ハンガク!

化野 雫

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第二十話

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 市電を降りて僕のマンションへ向かうコースの途中にあるのがこの和菓子屋『いずみ屋』である。ここは市内ではかなり有名な店だ。外見はすっごくレトロで、今はやりのおしゃれなスイーツ屋からは程遠い。この街で生まれ、子供の頃まで居た母の話だと、母が子供の頃にはもうそこにあのままの姿であったそうだ。そして、その頃から市内では美味しくて有名な店だったらしい。最近じゃ、TVでも『絶品のみたらし団子』とはやし立てて何度も紹介されている。ちなみに僕はこの店ではみたらし団子より、おにぎりの様に握ったお赤飯が好きだった。

 しかし板額の奴は、この店を知ってるのは良しとして、ここを『餅屋』と言った。この手の大衆向けの和菓子屋を『餅屋』と呼ぶのは京都の人が良く使う言い回しだ。僕ら東海、関東人は高級な所でも庶民向けの所でも変わりなく『和菓子屋』と呼ぶ。しかし、あちらでは『和菓子屋』と言うのは高級な生和菓子を扱う店で、大衆向けの団子等を売ってる店は『餅屋』と区別して言うらしい。と言う事は板額は京都に居た事があると言う事だろうか。まあ、名字の『烏丸からすま』自体が京都の地名(御所の西側を南北に走る通りの名前)だから当然と言えば当然か。かく言う僕も小学校の頃、少しの間だけ父の仕事の関係で京都に住んでた事があるので知っているのだ。

 ちなみに僕の今居るこの街の名も、実は京都に同じ地名がある。しかも、そこは京都の方は超有名な神社や美術館などがある一角である。その為、京都で自分の住んでる場所を言うと『それじゃ地元やん』って言われる事が多々ある。


 この日も平日の夕方ながら、ちょっとばかり行列が出来ていた。まあ、TVでやった後の行列を知ってればこの程度の行列は大したことない。やがて僕らの順番が回って来たので僕は、板額にみたらし団子、自分には大好きなお赤飯のおにぎりを買った。店内で食べようかとも思ったが、ほとんど満席で人目も多かったので、少々行儀悪いが歩きながら食べる事にした。女の子と、こんな風に二人っきりで居るのは慣れてない。まるでデートの様で僕は気恥ずかしかったのだ。しかも自分の住んでる近くとなると、なおさら人目を気にしてしまう。

 一瞬僕は、食べながら歩くなんて女の子なら嫌がるかなと思った。しかし板額はそんな事はまったく気にしてない様だった。しかも手にみたらしのタレが垂れる事も気にせず、結構豪快に真上か串に刺された団子にかぶりついていた。これが普通の女子なら、垂れるタレを気にして串を横にして団子も横からかじろうとする。

 ところが僕ら男どもでも、最後の一つ二つだけは大いに悩む所だ。それまでの様に上から団子を口で引き抜こうとすると、剥き出しになった串の先端で喉の奥を突き刺しそうな恐怖が襲うのだ。ここであえてその恐怖に打ち勝ち、今まで通り串の上から団子を引き抜き食べるのか? あるいは安全策を取ってここからは女子の様に横からアプローチするか? 一見、安全策を取れば良い様に思うが、横からのアプローチは食いちぎる量を間違えると残るの部分が串から落下する恐れもあるのだ。

 かく言う様にみたらし団子と言う食べ物は、その食べ方において意外に奥が深い食べ物なのだ。


 みたらしに比べれば僕の方はしごく簡単だ。基本おにぎりと同じだ。どこからでも好きな様にかぶりつけば良い。具に当たるかどうかという多少の当たり外れはあるが、それはリスクと言うより楽しみである。リスクがあるとすれば柔らかめに握ったおにぎりが崩壊する事だけだ。しかし僕のはお赤飯、つまりもち米なのだ。普通のおにぎりより崩壊する危険が遥かに少ない。その上、具は入っていないから、具に関する事は考慮する必要もない。


「うん、柔らかめだけど美味しいよ、コレ。
 与一の食べてるお赤飯のおにぎりも変わってるね。
 僕にも一口ちょうだい」

 突然、板額はタレを少し付けた唇でにっこり笑ってそう言った。そして言い終わるといきなり、僕が手に持っていたお赤飯のおにぎりにかぶりついた。あまりに突然で僕は何も言えずにただ見てる事しか出来なかった。気がつくと僕のまだ半分くらい残っていたお赤飯が一気に1/3程になっていた。
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小説の匣
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