ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
60 / 161

第六十話

しおりを挟む
 その僕の手首を、がしっと何者かの手が掴んだ。何者かなんて、ここには僕と板額しかいないのだ。僕じゃなければ直接見えなくたってそれは板額の手に決まってる。そうじゃなければオカルト話だ。

「ダメだって言ったじゃないか!」

 さっきまで無我夢中で僕のキスを受け入れていた板額が、突然、口を離し声を上げた。驚いた僕は思わず板額の顔を見た。板額はじっと僕を睨みつけていた。板額は明らかに怒っていた。

 確かに僕は板額との約束を破った。いや、実際には現行犯と言うよりは未遂って奴だ。そもそも、僕と板額の間柄なら、この程度の事は笑って許してもらっても良いじゃないかと僕は都合よく勝手に思った。

「ごめん……」

 でも僕が実際に口にしたのはこっちだった。こう言う場合、男と女じゃ男が悪いのだ。と昔、誰かが言っていたの僕は思い出したのだ。

「君の素肌がとても素敵だったからつい……」

 そして、すまなさそうにそう付け加えた。

 ただ、ここであえて波風を立ててせっかく上手くいっている僕と板額の間に、変なしこりを残したくないから謝ったのだ。実際には、それでも何故、板額が声を荒げたか分からずにいたし、そこは不満に思っていた。

「僕こそのごめん。
 与一はえっちな男の子だもの、そうだよね。
 途中で我慢しろって言う僕の方が無理があったね」

 でも結果的には僕の判断は正しかったのだろう。僕がすまなさそうにしているのを見て、板額は一転して優しい笑みを浮かべてそう言った。そして僕の頬を両手で優しく包み込む様にすると、軽くキスをしてくれた。

「でも分かった欲しいんだ、与一。
 君から見たら不思議かもしれないけど、これ以上はすごく怖いんだ。
 決して君の事を信用してないわけじゃないし、
 君が相手ならこの先の事だって許しても良いっては思ってる。
 でも、まだ、もう少し時間が欲しいんだよ」

 そして板額は少しその眼に涙を浮かべて僕にそう言った。

 ズルい。ズルいよ、板額。君にそんな表情でそんな風に言われたら僕はもうどうする事も出来ない。もう僕はここから先はどんな事があっても、君がはっきり『良いよ』って言うまで進めなくなってしまったじゃないか。

「分かったよ、板額。
 この先は君が『良い』って言うまでしない。
 改めて約束するよ」

 僕は板額の目を見てそう言いきった。結局、そう言う他なかった。

「ありがとう、与一。分かってくれてうれしい……」

 そう言って板額は僕にしがみついて来た。僕はそんな板額がとても可愛くて愛しくてたまらなくなった。

 たぶん、板額の事だから僕のこういう心理まで計算ずくだったのかもしれない。でも良いんだ。相手が板額なら僕は騙されたって良いって思った。

 僕はしがみついて来た板額の髪を優しく撫でていた。板額がなぜそこまであの先の事を拒んだのかはまだ少し疑問に思ってはいる。でも、まあ、板額だって年頃の女の子なんだ。男の僕には理解できない色々複雑なお歳頃なんだろうってその時は自分を納得させた。


「そうだ、与一、今日はもう用事はないかな?」

 しばらく、僕に甘える様にひっついていた板額が顔を上げて尋ねた。

 その日は週末、明日はお休み。しかもこの先に、これと言った予定もなった。

「うん、特に用事はないけど……」

 僕は板額の体を優しく抱きながらそう答えた。

「じゃあ、このまま僕の部屋に寄って行きなよ。
 お茶とお菓子ぐらい出すからもう少し話をしないか?」

 すると板額はそう答えて微笑んだ。

 来た! ついに来た。ついに板額は僕を親に会せようと思ったのだ。今までは学校では公認の仲だったけど、板額の家庭的には秘密だったかもしれない。板額はそっちも公認の仲にしようとしてるのだ、と僕は理解した。でも最後までは程遠いけど、さっきまで大事な娘さんにえっちな事をしてたその足で親御さんに会うのはやっぱりちょっと心苦しい気がしてた。

「でも、君の親御さんに今から会うのは何だか恥ずかしいな。
 やっぱりこう言うのはちゃんと事前に心の準備をしなきゃ……」

 僕はわざとそう照れた様な笑いを見せながら答えた。そう言いながら、いつかは通らなきゃイケない事ならここですませてしまうのも手かなとも思っていた。板額だって、事前に親御さんに僕を連れて行くとは言ってなかったはずだ。時間も時間だしたぶん今居るのはお母さんだけだろう。初めてならお父さんが居ないこの機会の方が良いかもしれない気がした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

ファンタジー
口が悪く男勝りで見た目は美青年な不良、神田シズ(女)は誕生日の前日に、漆黒の軍服に身を包んだ自分とそっくりの男にキスをされ神様のいない異世界へ飛ばされる。元の世界に帰る方法を捜していると男が着ていた軍服が、城で働く者、城人(じょうにん)だけが着ることを許させる制服だと知る。シズは「君はここじゃないと生きれない」と吐き捨て姿を消した謎の力を持つ男の行方と、自分とそっくりの男の手がかりをつかむために城人になろうとするがそのためには試験に合格し、城人になるための学校に通わなければならず……。癖の強い同期達と敵か味方か分からない教官、上司、王族の中で成長しながら、帰還という希望と真実に近づくにつれて、シズは渦巻く陰謀に引きずり込まれてゆく。

処理中です...