ハンガク!

化野 雫

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第三十話

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 それから数日経つと早くも板額はクラスにすっかり馴染んでいた。

 ただ僕と板額の関係はスタートダッシュで一気に進んだ後は残念な事に劇的な進歩はなかった。あれから変わった事は二つある。その一つが、毎朝、板額の奴が僕の部屋、いや家と言うべきか、の前まで迎えに来て一緒に登校する様になった事だ。


 実はあの日の別れ際に僕と板額はスマホの電話番号とライン等のアドレスなどを交換してたのだ。もちろん、それは僕からお願いした事じゃない。板額がそうして欲しいのおねだりしたのだ。そして、僕が自分のプライベートな部屋に帰って一息ついた時に早速スマホにメッセージが届いたのだ。

『明日の朝、迎えに行くから待ってね、与一。
 これからは毎朝、一緒に学校に行こう!』

 次の日の朝、僕は久々に朝まともに起きていた母と共に朝食を食べた。そして食べ終わってそろそろ出かけようと準備していた時に僕のスマホが鳴った。画面を見ると相手は板額だった。板額は僕が家を出る時間までほぼ特定していた様だ。まったく恐ろしい奴だ。

 手早く支度を整えて玄関を開けるとそこには板額が、あの素敵な笑顔で立っていた。

「おはよう、与一。
 さあ、一緒に学校へ行こう!」

「与一に一緒に登校する彼女が……。
 しかも、こんな美人さん。
 母は……母は……こんなに嬉しい事はない……」

 一緒に玄関まで来ていた母は、現れた板額を見てどっかのニュータイプが最後の最後で呟いたセリフをみたいな言葉を吐いて感涙にむせていた。うちの母は時々、旧いアニメのセリフを吐く時がある。母が書いてる小説にも時々その手のセリフが紛れ込ませてある。もっとも旧すぎて僕には分からないものをあるだろうから実数は僕が感じてるのより多いかもしれない。もしかすると母のファンってのは昔のアニメをリアルで観てた世代が中心かも。でも、うちのクラスの『委員長』こと緑川もファンなんだよなぁ。まあ、一つ確実に言える事は、僕のアニメラノベ好きも実は血のなせる業らしいと言う事である。

 話が逸れてしまったが、そんなこんなであの翌日から僕は板額と毎日一緒に登校する事になったのだ。これが『彼女と一緒に通学するリア充の特権』ってやつか、と最初は僕も何だか嬉しい様な、恥ずかしい様な、そして誇らしい様な、何だかくすぐったい気分になっていた。でも不思議とそんな気持ちはすぐに消え、これがごく普通の毎日のルーティーンとなるから不思議である。


 よく、この手のリア充男に……

「お前って毎日、彼女と一緒で良いな』

……って言うと、

「そうか、別に普通だけど」

……って答えていたのが、今、やっとそれが嫌味な謙遜じゃなかったと分かった。


 ただ、僕らの場合、周りの目はリア充男へ注がれる物と少々違っていた。なんせ僕の場合、あの公開告白ショーの後、板額の奴が特別教室で吐いたセリフ効いている。あのセリフが学校中を駆け巡り、そして僕に対する変な噂がまことしやかに広がっていたからだ。

 あれから僕は……

『見眼麗しい転校生を言葉巧みに騙し、
 他人には言えないような恥ずかしい事をした上に、
 その事で脅迫して無理やり彼女にした鬼畜野郎』

……と言うレッテルが貼られているのだ。これは明らかに厨二病的妄想だ。

 しかし特に女子生徒の間ではもうそれが事実として認識されている。おかげで、板額と一緒に居ても、僕に注がれる目は突き刺さる様に冷たい。まさに『女の敵No.1』と言う奴である。でも僕は周りにどんな目で見られていようが気にしない。そう言うのはめんどくさいからボッチでいるのだ。ただ、その中にあって、日々板額に接してるうちのクラスの生徒の女子だけは、板額が僕の様な男に簡単に手籠めにされる様な玉じゃないと分かっている様だ。

 ただ一つ問題なのは三年生の先輩女子だ。特に元生徒会執行部メンバー(うちの学校は生徒会執行部は二年までで三年は受験準備の為、いくら実績がある有能な生徒でも強制引退となる)とかの正義感の強いお姉さま方だ。僕はこのお姉さま方に何度か呼び出されて吊るし上げを食らった事がある。幸い、その時は毎回、板額が駆け付け事情を説明して救われている。

 ただ板額によるとそれでも後でこっそり一人呼び出されて……

『何も怖がることはないのよ。
 あんなクズ野郎に負けちゃダメ。
 私達があなたを守ってあげるから』

……って優しく励まされるらしい。まったく僕はどこまで信用されてないんだか。
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小説の匣
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