ハンガク!

化野 雫

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第四十九話

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 ここで僕は、板額が授業中に上の空だったり居眠りをしていた真の理由を初めて理解した。

 板額がああいう態度をとっていたのは、葵高の授業が難し過ぎて理解できないくらい彼女がお馬鹿な女の子だからじゃない。真実はまったく逆だったんだ。

 そう、板額にとって葵高の授業が眠気を催すほど退屈でレベルが低すぎたのだ。

 県下でも有数の私立進学校でその入試は最難関レベルと言われる葵高の授業を退屈だと思える程の頭脳。そして実際にその葵高の定期考査で国語以外満点を取り感嘆にねじ伏せてしまう実力。

 自分の彼女ながら板額の底知れぬ才能に、僕は嫉妬するより畏怖を覚えた。それでも僕は板額から離れようなどとは思えなかった。いや、だからこそこの不思議な女の子に魅せられてゆく自分を感じていた。

 しかし、それでもなお、この時の僕はまだ板額の全てを理解してはいなかったのだ。


「僕は全部満点取ったつもりだったんだけど、
 現代文ではねぇ……まあ、解釈の相違はしかたなったかな。
 でもさすが葵高、上位陣はかなり高得点だね」

 板額はランキング表を見ながらまるで他人事の様にそう言った。

「あのテストで国語以外満点ってどういう事よ、板額。
 あなた何やらかしたのよ!」

 放心状態だった緑川はやっと正気に戻るといきなり板額に食って掛かった。それこそ、あの日の緑川みたいに板額の胸倉を掴みそうな勢いだった。

「チャレンジし甲斐のあるテストだったよ。
 さすが全国でも有名な進学校の先生方だね。
 とても面白い問題を提供してくれる。
 でも必ず回答はあるんだよ。
 だから満点取るのは無理じゃないんだ、巴」

 板額はそう言って穏やかな笑みを浮かべて緑川を見た。

「そりゃ私だって分かってるわよ。
 でも今回のテストは私も手ごたえがあった。
 少なくとも三教科は全部トップを押さえた自身があったのに……」

「あのテストなら君の点数は称賛に値するレベルを超えてる。
 自信をもって良いと僕は思うよ。
 これは慰めじゃない、事実だ。
 今の君の学力ならどの大学でも合格圏だろうね」

 明らかに納得のゆかない悔し気な表情の緑川に、板額はまるで教師の様にそう静かに言った。

「巴、君、テストの時に何と対峙して答えを求めてる?」

 そして最後にまるで禅問答の様な問い掛けをした。

 普通ならこんな会話、周りは無視して自分たちの事を話すのに夢中になるのにこの時は違っていた。『難攻不落のNo.1』の緑川と、それをものの見事に完膚なきまでに破った板額。その異次元レベルの秀才二人の会話に周りは息を飲んで耳を傾けていた。無理もない。ここは天下の葵高だ。今二人がしているのがテストの事ならば誰もが聞き耳を立て、自分の成績向上に少しでも役立てたいと思うものだ。

「何をって……そりゃ自分自身の記憶でしょ。
 直前まで必死に頭に詰め込んだ知識をフル動員して、
 今目の前にあるテストに全力で挑むのみでしょ」

 緑川は迷うことなくそう答えた。そして、そこに居た生徒達のほとんどが緑川の答えに思わず大きく頷いた。僕だってそうだ。他にどんな答えがあるだろうか? いや、その他の答えないんてない。こうやって他人との順位を競う様な感じにはなってるが、学生においての定期考査はあくまで過去の自分を超える戦いなのだ。

「誰もがそう思うよね、それが正解だって誰もが言う。
 でも違うんだよ、巴。
 テストだって他者との戦いなんだ。
 それに気づけないから取れる点数の限界があるんだよ」

「それって他人より良い点を取るって事でしょ。
 でもそれは見かけだけで本当の意味は違うわ。
 そんな分かりきった答えでどうやって葵高考査で満点取れるのよ」

 もっと違う答えを期待していた緑川は、失望を隠しきれない様子でいら立ち気にそう言った。それは周りで板額の答えを待っていた者たちも同じだった。

 国語以外満点を取った板額ならもっと高尚な、そう哲学的な答えをすると皆、思っていたのだ。かく言う僕もそうだった。僕も周り以上に期待をしていただけに、板額の今の答えには拍子抜けだった。

「同じ生徒同士で争ったって成長は知れてるよ、巴」

 しかし板額は緑川の言葉にそう答えて笑った。

「それ、どういう事よ?」

 まるで生徒のレベルが低いと言わんばかりの言葉に、緑川はあからさまにむっとした顔で聞き返した。
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小説の匣
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