ハンガク!

化野 雫

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第四十七話

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「あっ……そうだったね、すっかり忘れてたよ」

 下駄箱で上履きに履き替えながら僕がその事を話すと、板額はまるで他人事の様にそう言って笑った。

 まったく、こいつはどこまで肝が据わってるんだろうかと僕は感心した。そう思いながら、僕は板額の成績が少しばかり気になっていた。


 葵高に途中転入するには普通に入試を受けて入学するよりハードルはかなり高いと言われている。だから滅多に転校生は居ないし、居てもランカーとまでは行かずともかなりの成績優秀者ばかりだ。

 ただ、板額の場合は授業中も上の空だったり居眠りしてたりで時折先生方に注意を受けていたのだ。ひょっとして板額は転校生には珍しい劣等生かもしれないって噂が流れ始めていたのだ。実際、テストが返された時もろくに見直しもせず板額は、そそくさと机の中に仕舞い込んでいたという。その上、葵高生徒ならこの後、担当教師によるテスト振り返り解説があって、それはもう皆、真剣そのもので聞くものだが、板額はうつらうつらと居眠りしていたらしい。それが本当ならば、もう壊滅的にダメな成績で解説すらちんぷんかんぷんだったんじゃないかと思われる。あれだけ、しっかりした様に見える板額が意外にお馬鹿な女の子だったなんて、それはそれでちょっと彼氏としては可愛らしく思えて良いかもなんて僕は気楽な事をこの時思っていた。

 ちなみに授業中の板額の事が伝聞形式になってるのは、僕の席が板額より前で授業中の板額を見る事はほとんど無理だからである。

 しかし、本当ならここで僕は、板額のその様な態度になるにはもう一つ可能性がある事に気がつくべきだったのだ。そして実際に僕はこの後、その事に気づかされることになる。


 まあ、板額がランカー発表に興味が無さそうでも、一応はこの葵高恒例のビックイベントである。僕は、そのまま教室へ向かおうといていた板額を、ランカー発表会場である職員室へ誘った。

「僕はそう言うのあんまり興味ないよ。
 それより早く教室行って与一といちゃいちゃしたい!」

 ところがである。板額はこう答えたのだ。なんだかその言葉がすっごく可愛く想えて、僕も思わずこのままスルーして教室へ行こうかと思った程だ。だがしかし、例え自分の名がそこにない事が分かっていても葵高生徒たるもの、このイベントだけはやはり自分の目で確認せねばならぬのだ。

「まあ、そう言わず一種のお祭りみたいなもんだから、
 板額も一度は見ておくべきだよ」

 と僕は教室へ向かおうとした板額の手を引いた。この時の僕は完全に、板額も僕同様、このイベントに関してはまったくの傍観者だと信じていた。でも、僕はやはりもっと早く気がつくべきだったのだ。

 生徒用下駄箱は一般教室棟と職員室が入る事務棟の間にある。なので職員室横で行われているイベントを見た者は再びここを通って自分たちの教室へ向かう事となるのだ。そのイベント帰りと思われる生徒達が何故か皆、僕らの方を見てひそひそと何やら話してから通り過ぎていたのだ。その時の僕は最近珍しく緑川が一緒でない事を怪訝に思っての事だと勝手に納得していた。

 だが、あまり乗る気でない板額の手を引きながら職員室へ近づくにつれ、僕らを見る他の生徒達の目が普通とは違う事に僕も気がつき始めた。見る目だけでなく態度まで違和感を感じるものになって来たのだ。僕らが近づいて来るのに気がつくと、皆、ささっと廊下の端に寄るのだ。そう、明らかに僕らに道を譲っているのが見て取れた。

 それが決定的となったのが、職員室横の掲示板に群がる生徒達の一団にたどり着いた時だった。ここのは発表初日の朝はいつも新しいランカーを確認したい生徒で朝早くからごった返す。そして、僕もいつもならその人垣をかき分けながら掲示板が見える所まで進まねばならないかった。

 ところがこの日は違ったのだ。

 僕らがその集団に近づくと、それに気がついた者たちが一様にさっと僕ら前を開けた。それはすぐに伝播し、まるで聖書にある海が割れるあのシーンの様に人垣がさぁっと左右に割れて行ったのだ。そして、すぐに掲示板の前まで続く一本の真っ直ぐな道が出来上がった。その道を挟んで誰もが僕らの方をじっと見つめている。それはまるで、王か英雄の行進を待つ民衆の様だった。
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小説の匣
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