61 / 161
第六十一話
しおりを挟む
「君が僕の両親の事を気にして遠慮するならその心配はないよ。
部屋に両親はいないから……」
そんな僕に板額はそう答えた。その時、板額が浮かべた笑みが少し寂しげだったのを僕はよく覚えている。
「そっか、お出かけ中なんだね」
でもその時の僕はその事をたいして気にも留めていなかった。いや、それどころかとんでもない勘違いをしていた。
板額が家に誰も居ないから僕を誘ったと思ったのだ。
さっき、途中で板額が拒否ったのも、やっぱりここが誰も来ないとは言え外である事が理由だったんだ。幸い、今日は両親がお出かけ中でこの先は安心して僕に身を任せられる自分の部屋が良いって思ってんだ。
と僕はその時、咄嗟に思った。そして、このすぐ後、僕はこんな浅はかな事を考えた自分をすごく後悔する事になる。
「違うよ、与一。
今の僕に君の様な両親は居ないんだ。
まあ、戸籍上は居るには居るけどあくまで戸籍上だけ」
板額はそう答えた。
僕はこの瞬間、否が応でもあの板額の寂し気な笑みの理由が分かった。僕だって馬鹿じゃない。腐っても葵高の生徒なんだ。板額のこの短い言葉で板額の抱えている事情がほぼ見えた。そして、それは僕が今の今まで想像だにしていなかった事だった。
板額は両親を何らかの理由で失っている。そして今は誰かの養子になっているのだ。たぶん、その事情でこんな凄い所に住んでいるなら、その人から経済的庇護を受けているのだろう。そうなると板額は今、かなり複雑な環境に居る事になる。
「板額、君は……」
僕は思わずそう口を開きながら言葉が続かなかった。
だって、ここから先は非常に微妙な事なのだ。僕だって父親を失っているから分かる。僕の場合、まだ母が健在で、しかもその母が曲がりなりにも成功して社会的にも経済的にも今はかなり恵まれている。それでも何も知らない、特に両親健在で僕らからすれば何不自由のない人たちから、同情とかされても嬉しくないのだ。いや嬉しいどころか憐れみを感じられた様に思えて腹立たしくなる時もなる。もちろん、それがすべて善意から出た言葉でもだ。
まして、もし、僕の想像通りなら板額は両親を失っている。ひょっとしたら天涯孤独の身かもしれない。その上、誰かの養子になっている様だ。そしてその養父母はかなりの資産家らしい。一見、孤児にとってそれは幸せとも見えるが、逆にこういう場合の方が本人には大きなストレスがかかっている場合が多い。かく言う僕だって実の母が人気作家で経済面とかではすごく恵まれているけど、それはそれで色々と結構ストレスが多いのだ。
思えば板額の、普通の女の事はかなり違った性格はそれが原因なのかもしれない。
そこまで考えた時、僕はふと、先ほど僕の行為を強く拒んだ板額の事が頭に蘇った。
まさか! 僕はとても嫌な事をその時、思ってしまった。それを想像した自分が嫌になった。でも今の僕には、今まで僕が抱いたすべての疑問に一番、すっきりする答えを出してくれる様に思えた。
全てを失い天涯孤独の身になった美しい少女が生き残る為には、その残された物を最大限に利用するしかなかった。またそんな都合の良い『おもちゃ』を道楽で欲しがる金持ちがこの世には居る。その両者に接点が出来たとしたら。そこまで考えて僕は背筋が寒くなった。
いけないと思いながら、してはいけない想像をしてしまった。
どうしようもない悔しさと怒りで喉の奥が苦くなった。思わず握りしめた手に力が入った。
板額は僕の彼女だ。例え板額が一時でも現実から逃げる為の都合の良い道具として、たまたま目があった僕を選んだとしてもそれでも良いんだ。僕はもう板額を心から愛している。板額が自身の重荷を常には隠して生きているなら、僕はその重荷の少しで良いから一緒に背負ってあげたい。
「与一、君は気にしなくて良いよ。
それに変な気を使う事もない」
そんな僕を知ってか知らずか板額はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。
「ごめん、逆に君に変な気を使わせちゃったね、板額」
そうだ。つらいのは板額なんだ。もしかしたら今日は誰に相談できないそう言う事を、やっと僕に相談しようと決意していたのかもしれない。そんな板額に、自身の無秩序な性欲丸出しにしてさっきあんな事をしてしまった自分が急に嫌になった。
そうだ、彼氏としてその板額に気を使わせるような事しちゃダメだ。ここは頼りがいのある彼氏を演じなければ、と僕は思い直した。
部屋に両親はいないから……」
そんな僕に板額はそう答えた。その時、板額が浮かべた笑みが少し寂しげだったのを僕はよく覚えている。
「そっか、お出かけ中なんだね」
でもその時の僕はその事をたいして気にも留めていなかった。いや、それどころかとんでもない勘違いをしていた。
板額が家に誰も居ないから僕を誘ったと思ったのだ。
さっき、途中で板額が拒否ったのも、やっぱりここが誰も来ないとは言え外である事が理由だったんだ。幸い、今日は両親がお出かけ中でこの先は安心して僕に身を任せられる自分の部屋が良いって思ってんだ。
と僕はその時、咄嗟に思った。そして、このすぐ後、僕はこんな浅はかな事を考えた自分をすごく後悔する事になる。
「違うよ、与一。
今の僕に君の様な両親は居ないんだ。
まあ、戸籍上は居るには居るけどあくまで戸籍上だけ」
板額はそう答えた。
僕はこの瞬間、否が応でもあの板額の寂し気な笑みの理由が分かった。僕だって馬鹿じゃない。腐っても葵高の生徒なんだ。板額のこの短い言葉で板額の抱えている事情がほぼ見えた。そして、それは僕が今の今まで想像だにしていなかった事だった。
板額は両親を何らかの理由で失っている。そして今は誰かの養子になっているのだ。たぶん、その事情でこんな凄い所に住んでいるなら、その人から経済的庇護を受けているのだろう。そうなると板額は今、かなり複雑な環境に居る事になる。
「板額、君は……」
僕は思わずそう口を開きながら言葉が続かなかった。
だって、ここから先は非常に微妙な事なのだ。僕だって父親を失っているから分かる。僕の場合、まだ母が健在で、しかもその母が曲がりなりにも成功して社会的にも経済的にも今はかなり恵まれている。それでも何も知らない、特に両親健在で僕らからすれば何不自由のない人たちから、同情とかされても嬉しくないのだ。いや嬉しいどころか憐れみを感じられた様に思えて腹立たしくなる時もなる。もちろん、それがすべて善意から出た言葉でもだ。
まして、もし、僕の想像通りなら板額は両親を失っている。ひょっとしたら天涯孤独の身かもしれない。その上、誰かの養子になっている様だ。そしてその養父母はかなりの資産家らしい。一見、孤児にとってそれは幸せとも見えるが、逆にこういう場合の方が本人には大きなストレスがかかっている場合が多い。かく言う僕だって実の母が人気作家で経済面とかではすごく恵まれているけど、それはそれで色々と結構ストレスが多いのだ。
思えば板額の、普通の女の事はかなり違った性格はそれが原因なのかもしれない。
そこまで考えた時、僕はふと、先ほど僕の行為を強く拒んだ板額の事が頭に蘇った。
まさか! 僕はとても嫌な事をその時、思ってしまった。それを想像した自分が嫌になった。でも今の僕には、今まで僕が抱いたすべての疑問に一番、すっきりする答えを出してくれる様に思えた。
全てを失い天涯孤独の身になった美しい少女が生き残る為には、その残された物を最大限に利用するしかなかった。またそんな都合の良い『おもちゃ』を道楽で欲しがる金持ちがこの世には居る。その両者に接点が出来たとしたら。そこまで考えて僕は背筋が寒くなった。
いけないと思いながら、してはいけない想像をしてしまった。
どうしようもない悔しさと怒りで喉の奥が苦くなった。思わず握りしめた手に力が入った。
板額は僕の彼女だ。例え板額が一時でも現実から逃げる為の都合の良い道具として、たまたま目があった僕を選んだとしてもそれでも良いんだ。僕はもう板額を心から愛している。板額が自身の重荷を常には隠して生きているなら、僕はその重荷の少しで良いから一緒に背負ってあげたい。
「与一、君は気にしなくて良いよ。
それに変な気を使う事もない」
そんな僕を知ってか知らずか板額はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。
「ごめん、逆に君に変な気を使わせちゃったね、板額」
そうだ。つらいのは板額なんだ。もしかしたら今日は誰に相談できないそう言う事を、やっと僕に相談しようと決意していたのかもしれない。そんな板額に、自身の無秩序な性欲丸出しにしてさっきあんな事をしてしまった自分が急に嫌になった。
そうだ、彼氏としてその板額に気を使わせるような事しちゃダメだ。ここは頼りがいのある彼氏を演じなければ、と僕は思い直した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる