ハンガク!

化野 雫

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第三十五話

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 緑川から届いた封筒の中身は……

『与一、どうしてもあなたに話したいことがあるの。
 今日の放課後、特別教室棟裏に来て。
 ただし他言無用、もちろん板額にも。
 もし板額や他の誰かにしゃべったら絶対に許さないから』

 といたって至ってシンプルな内容だった。これならこんな所まで来なくとも机の下でも良かった気がした。ただしその真意となると逆にかなり難解だった。僕もこれがとりあえず緑川からのきわめて個人的な呼び出し状である事は嫌でも理解できる。しかし、何で緑川が僕にこんな呼び出し状を出すのかはまったく理解できなかった。

 もしかしたら、緑川も『僕が板額を他人ひとには言えない恥ずかしい目に会せて、それをネタに無理やり彼女にした』と言う噂を信じて僕を吊るし上げようと言うのか、と一瞬思った。まさか板額がそんな風な事を緑川に言ったとか。でも、僕はこの考えをすぐに否定した。まず、あの板額が冗談ならまだしも、そんな嘘を緑川に言うはずがない。そもそも、板額自身はこの噂を折に触れて否定して回ってるくらいだ。そして緑川もその事を良く知っているはずである。

 まあ、何にしろ僕はこの緑川の呼び出しを無視するわけにはゆかないとだけは分かった。

 相手は、唯一、中学の頃からの僕を知っていて、しかも常日頃ちょっかいを出してくる緑川だ。その緑川がここまでするなら、それは何か重大事項に違いない。確かに僕は、女の子嫌いで、他人と関わる事も嫌いだ。それでも緑川だけはどうしても他の奴と同じに扱う事は出来ないのだった。

 となると、あの日以来、ほとんど毎日一緒に帰っている板額をどう誤魔化して呼び出し場所へ行くかが問題だ。僕はその後、放課後直前まで思案に暮れた。


「悪い、板額、今日はちょっと用があるんで先に帰ってくれるか?」

 板額相手に下手な嘘や小細工は逆効果と踏んで僕は、ある意味そのままずばりな事を言ってみた。これならもしバレた時でも嘘は言ってないという逃げが打てる。後は板額の反応次第で臨機応変になどと僕は意外に安直に思った。

「うん、分かったよ、与一。
 心配しないで。
 僕はね、与一の彼女だけど、
 だからと言って君を束縛する事もしたくないんだ」

 すると板額はそう言ってにっこり笑った。

 僕が少しすまなそうに言ったのも良かったのだろう。構えていたこっちが拍子抜けするくらい素直に板額は僕の言葉をそのまま受け入れてくれた。

「じゃあ、烏丸さん、私達と一緒に帰らない?
 たまには一緒にネオンモールでも寄ってこうよ」

 板額が今日は珍しく僕無しで帰ると分かった途端、他の女子達が早速、板額を誘って来た。どうやら他の女子たちは、帰りに板額が僕と別行動になるタイミングを見計らっていた様だ。

 ちなみにネオンモールと言うのは、市電を僕が乗る方向とは逆に一駅ばかり行った所にある超巨大ショッピングモールだ。ここにはシネコンも入っているし、飲食街だって充実している。高校生が学校帰りに寄って遊ぶにはちょうど良い。徒歩数分で市電の停留所あり、バス停なら施設内にもあるのでどの方向へ帰るにしても都合が良い立地条件でもある。


 まもなく板額はこの女子達の一団に囲まれる様にして、と言うかなんか集団で拉致される様な感じで教室を出て行った。

「じゃあね、与一、また明日の朝、迎えに行くから!」

 周りに集まった女子達に押し流されながらも、板額は僕に手を振りながらそう叫んだ。男子並みの長身である板額は周りの女子達より確実に頭一つ抜け出ている。彼女が手を振りながら僕にあの素敵な笑みも送ってくれたことを見て取れて、僕はとても嬉しかった。

 その一方、そんな板額を騙して緑川と二人だけで密会しようとしている事が、何だか板額を裏切っている様な気がしてすごく後ろめたい気分になった。


 板額が他の女子達と共に教室を出てからもしばらく僕は教室に居た。あの勘の良い板額の事だ。僕のちょっとした不自然さに気がついて戻ってくるかもしれないと考えたのだ。しかし、板額は戻って来る事はなかった。ちなみに、非常に頭の切れる緑川の事、僕と共に教室に残っていれば板額や他の女子に勘繰られると思ったのだろう。今日は放課後になると早々に教室から姿を消していた。
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小説の匣
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