ハンガク!

化野 雫

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第二十三話

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 と言う訳で仮に板額が家の中まで来ても、とてもえっちな展開まで持って行く事は不可能な状態なのだ。まあ、えっちな展開と言ってもこの時は、とても具体的に想像する事はできなった。それでも母が締め切りで追われて自室に籠っていれば、出来ない事もないかもしれないと一瞬は思えた。でも僕はまだそう言う事にぜんぜん慣れてない。と言うか経験がない。あくまで想像するのみだ。そんな僕には、部屋は違えど同じマンションの一室に母親が居る状態でそんな大それた事をする勇気などある訳ないのだ。特に今、母は一作書き終えて、かなり暇な状態なのでなおさらだ。

 ところで、この時、僕が想像したえっちなイベントとはどの様な物であったんだろうか。

「じゃあ、絶対に玄関までだからな」

 僕は結局、マンション入口で板額を追い返すのを諦めて一緒に部屋の前まで行く事にした。

「うん、分かってるよ。
 少なくとも今日は玄関までにするよ」

 依然として僕の腕に自分の腕を絡ませてぴたりとその身を寄せている板額がうれしいそうな笑顔でそう答えた。そこまでは笑顔だったんだが、その後……

「その後は一人で帰る」

 そう言って板額は急に寂しそうな顔になった。それこそ泣き出しそうな程に。

 ちくしょう、こいつ、どれだけ歳頃で純情な男心を弄びやがるんだ。こんな顔されたら一人で帰せなくなるじゃないか。もし、うちの部屋の玄関……実際、このマンションの各部屋には戸建ての門を模した小さいながらも門が付いている……まで来てこの顔された僕はどうなってしまうか分からんぞ。
 

 マンションの暗唱番号付ロック付き玄関を抜けると、このマンションにホテルのレセプションみたいな受付がある。そしていつもここには、深夜でない限り受付の人が常駐している。深夜でも表には出てきてないが、裏の仮眠室にはいるらしい。当然、受付の人は住人の顔は覚えている。

 この日も、制服を着たちょっと綺麗めの若いお姉さんがそこには居た。実はお姉さん、僕の好みのタイプだった。

 僕らが玄関を通って入って来ると、そのお姉さんはいつもの様に頭を下げようとした。でも僕らの姿をみて明らかに驚いた風になり、一瞬、僕らを凝視したまま凍り付いた。それでもさすがプロである。すぐにいつもの営業スマイルを浮かべ、軽く会釈してくれた。

 僕は何だか、いけないものを見られた様な気がして気恥ずかしい想いになった。その気持ちを隠すかの様に僕は、頭を掻いて苦笑いを浮かべながら足早にそこを通り過ぎた。ちらりと横目で見たお姉さんは口に手を当ててくすくす笑ってる様だった。やっぱり、お姉さんには僕と板額がそう言う関係に見られたんだろうか? それとも大人のお姉さんは、恥ずかし気にしてる僕を見て初々しいと思わったんだろうか? どっちでもやっぱり無性に恥ずかしい。

 そんなこんなこんなで僕は逃げる様にして足早にエレベーターホールの前まで来た。もちろん板額はぺたりとくっついたままだ。僕はそこにあるエレベーターを呼ぶボタンを思わず連打していた。とにかくその時の僕は一刻も早くお姉さんの目から逃げたかったのだ。

 幸い、エレベーターは一階にいた様ですぐに目の前の扉が開いた。その時の僕は焦っていてエレベーターが現在どこの階に居るかを示してる表示すら確認するのを忘れていた。

 エレベーターに乗り込み扉が閉まるとすぐに、僕の横にぺたりとくっついてた板額が不意に腕を解いて離れた。そしてすぐに僕の真正面に来るとそのままぐいっと体全体で僕を壁際に押し付けた。

「わっ……」

 僕は驚いて小さな声を上げてしまった。板額はそんな僕を無視して、いきなりまた自分の唇を僕の唇に押し付けて来た。こういう時、背の高さは板額にとってとても都合が良い。自然に顔を寄せればすぐに唇と唇はくっついてしまう。

 さすがに三度目……しかも今日中でだ……のキスともなれば僕だって慣れて来る。声が出たのは突然だったからだ。僕は板額の少し冷たくて柔らかい唇の感触を堪能する余裕が出来ていた。さっきまでと違いリップクリームの甘い味まで分かった。少し名残惜しいけれど、このまま、すぐまたこの感触が離れて行くものだと僕は思っていた。
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