ハンガク!

化野 雫

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第二十八話

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 板額は自分の名の事を、緑川に聞けば分かると言っていた。まあ、自分でスマホでググっても分かる事は分かるだろう。しかし、ここには『生きるウィキメディア』的な人間が目の前に居るじゃないか。そう仮にもプロ作家でもある母なら知ってるはずだ。それにスマホやパソコンとにらめっこするより、親子のコミュニケーションの方が遥かに大事でもある。

 僕は思い切って母に尋ねてみた。

「なあ、お袋、実は最近、うちのクラスに転校生が来てな」

「ほほぉ~、それはなかなか興味深い話ですな、与一君」

 母は観ていたHDDレコーダーを止めた。どうやら母の作家としての好奇心に火が点いた様だ。これは良いぞ、と僕は内心ほくそ笑んだ。滅多にない母のリラックスタイムなのだ。ここで観てるドラマの方に興味を持たれてたり、めんどくさく感じられたなら、この先はない。また、せっかくのそう言う時間だから母のしたい様にさせてやりたいと僕は思ってる。

 学校じゃ、周りとの係わりを嫌うボッチの僕だが、母との繋がりは大事にする母想いの良い息子なのだ。でも言っておくがマザコンじゃないからな。

「実はさ、お袋、その子が『板額』って言う変わった名前なんだ。
 この名前って何か特別な意味あるの?」

 僕は母が話に乗ってきそうなのを見て、自分も冷蔵庫からコーラの缶を取り出した。そしてぷしゅっと封を開けると母の寝転がっているソファーの横に座った。

「与一君はその女の子に興味があるんだ。
 きっと美人さんなんだろうねぇ……」

 僕の言葉に母はぐびっと缶ビールを一口飲んでそうにやにやしながら言った。

「どうして女の子って分かったんだ?」

 僕は思わず聞き返した。僕は板額が女の子なんて一言も言っていないのだ。

「どうしてって、そりゃ板額と言えば女の子の名前でしょうが。
 まあ、最後に子が付く名前みたいに最初は男の名だった物が、
 時代が流れるに従って女の名に変わる事はあるだろうけどさ」

「じゃあ、板額って女の子の名前なんだ」

「通称『板額御前』とも言われてね。
 あんたのクラスのともえちゃんと同じ女武将の名だよ。
 『巴板額ともえはんがく』と言う言葉もあるほど」

 母は板額と言う名について、そのまましばらく僕に詳しく解説してくれた。

 言葉通りは面倒なので、かいつまんで説明すると以下の通りらしい。

 
 板額、通称『板額御前』と言うのは平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての女武将である。日本史における数少ない女武将の一人で、古くから巴御前と共に女傑の代名詞として『巴板額』」として知られてきた。特に板額は弓の名手だった様だ。その上、身長が190cm近くあった大女とか、すごい不細工だったと書かれている文献もある。この辺りから江戸時代以降では『板額』という言葉が『不細工な女性』を表す蔑称になってしまった。

 どうやら、この大女で不細工と言う部分が、板額の長身について僕が触れた時に彼女が怒った原因らしい。ただ、一番古い吾妻鏡と言う文献によれば逆に容姿は美人の部類に入ると記述があるので、大女で不細工と言うのは間違いらしい。あまりに武術に優れていた為に、その容姿が美し過ぎてアンバランスだった。そこで後世の人間が、武術が長けていれば当然その容姿も男勝りなのだろうと勝手に思い込み、不細工と伝えられる様になったらしい。

 これで板額の言った名前が『半分嫌い』と言う部分は納得できた。残るは、何故、板額は『半分は好き』と言ったかである。確か板額は『僕との絆』がどうのこうの言ってた気がする。

 この板額、建仁の乱と言う反乱で反乱軍の将として奮戦した。しかし、戦の終盤、両足に矢を受けて捕虜になってしまう。この辺りの展開は当然ラノベや薄い本好きな歳頃の男の子なら、ついついえっちな展開を想像してわくわくしてしまう所である。実際、僕もそうだった。でも実際の板額はその様な不埒な目に会される事はなかった。捕らえられた板額は、全く臆した様子がなく鎌倉幕府の武将達を驚愕させた。そしてこの板額の毅然とした態度に惚れ込んだ『浅利義遠』が二代将軍『源 頼家』に板額を妻にする事を嘆願し認められたのだ。その後、板額は義遠との間に一男一女をもうけたと言う事である。

 同じ勇猛果敢で美しいとされた巴御前は、敗戦後落ち延び後がはっきりしない。それに比べ板額の方は同じ敗軍の将、そして女なのに、遥かに幸せな余生を送っている。
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小説の匣
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