ハンガク!

化野 雫

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第六十七話

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「それまでの僕にはとても大きな目標があったんだよ。
 あの時の君にもう一度会いたい。
 君に会って君のおかげでこんなに立派になれたんだよって言いたかった。
 でも、それも出来ない体になっちゃったからね」

 板額はそう言ってその当時を思い出すように寂し気な笑みを浮かべた。

「僕の為に?」

 僕はそう問い返した。そうだ。僕はそう言われても板額にまったく覚えがない。こんな素敵な女の子にそこまで思わせる程、僕は何かをしてあげた事あっただろうか? 僕は板額の話を聞きながら必死に記憶の糸を手繰っていた。

「そうだよ、君は僕のヒーローだったんだよ、与一。
 君に『すごく立派になったね』って言ってもらえる様に必死に頑張った。
 勉強も運動も、そして自分自身の心も全部を鍛えぬいてたんだ。
 それなのにあの事故で僕は、
 もう普通に生活する事すら出来ない体になる所だったんだ。
 『命が助かるだけでも奇跡』って言われる程ね」

 板額はそう言って自分の肩を抱き締めるようにした。今の板額にはその時の痛みや苦しみまで蘇ってるのかもしれない。

「良いよ、板額。もう良い。
 そんな辛い事は想い出さなくて良い。
 僕は今の君さえ知っていれば良いんだから……」

 僕は自身の一番辛い想い出を語る板額を見ていられなくてそう言った。そうなんだ。女の子にこんな辛い想いをさせちゃいけない。僕は女の子って色々面倒で嫌いだけど、女の子をいじめたり辛い想いをさせるのはもっと嫌なんだ。いや、それは絶対に『もう二度と』やってはいけない事なんだ。

「ダメだよ、与一。
 逃げちゃダメなんだ、僕も君も。
 どんなにそれが辛く悲しい事でも、そして他人には隠したいと思う事でもね。
 僕は君にだけは僕の事を包み隠さず全部知っていてもらいたいんだ」

 板額の言葉に僕は彼女の強い意志と覚悟の様な物を感じた。だから、僕もただ興味本位に聞く事だけはしたくなかった。板額の過去を知る以上、僕もその過去を含めて板額を愛する覚悟を決めた。

「君の気持ちは分かった。
 それから僕は、君の彼氏として君の全てを受け入れるよ」

 でも、その時、僕は板額の今の言葉に少しだけ違和感を覚えていた。板額自身はともかく、何故、僕まで逃げちゃダメと板額は言ったのか? 確かに僕にはそう言われる覚えがある。でも、何故それを板額が知っているのかが分からなかった。

「生きる事を諦めほとんど生けるしかばねなっていた僕の所に祖母は来たんだ。
 今、生ける屍って僕は言ったけどそれは僕の主観だけじゃない。
 実際、その時の僕は外見的にもまさに『生ける屍』だったんだよ。
 経験の浅い看護師さんなどは悲惨過ぎて直視する事すら出来なかったらしい。
 そんな外見も精神もまさにズタズタだった僕に祖母はいきなりこう言ったんだ。

 『あの馬鹿娘の生んだ子はお前だな。
  お前はたった一人の私の孫と言う訳だ。
  まったく最後の最後まであの馬鹿娘は私に迷惑ばかりかけおって。
  曲りなりにも烏丸家直系の血を引くお前の事だ。
  馬鹿娘はともかくお前には罪はない。
  だからお前は私が助けてやる。
  出来る限り最高の治療を受らけれる様にこの私がしてやる。
  まあ、並みの医者よりはましな体で生き延びられるだろう。
  それでも負った火傷と怪我は重く一生かなりの後遺症は覚悟しろ。
  もし、それが嫌なら安楽死と言う手もある。
  生きる希望を失って生き延びても不幸なだけだからな。
  普通の者なら法的な事やら倫理的な事やら色々で、
  この国ではまだまだ御法度の安楽死だが私なら何とでもなる』

 とね」

 板額は明らかに呆れ顔でそう言った。板額が呆れ顔になるのも分かる。確かにその時の板額は生きる希望を失っていたのだろう。『安楽死』と言うのは確かにまっとうな選択枝の一つにも思える。だが、相手は自分自身でも言っている様に、絶縁状態にあったとは言えたった一人の孫娘なのだ。普通の祖母ならここでは生きる希望を再び持てる様に優しく励ますのが普通じゃないのか、と僕は思った。僕には居なかったけれど、祖母と言う物はそう言う物だと僕は思っていたのだ。

「第三者の僕が言うのも何だけど、
 何かすっごく薄情なお婆さんだね」

 僕は思った通りの事を口にした。

「まあね。
 でも祖母にとってそれは優しさでもあったんだ。
 そう言う所は本当に不器用な人なんだよ、あの人は」

 板額は僕の言葉にそう言って笑った。
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小説の匣
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