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第三十六話
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僕は人もまばらになって静かになった教室をそっと出た。教室を出た時にそれでもやはりなんだか気になり、廊下の左右を一度見回した。それでも板額の姿はおろか気配すら感じなかったので僕は、少し速足で緑川との待ち合わせ場所へ急いだ。本当なら少し遅くなってるので小走りしたい所だが、誰かに見とがめられないとも限らないので、いつもの僕の様に極力存在感を消すようにしながら特別教室棟裏へ向かった。
この時間の特別教室棟はしんと静まり返っている。板額も経験したあの公開告白ショーでもなければ普段はこうなのだ。だからこそ本来は密やかに行われるべき告白の場所が、葵高では特別教室棟裏のバラ園になっている。それが今では、こと例の告白ショーに関しては密やかに行われるっていう意味は失われてしまった。それでも特別教室棟がこんな状態だからこそ、観客が集まっても苦情が出ないと言う利点はある。
僕は、特別教室棟からバラ園へ抜ける裏扉を開けて、バラ園の方ではなく建物に沿って歩いた。少し歩くと緑川はそこに居た。彼女は建物にもたれ掛かって文庫本を読んでいた。たぶんあれは僕が持ってるラノベの類じゃなく、きっと古典文学の類に違いない、と僕はその時、勝手に思った。ちなみに、後で緑川に聞いたら、何と母の書いてるライトな推理ものの流行小説だった。
「呼び出してごめん、与一。
でも遅かったわね。
すっぽかされるかと思ったわ」
僕が来たのに気が付いた緑川は文庫本から目を離して、近づいて来る僕にそう言った。そう言った緑川は口元に笑みを浮かべていたが、何となくそれがぎこちなく感じがした。
「しかたないだろう、あんな風に書かれてちゃ。
他の連中ならまだしも、相手があの板額だぞ。
上手く巻くにはそれなりに慎重にならないとな」
僕はそう言いながら緑川のすぐ横で、彼女と同じ様に建物に寄りかかる様にして腕を組んだ。
「ふっ……彼女持ちは色々大変ね」
「彼女持ちって事より板額がって事だぞ。
それに緑川、お前が板額に言うなと言ったんだぞ」
「そうだったわね。
そうね、板額にはここに居てもらっては困るから……」
板額の名を僕が口にした途端、何だか緑川の機嫌が少し悪くなった様な気がした。
「で何だよ、こんな所に呼び出して。
もしかして板額の事なら、
僕は何もやましい事はないぞ」
僕はまずそれはないとは分かっていながら、一応、そう緑川にそう釘を刺した。
「そんな事、分かってるわよ。
あんたがそんな事できる男じゃない事は私が一番良く知ってる」
緑川は文庫本をブレザーのポケットにしまいながらそう答えた。
普通の女子ならポケットが膨らむとカッコ悪いと言って薄いもの以外は入れたがらない。しかし、こと緑川となると平気で何でも突っ込む。緑川は、ポケットに対して収納庫以外なんの用途も見出していないのだ。
「じゃあ、何だよ。まさか僕に告白なんて事はないだろうな」
僕はそう絶対にないと分かってる冗談をかまして笑った。当然、いつもの緑川なら『バーカ、そんな事、日本が沈没してもないわ』と高笑いするはずだった。そして僕は『世界の終焉までにはあるって事か?』と再度切り返す予定だったのだ。
ところが待てど暮らせど緑川の高笑いは聞こえてこなかった。そして、しばしの沈黙の後聞こえて来たのは……
「もし、そうだったら、与一、あんたはどうする」
緑川には珍しい、弱々しい声だった。
それでも僕は、それが緑川独特の手の込んだ冗談だとその時は思っていた。
「そんな冗談、お前とは腐れ縁の僕には通じないって」
そう言って僕は緑川の言葉を笑い飛ばした。
でも、その直後だった。
いきなり僕の目の前に緑川の顔がドアップになった。そして、その体で僕の体が校舎の壁に押し付けられた。僕は緑川と校舎の壁に挟まれる様な状態になっていたのだ。
板額と違って緑川の身長は女子の平均よりやや高い程度だ。こう言う状態だと完全に目の高さが合う板額とは違い、僕の目の高さは緑川のおでこの辺りになる。でも緑川が僕を見上げる様にしてる為に視線は合っていた。僕を見上げる緑川の目はなんだか少し潤んでいる様な気がした。どくん、僕の心臓が急に高鳴った。緑川に僕の心臓がこんな反応をするのは、中学時代からの短くはない付き合いで初めての事だった。
この時間の特別教室棟はしんと静まり返っている。板額も経験したあの公開告白ショーでもなければ普段はこうなのだ。だからこそ本来は密やかに行われるべき告白の場所が、葵高では特別教室棟裏のバラ園になっている。それが今では、こと例の告白ショーに関しては密やかに行われるっていう意味は失われてしまった。それでも特別教室棟がこんな状態だからこそ、観客が集まっても苦情が出ないと言う利点はある。
僕は、特別教室棟からバラ園へ抜ける裏扉を開けて、バラ園の方ではなく建物に沿って歩いた。少し歩くと緑川はそこに居た。彼女は建物にもたれ掛かって文庫本を読んでいた。たぶんあれは僕が持ってるラノベの類じゃなく、きっと古典文学の類に違いない、と僕はその時、勝手に思った。ちなみに、後で緑川に聞いたら、何と母の書いてるライトな推理ものの流行小説だった。
「呼び出してごめん、与一。
でも遅かったわね。
すっぽかされるかと思ったわ」
僕が来たのに気が付いた緑川は文庫本から目を離して、近づいて来る僕にそう言った。そう言った緑川は口元に笑みを浮かべていたが、何となくそれがぎこちなく感じがした。
「しかたないだろう、あんな風に書かれてちゃ。
他の連中ならまだしも、相手があの板額だぞ。
上手く巻くにはそれなりに慎重にならないとな」
僕はそう言いながら緑川のすぐ横で、彼女と同じ様に建物に寄りかかる様にして腕を組んだ。
「ふっ……彼女持ちは色々大変ね」
「彼女持ちって事より板額がって事だぞ。
それに緑川、お前が板額に言うなと言ったんだぞ」
「そうだったわね。
そうね、板額にはここに居てもらっては困るから……」
板額の名を僕が口にした途端、何だか緑川の機嫌が少し悪くなった様な気がした。
「で何だよ、こんな所に呼び出して。
もしかして板額の事なら、
僕は何もやましい事はないぞ」
僕はまずそれはないとは分かっていながら、一応、そう緑川にそう釘を刺した。
「そんな事、分かってるわよ。
あんたがそんな事できる男じゃない事は私が一番良く知ってる」
緑川は文庫本をブレザーのポケットにしまいながらそう答えた。
普通の女子ならポケットが膨らむとカッコ悪いと言って薄いもの以外は入れたがらない。しかし、こと緑川となると平気で何でも突っ込む。緑川は、ポケットに対して収納庫以外なんの用途も見出していないのだ。
「じゃあ、何だよ。まさか僕に告白なんて事はないだろうな」
僕はそう絶対にないと分かってる冗談をかまして笑った。当然、いつもの緑川なら『バーカ、そんな事、日本が沈没してもないわ』と高笑いするはずだった。そして僕は『世界の終焉までにはあるって事か?』と再度切り返す予定だったのだ。
ところが待てど暮らせど緑川の高笑いは聞こえてこなかった。そして、しばしの沈黙の後聞こえて来たのは……
「もし、そうだったら、与一、あんたはどうする」
緑川には珍しい、弱々しい声だった。
それでも僕は、それが緑川独特の手の込んだ冗談だとその時は思っていた。
「そんな冗談、お前とは腐れ縁の僕には通じないって」
そう言って僕は緑川の言葉を笑い飛ばした。
でも、その直後だった。
いきなり僕の目の前に緑川の顔がドアップになった。そして、その体で僕の体が校舎の壁に押し付けられた。僕は緑川と校舎の壁に挟まれる様な状態になっていたのだ。
板額と違って緑川の身長は女子の平均よりやや高い程度だ。こう言う状態だと完全に目の高さが合う板額とは違い、僕の目の高さは緑川のおでこの辺りになる。でも緑川が僕を見上げる様にしてる為に視線は合っていた。僕を見上げる緑川の目はなんだか少し潤んでいる様な気がした。どくん、僕の心臓が急に高鳴った。緑川に僕の心臓がこんな反応をするのは、中学時代からの短くはない付き合いで初めての事だった。
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