連絡が入れてあったので実際構わない。でもうら両親が居ない女の子の家に僕の様な男が長々居るのはいけないかなと僕は思った。
「じゃあ、また明日……」
僕はそう言って席を立った。すると板額も席を立って僕の方へ寄って来た。
「今日は与一と話が出来て良かったよ」
そう言うと板額は僕の唇に自分の唇を軽く当ててきた。そして僕らはちょっとだけ舌を絡また。
それがいつもと変わらぬ別れの挨拶だった。
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