ハンガク!

化野 雫

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第二十九話

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「ちなみに、その板額を助けて妻にした『浅利義遠』ってのがね……」

 そこまで語って母はもったいぶって言葉を切り、ややぬるくなった缶ビールの残りを一気にぐびぐびと数口飲み干した。

「なんだよ、ここまで来たんだから早く教えろよ!」

 僕は何だかすごく気になって母に答えを急かせた。

「なんと『浅利義遠』の通称が『与一』。
 つまりあんたの名前と同じなんだよ」

「ええっ! マジか、それは!」

 母の答えに僕は思わず声を上げてしまった。

 これで板額が言った自分の名を『僕との絆を表すものだから半分は好き』と言った理由が判明した。

 何という事だ。こんな偶然ってあるのか。

 ま、まさか、これは、あの板額は板額御前の生まれ変わり……いや、今風に言いうなら現代に転生した姿で、同じく現代に転生した夫である浅利義遠を探し求めていたって事か! 板額と僕は前世から繋がっていたんだ。もしかすると板額の方は前世の記憶を持って生まれて来たのかもしれない。だから、僕は彼女とは全然面識がないのに、あいつはやたら僕を前から知ってる風な素振りだったのだ。

 これはまさにラノベの王道的展開じゃないか! アニメやラノベ好きの厨二病を患っている僕はなんか急にわくわくして来た。

「でもね、あんたの与一は同じ与一でも違うからね。
 あんたのは同じ『源氏の三与一』でも『那須与一』の方ね。
 あの弓の名手で船の上の扇を射抜いた超有名な人の方。
 これあんたの名前を決めた私が言うのだから間違いないよ」

 そこまで言って母は急に、にやにやといやらしい笑いをその顔に浮かべて僕を見た。

「もしかして、あんた、今……
 自分の名前にかこつけて転校生の板額ちゃんと仲良くなろうと思った?
 残念だったわねぇ。今の知らなきゃ、やれたかもしれないのにねぇ。
 それとも嘘付いてまで与一君はやちゃますか?」

「ま、まさか……」

 僕は自分の厨二病的発想をお袋に感づかれたと思い動揺してしまった。冷静になって考えれば、もう僕は板額と彼氏彼女の深い関係……そうAを余裕で越えBの入り口までも進んだ関係になってるのだ。何をいまさらって感じなのである。しかも、名前にかこつけてせまって来たのは僕じゃなく板額の方なのだ。

「ふぅ~ん、何だ、そうじゃないのね。
 あんたの場合はリアルな女の子に興味を持つのは、
 とても良い事だと私は思ったんだけどねぇ」

 母は少し残念そうな顔でそう言った。僕が学校であえてボッチになってる事や、女の子嫌いだって事を母はちゃんと知っている。一見、ぐうたらのダメ母に見えるが、こう言うところはしっかり『母親』をやってる。いや、父親が居ない分、母、他の母親以上に僕の事を常日頃気にしてくれているのだ。ありがたい事である。その上、母の作家としての印税で、このマンションの様に僕は結構裕福な生活もさせてもらっている。

 ちなみに、先に白状しておく。厨二病を患う歳頃の僕は、母から聞いた板額が捕虜になった部分を勝手に薄い本的妄想で改変して『夜のおかず』にした事が、この後、何度かあった。その辺りは、やっぱり流行作家として成功している母の血を引いているからだろう。板額の薄い本はなくとも想像力だけで何杯でもいけてしまう。ちなみにその時の板額の容姿は、うちのクラスの板額を使っていた。こんな事、絶対に母はもちろん、板額にも知られるわけにはゆかない。でも、彼女を『夜のおかず』にするのって、彼女持ちの男ならごく普通の行為ではないのうだろうか? いや特権と言う物だろう。僕はふとそんなことまで思ってしまった。

 ちなみにここまで話すと、気の早い人たちは『ああっ、やっぱりこの話はよくある転生物だったんだ』と勝手に決めてかかる人たちも出てることだろう。しかし、それは僕の名の由来が、同じ与一でも板額を妻にした『浅利義遠』ではなく、平家物語等で弓の名手として有名な『那須与一』である事で僕は暗に否定したつもりだ。しかし、ここで改めてはっきりしておく。板額……ややこしいが僕の押しかけ彼女の方……の名はどうやら『板額御前』から取ったらしいが、彼女が『板額御前』の生まれ変わりと言う訳でない。そもそも歴史上の板額はわざわざ現代に転生するほど未練を残す様な生涯は送ってないのだ。先にも話した様に彼女は当時の女性としては最終的にはかなり幸せな一生を終えてるのだ。
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