ハンガク!

化野 雫

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第五十一話

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 その答えは、あまりにシンプルでありながら、誰もが見逃している答えだった。僕らが苦闘してる相手である試験。それを作ってるのは他ならぬ教師じゃないか。

 しかしだ。言葉で言うのは簡単だ。でもそれを実践して満点に結び付けるには並大抵の努力じゃ出来ない。しかも板額はこの葵高に来てまだ一か月経つか経たないかなのだ。担当教科別にすべて違う教師の癖や思考パターンなどを把握するのは常人の頭や観察眼では無理だ。さらに言うなら、板額は授業中ずっと上の空だったりうたた寝をしている状態だった。そんな風に授業を受けていながら、その教師が出す試験の癖を完全把握するまでになっていたなんてとても常人技じゃない。

 ただ、それはあくまで葵高定期考査対策である。僕ら葵高生徒が目指す最終目標である難関大学入試突破には少々的外れな気もする。葵高定期考査で高得点を取れても、目指す大学に入れなければ僕らにとってはまったく意味がないのだ。

「でも、それ、あくまで定期考査対策用テクニックよね。
 私達葵高生徒のほとんどが目指す希望大学入試突破と言う目的には、
 少し不安要因があるんじゃない?」

 やはり緑川である。すかさずそこを突いて来た。

 ここにおいて、周りの生徒のほとんどは板額と緑川の会話に全神経を集中していた。中にはメモを取り始めている者も居る。またLINEなどでここで行われている事を他の生徒に流した者も居たのだろう。いつの間にか最初よりギャラリーがかなり増えた様だ。掲示板がある為に結構広く作られているこの職員室脇廊下が、人だかりで通行出来ない状態になっていた。

「だから、入試ならその入試を作る者を調べればいい。
 もっとシンプルに考えるならその大学の癖を知れば良いんだ。
 基本的にはすでに実践してる人も多いと思うよ」

「つまり赤本をやり込むって事ね」

 そう言って微笑んだ板額にすかさず緑川が答えた。本当にこの二人の会話は凄いと僕は思う。お互いに最小限の言葉で自分の考えを相手に伝えようとする。そして相手もその言葉で相手の言わんとすることを瞬時に理解して反応する。それはまるでプロテニスプレーヤーのラリーの応酬を見ている様だった。

「基本的にはそれで正解。
 でもただ漠然と希望校の赤本をやっていては効果が薄い。
 そこにあるのはあくまで過去のデータでしかないからね。
 まあ、それでもやるとやらないでは雲泥の差なんだけど」

「つまり過去のデータからその大学入試の癖を掴むと言う事ね」

 緑川の答えに板額は頷いた。

「でも、事、英語、特に長文読解に関しては必勝法なんて無いんじゃない。
 あれは暗記した単語の数の多さが勝敗を決すと思うわ。
 まあ、前後の分かる単語から文章を類推するセンスも必要だけど。
 あと、数学の公式なんかもやっぱり暗記と言う単純作業が基本でしょ」

 緑川がさらに板額にそう尋ねた。

 確かにそうだ。中学校の時、出だしで英単語の暗記をサボった僕はいまだにそれで苦労してる。英語は構文も大事だが、やっぱり単語力が物を言うと僕も思っている。暗記が苦手な僕はだから英語と数学は弱いんだ。まあ、同じ暗記科目でも歴史は意外に得意なのだが、それでも年号暗記は苦労してる。

「こと英単語は基本単語の暗記は絶対条件だよね。
 でも上位単語の場合は暗記以外の手もあるんだよ。
 それから同じ様に数学の公式もね。
 この二つは基本的に同じやり方だ。
 人間、脳の記憶量には限界があるから、
 なるべく無駄な記憶は避ける事が大切なんだ」

「続けて……」

 そこで一旦言葉を切った板額に緑川は先を促した。どうやら緑川は板額の言わんとしている事がもうおぼろげながらも分かっているような気がした。もちろん、僕にはちんぷんかんぷんの禅問答にしか聞こえなかったけれど。

「日本語に置き換えてみれば良いのさ。
 単語と言えどそれが単一の物とは限らない。
 複数の基本単語が組み合わさって出来てる事がほとんど。
 『再開』と言う言葉は『再び』に『開始する』って二つの言葉で出来てる。
 同じ様に『restart』は『re』と『start』だろ」

 確かにそうだ。でも、その辺りの事は僕でも分かってる。それで暗記を減らせるほど英単語って単純じゃないと僕は思った。そして、それは僕より賢い緑川も分かっている事だった。

「でも、それって英語の場合そうやって分解出来る単語は
 そう多くないんじゃない?」

 すかさず緑川が言葉を返した。
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