ハンガク!

化野 雫

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第三十一話

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 そして、もう一つ今までの毎日と変わった事がある。それは僕の席の周りがやたら騒がしくなったことだ。

 前にも語った様に僕自身が周りに壁を作り人を寄せ付けない雰囲気をわざと醸し出していた。そして、その為、クラスの人間も、休み時間やランチタイム、さらには放課後ですら、少なくとも僕がそこに居れば僕の席に近づく事はなかった。唯一の例外があの緑川だ。あいつは時折、思い出した様に自分の席に居残り、何かと僕にちょっかいを出していた。

 そして、板額の席の周りには相変わらず女子がたむろしていた。それはたぶん板額の言葉使い同様の男っぽい性格にも拠るのだろう。まだ転校して来て間もないのになんだか女子連中に慕われている様である。雰囲気的にはカッコいい男子の周りに集まって来る女子って感じなのだ。そして、板額の周りに集まった女子達の話は毎回盛り上がっている。しかも聞き耳を立てていると、板額には明らかに仕切っている感じはないが、すごく巧妙に話が盛り上がる様に気を回しているのが分かった。

 その板額があの日から時折、僕の席にふらりとやって来る事が多くなって来たのだ。

「僕は与一の彼女だからね。
 悪いけど、与一の所にも顔を出してくるよ」

 盛り上がっている周りにそう一言、彼女らしい言葉で断りを入れてこっちへやって来るのだ。そして、僕の机の上、しかも僕の頭のすぐ隣にどかりとお尻を下ろしてこう言うのだ。

「やあ、与一。来たよ」

 頬杖をついてつまらなそうに外を眺めている僕に、そう言って板額は話しかける。僕がちらりと声のする方を見ると、板額は長い脚をカッコ良組んで素敵な笑みを浮かべながら僕を見下ろしている。顔のすぐ傍に女の子のお尻があるのはどきどきする。特に板額みたいにきゅっと引き締まった魅力的なお尻ならなおさらである。

「お、おう。
 僕なら別に気を使わなくても良いぞ」

 本当は色々な意味で嬉しい癖に、僕はわざとぶっきらぼうにそう答えるのだ。

 最初は日に一回程度だったのが、板額はその回数をだんだん増やしていった。気が付けばいつも僕の机に腰を下ろしている様になった。そして板額にとって、僕の机の上が授業中以外での定位置となったのだ。最初は板額が僕の席に来ると恨めしそうに見送っていた取り巻き連中だった。しかし、話が盛り上がっている絶妙なタイムングで移動を始める板額にしびれを切らし、いつしか板額と共にぞろぞろと僕の席について来るようになったのだ。今では板額より先に僕の席にやって来てダべり始める奴らも居るほどである。

 クラスのダベリング最大終結ポイントとなった僕の席は本当に騒がしくなった。今まではそこだけ異次元の様に静かだったのが嘘のようだ。でも、だからと言って僕までそのダベリングに加わる事は決してない。僕は周りの喧騒をよそに今まで通り、頬杖を付きつまらなそうに窓の外の景色を眺めているだけだ。板額も無理に僕へ話を振る事もない。ただ時折、その細く綺麗な指先を僕の手にそっと触れさせてくるだけだ。それも、人目を避ける様に密やかにほんのわずかな時間。でもその指先の動きはいつもすごく愛おし気な感じだった。

 やがてダベっていた者たちも三々五々帰宅の途に付く。そして板額も僕と一緒に帰る為、机から降り帰り支度をする為に自分の席に一旦戻る。僕はいつも板額が僕に背を向けた瞬間を狙って、そっと板額が座っていた部分に触れる。ほんのりそこが暖かい。その暖かさを確認する様なこの行為は、なんだかえっちで背徳感たっぷりに感じられた。ちょっと変態的な趣向にも思えるが、やっぱり思春期真っ盛りの男の子なら誰しもしてしまう行為だと僕は思う。


 そんな光景が日常化し始めた頃、いつもの様に僕の机に座る板額を中心にダベリングが盛り上がってる時の事だ。僕は用をたす為に席を離れた。教室を出る時にふと自分の席を振り返った時、その光景に僕は妙な感覚を覚えた。僕はこんな光景をどこかで見た事がある。

 見た事がある? いや違う。

 僕はこんな光景を知って・・・いるのだ。

 そうだ。

 あそこに座る板額の姿は、かつての僕そのものじゃないか!
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小説の匣
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