65 / 161
第六十五話
しおりを挟む
僕と板額は、紅茶と焼き菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合って座っていた。紅茶のポットからは本当に良い香りがあふれ出していた。そして、焼きたてのフィナンシェからはバターの良い香りがした。しかもそのバターに混じって、何か柑橘系の爽やかな香りも混じっている様だった。
学校帰りのこの時間、育ち盛りの僕らはちょうど小腹が空いている時間だ。しかも今日は『いずみ屋』に寄ってないのでなおさらだ。そこにこのフィナンシェの香りは、たまらない。きっと紅茶はものすごく高級品なんだろうけど、僕にはこっちの方がたまらなく魅力的だった。
「たぶん、与一にはこの紅茶よりもフィナンシェの方が魅力的だろうね。
なにせ篠原さんのお手製だからね」
そんな僕の心を見透かすように板額はそう言うと、紅茶のポットを手に取ると置かれた二つのティーカップに紅茶を注いだ。
「確かにそうだけど、篠原さんのお手製だからって訳じゃなくて、
時間的にちょうどお腹が空いて来てるからだぞ」
僕はちょっとむっとした顔でそう言い返した。
「分かってるって、与一。冗談だよ。
でもそのフィナンシェ、今が旬の夏ミカンの果汁が練り込んであるんだ。
ちょっと他では食べられない篠原さん特製の珍しい物だから是非食べてみて」
すると板額はそう言って笑うと、まず自分がそのフィナンシェを一つ摘まんで口に運んだ。どうやら、板額の機嫌も直ってるようで僕は安心した。そして僕も、板額に習ってフィナンシェに手を伸ばした。
フィナンシェは篠原さんが言ってた様にまだほんのり温かかった。摘まんで口に運ぶと小腹が空いたお腹には堪らないバターの芳醇な香りと共に、鬱陶しい蒸し暑さを吹き飛ばすかの様な夏ミカンの爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。甘みとバターの脂と夏ミカンの酸味が本当に絶妙なバランスで独特のハーモニーを醸し出していた。それは今まで食べた焼き菓子の中でも圧倒的な美味しさだった。
「これすごく美味しいよ!」
僕は思わず声を上げていた。
「気に入ってもらえて良かったよ。
帰りに少しお土産に持って帰ると良い」
先ほどまでとは打って変わって板額は、まるで自分が作った物の様に嬉しそうにそう言った。それを聞くと少なくとも板額とあの篠原さんとの間には、とてもいい関係が出来ているんだろうなって気がした。
もちろん、その後にすぐに飲んだ紅茶も、とても美味しかった。香りがとてもフルーティーで、お砂糖を入れてないのに渋みがまろやかで、なんだか少し甘みがある様にさえ感じる程だった。
やっぱり、高級品って奴は高いだけじゃなく美味しいのだと僕は改めて思った。ちなみにかく言う僕だって母の仕事がら色々良い物を貰ったりしてそれなりに舌は肥えているのだ。その僕ですら感動するくらいここの紅茶とフィナンシェは絶品だった。
「さて、さっきはどこまで話したっけ?」
紅茶を飲んで一息ついた板額が僕を見て尋ねた。
「君に両親が居なくて、今は誰かの養子になってるって事までだよ」
僕はそう答えた。
「そうそう、それで君がとっても失礼な勘違いをしたんだっけ」
すると板額が思い出し笑いをしながらそう言った。
「確かに失礼な勘違いだってけど、
これでも僕は君の事を心配したんだぞ」
「分かってるって、与一。
君は口では『女は嫌い』って言いながら、
今でも本当は女の子にとても優しいからね」
僕がそう言うと、板額は凄く優しい笑みを浮かべてそう言った。
『今でも』、僕は板額のその言葉が気になった。
板額は今の僕しか知らないはずだ。板額の知ってる僕は少なくとも口では『女の子はめんどくさくて嫌い』と何度も言っている。例え、それが本心ではない事に気がついていても、それを『今でも』って言い方はするだろうか? やっぱり板額は自分で言ってる通り、今の僕になる前の僕を知ってるのだろうか? でも、僕の方はあれから何度も記憶やらアルバムなどを見返してみたけれど板額と僕の接点を見つける事は出来なかった。じゃあ、板額は何故、僕の過去を知ってる風を装うのだろうか? いや、装ってるのではなく実は本当に知っているんじゃないのか? 僕の方が板額の事を忘れてしまっている可能性すらあるのでは、と僕は最近真面目に思い始めていた。
板額の過去話が聞けるならその疑問の答えも見つかるのではと僕はこの時思った。
学校帰りのこの時間、育ち盛りの僕らはちょうど小腹が空いている時間だ。しかも今日は『いずみ屋』に寄ってないのでなおさらだ。そこにこのフィナンシェの香りは、たまらない。きっと紅茶はものすごく高級品なんだろうけど、僕にはこっちの方がたまらなく魅力的だった。
「たぶん、与一にはこの紅茶よりもフィナンシェの方が魅力的だろうね。
なにせ篠原さんのお手製だからね」
そんな僕の心を見透かすように板額はそう言うと、紅茶のポットを手に取ると置かれた二つのティーカップに紅茶を注いだ。
「確かにそうだけど、篠原さんのお手製だからって訳じゃなくて、
時間的にちょうどお腹が空いて来てるからだぞ」
僕はちょっとむっとした顔でそう言い返した。
「分かってるって、与一。冗談だよ。
でもそのフィナンシェ、今が旬の夏ミカンの果汁が練り込んであるんだ。
ちょっと他では食べられない篠原さん特製の珍しい物だから是非食べてみて」
すると板額はそう言って笑うと、まず自分がそのフィナンシェを一つ摘まんで口に運んだ。どうやら、板額の機嫌も直ってるようで僕は安心した。そして僕も、板額に習ってフィナンシェに手を伸ばした。
フィナンシェは篠原さんが言ってた様にまだほんのり温かかった。摘まんで口に運ぶと小腹が空いたお腹には堪らないバターの芳醇な香りと共に、鬱陶しい蒸し暑さを吹き飛ばすかの様な夏ミカンの爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。甘みとバターの脂と夏ミカンの酸味が本当に絶妙なバランスで独特のハーモニーを醸し出していた。それは今まで食べた焼き菓子の中でも圧倒的な美味しさだった。
「これすごく美味しいよ!」
僕は思わず声を上げていた。
「気に入ってもらえて良かったよ。
帰りに少しお土産に持って帰ると良い」
先ほどまでとは打って変わって板額は、まるで自分が作った物の様に嬉しそうにそう言った。それを聞くと少なくとも板額とあの篠原さんとの間には、とてもいい関係が出来ているんだろうなって気がした。
もちろん、その後にすぐに飲んだ紅茶も、とても美味しかった。香りがとてもフルーティーで、お砂糖を入れてないのに渋みがまろやかで、なんだか少し甘みがある様にさえ感じる程だった。
やっぱり、高級品って奴は高いだけじゃなく美味しいのだと僕は改めて思った。ちなみにかく言う僕だって母の仕事がら色々良い物を貰ったりしてそれなりに舌は肥えているのだ。その僕ですら感動するくらいここの紅茶とフィナンシェは絶品だった。
「さて、さっきはどこまで話したっけ?」
紅茶を飲んで一息ついた板額が僕を見て尋ねた。
「君に両親が居なくて、今は誰かの養子になってるって事までだよ」
僕はそう答えた。
「そうそう、それで君がとっても失礼な勘違いをしたんだっけ」
すると板額が思い出し笑いをしながらそう言った。
「確かに失礼な勘違いだってけど、
これでも僕は君の事を心配したんだぞ」
「分かってるって、与一。
君は口では『女は嫌い』って言いながら、
今でも本当は女の子にとても優しいからね」
僕がそう言うと、板額は凄く優しい笑みを浮かべてそう言った。
『今でも』、僕は板額のその言葉が気になった。
板額は今の僕しか知らないはずだ。板額の知ってる僕は少なくとも口では『女の子はめんどくさくて嫌い』と何度も言っている。例え、それが本心ではない事に気がついていても、それを『今でも』って言い方はするだろうか? やっぱり板額は自分で言ってる通り、今の僕になる前の僕を知ってるのだろうか? でも、僕の方はあれから何度も記憶やらアルバムなどを見返してみたけれど板額と僕の接点を見つける事は出来なかった。じゃあ、板額は何故、僕の過去を知ってる風を装うのだろうか? いや、装ってるのではなく実は本当に知っているんじゃないのか? 僕の方が板額の事を忘れてしまっている可能性すらあるのでは、と僕は最近真面目に思い始めていた。
板額の過去話が聞けるならその疑問の答えも見つかるのではと僕はこの時思った。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~
ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。
「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。
世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった!
次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で
幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──!
「この世に、幽霊事件なんてありえません」
幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の
ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる