ハンガク!

化野 雫

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第五十二話

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「まあ、誰もがそう思って諦めて暗記に励むよね。
 でも違うんだ。
 僕らが気がつかないだけで極々基本的な単語以外は、
 日本語でいう所の『熟語』と同じ構造なんだよ。
 僕らが知らないだけで、より細かく裁断してもそこに意味があるんだ。
 まあ、上げれば切りがないから一度調べてみると良いよ。
 その辺りを突いた参考書もあるからね。
 他人に教えられるより自分で調べた方が頭に入りやすい」

 板額はそう言って笑った。

 僕らは分からない事があるとすぐにネットで調べる。それにはほとんど労力はかからない。でもそれで簡単に頭に入るかどうかは別問題だ。ネットの無い頃の学生は必死で参考書などに当たって調べたそうだ。だから、その当時はそんなより高度な参考書を探し出す労力とセンスがより上を目指す学生には必要だった。母の話によると、そんな頃の学生は自分が探し出して来た参考書を自慢しあったりしたそうだ。だから地方の本屋でも参考書の部類は結構たくさん置いてあったらしい。今では生き残ってる大型書店でも雑誌と漫画が半分以上のスペースを占めて、参考書の部類はかなり隅っこに追いやられている。

「なるほどね。
 だからそこが自然と身に付くからネイティヴは、
 知らない単語が出て来ても前後の話の流れから類推出来て読めるのね」

「そう、いくらネイティヴだと言っても100%単語を理解出来てたり、
 100%の言葉を聞き取ってるわけじゃないからね。
 基本、僕らが日本語を読んだり聞いたりするのと同じなんだ。
 僕らは日本語を必死に暗記したりしないのはその為なんだ。
 常にその言葉に触れているとそのあたりのセンスも身に付く物だよ。
 だから常に英語に触れている者は有利なんだ。
 でも僕らだって意識してそう言う事を考えながら暗記すれば、
 より少ない努力で多くの単語力を身に付けられる」

 英単語は僕らが思っている以上に分解できる単語が多いと言う事に僕は驚いていた。僕は日本語を分解するのは結構得意で、漢字も分解して意味を覚えながら暗記したほどだった。でも事、英単語に関してはさっき板額が例に出してた『restart』など極々一部の物しか分解できるなって思っていなかった。

「まあ、同じ人が使う言葉なんだからそうなんでしょうね。
 と言う事は数学の公式も同じって事でしょ。
 最低限の公式を暗記すれば、そこから高次元の公式は、
 仮に忘れてもその場で導き出す事が出来るって訳ね」

 緑川が板額の先を読んでそう言った。

「でも、そっちばかりに進むのもダメだよ。
 これはあくまで緊急回避的な知識としておいた方が良い。
 基本は王道の暗記の努力をする。
 でもその暗記する時に常にこの事を意識すると、
 その記憶はより短時間でより強固な物になるんだ。
 またテスト中に度忘れした時、サルベージする良い鍵にもなる」

 板額がそう言い終わる頃、ちょうど朝のHRの開始10分前を告げる予鈴が鳴りだした。それでも周りに居た者たちは板額と緑川が行うこの貴重なレクチャーを、もっと聞いていたい者がほとんどだった。しかし、そこはさすがは葵高の生徒である。後ろ髪を引かれる思いながらそれぞれが各自の教室に向かい撤収を始めた。

 そして僕も板額と緑川を連れて、と言うか二人に連れられて僕たちの教室へと歩き始めた。

「授業中はあんな態度してるから馬鹿にしてた人もいたけど、
 私はね、どうせあなたの事だから猫被ってると思ってた。 
 油断してると絶対に中間考査の結果は上の方だと思ってのよ。
 それでこっちも負けられないって頑張ったけど、
 まさか私を軽々と超えて行くなんて……」

「軽々って訳じゃないよ。
 さすが葵高、正直なところ試験は結構難しいって感じたよ。
 油断してると足元すくわれそうな問題が多かった」

 歩きながら緑川が呆れ顔で言うと、板額はそう謙遜気味に答えた。

「こりゃ、僕も今日から早速、勉強の仕方を見直さないとね。
 それで期末考査では大幅に成績のジャンプアップを狙えるな」

 そして僕はそう半分冗談めかしてそう言った。

「与一は変な小細工に走らず今は地道に努力しなきゃダメだよ。
 あれはあくまで巴とか上位成績者が自分の壁を超える時に必要な物」

「そうそう!」

 するとすかさず板額がそう言った。それを聞いて緑川も笑いながら頷いた。まったくこの二人、こういう時は彼女じゃなくて口うるさい姉みたいな感じになる。まあ、そう言う二人もこれはこれで魅力的だと思ってしまうのは惚れてしまった弱みなのだろう。
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