ハンガク!

化野 雫

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第三十三話

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 そんな緑川の様子に気がついてから僕はちらちらと横目で緑川をそれとなく観察する様になった。そしてある重大な事に気がついた。それは今までの緑川であれば絶対にあり得ない事だった。

 その日も、僕の席の周りには板額を中心としたダベリングの輪が出来ていた。そして、緑川は相変わらず、何だか少し不機嫌な顔をでその喧騒に聞き耳を立てて居る様だった。その緑川が時折、何かに鋭い視線を送るのだ。それこそ、刺すように鋭い視線だ。緑川は八方美人では決してないが、何かを極端に嫌う事もない。自分とは立場や好み、考えが違っている相手でも、上手に自分自身を納得させ付き合ってゆく方なのだ。それがどうだ、この視線。ここまで極端な嫌悪の視線……そうだ、これは嫌悪の視線だ……を緑川がするなんて、僕は今までかつて見たことが無い。そう気づいた僕はその視線の先を探った。緑川の位置からすれば、今、僕の周りに出来ているダベリングの輪の誰か、それは間違いなくこのクラスの人間である事はまず間違いない。

 緑川がこれほど憎悪するのは誰なのだろうか? また、その人物はどんな事をやらかして緑川にこれほど憎悪される様なったのか? 僕は、これが他の人間ならここまで他人を気にすることはない。でも、何故かこの時は、相手が緑川だからだろうか、すごく気になったのだ。

 そして、その視線の先の人物は思いのほか簡単に分かった。

 緑川の視線は僕の方へ向いていた。最初は、板額と言う美人の彼氏として急に人気者なった僕に注がれているのかとも思った。でも、こっちを向いていても僕と視線が合わないのだ。合えば、相手が緑川でも何かしら反応があるものだ。でも、こっちが視線が合ったと思ってもあっちは何事もなかったかの様にあの視線を送り続けている。

 僕の席は一番窓際の列だ。しかも、この僕は常には頬杖を窓の外を見ている。緑川以外のクラスの奴らはこんな僕とは関わりたがらない。したがって、このダベリングの輪も正確には輪ではなく、僕の机を中心とした視力検査表のCの様な形なのだ。僕と窓の間には誰も居ない。

 ……とすれば、緑川の視線の方向はこちらでも視線が合わない理由はただ一つだ。

 そう僕の目線とは『上下角』が違うのだ。そうと分かればもうおのずと答えは出る。

 その瞬間、僕はぞくりと背筋が寒くなった。

 緑川が憎悪の視線を送ている相手は、他ならぬ板額だったのだ。

 僕は思わず緑川から視線を逸らせた。そう気がつくと二度と緑川の方を見られなくなった。

 でも何故? 僕の頭の中で何度もこの言葉が浮かび、そしてぐるぐる巡った。

 普段の緑川と板額は、傍から見てても仲が良いのが分かる程親し気だ。そんな時にはこんな視線や、それっぽい言動など緑川は決してしていない。それに、僕と板額は学校の行き帰りはほとんど一緒だ。僕はあまり話さないが、板額は学校での事も含めて良く話す。もし、緑川と何らかのトラブルを起こしてしまったのだから、板額は必ず僕に相談してくると思う。でも、板額はそんな素振りは僕に一切見せてない。逆に、彼氏にまで嫌われたくなくて、自分がクラスの人気者に嫌われたなんて事は秘密にしているのだろうって思う人もあろう。でも事、板額に限って僕にそう言う秘密を作る事はない様な気がするのだ。少し自惚れっぽく思えるかもしれないが、僕には何だかそれだけは間違いないと思えていた。

 では、本当に何故なんだ? あの緑川の板額に注がれていた視線の意味は何なのか? 僕はすごく気になった。かと言って、この事を板額に相談は出来ない。板額が自身が僕に相談してくるなら良いが、板額が気づいてないなら、僕は秘密裏にこの事を解決したいと思ったのだ。

 女の子はめんどくさいから嫌いと公言する僕だけど、事、板額の事になると違ってしまう自分に少し呆れてしまった。


 結局、そのままズバリ緑川に尋ねる訳にもゆかず、解決の糸口もつかめぬまま数日が経ったある日の朝だった。

 僕はいつもの様に板額と共に登校した。そして、クラスに着いた僕らはそれぞれ自身の席に向かった。僕は席に付くといつもの様に鞄から授業に必要な物を机の中へを移そうとしていた。その時、僕は机の中に見慣れぬ物を見つけたのだ。

 それは、一通の白い封筒だった。

 その表には『与一へ』と僕の名が書かれていた。
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小説の匣
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