17 / 161
第十七話
しおりを挟む
「僕はここで降りるけど、お前はどこまで行くんだ?」
僕の手を握ったまま、上機嫌で鼻歌を歌いながら窓の外を見ていた板額に僕は尋ねた。
「僕もここだよ」
板額はにっこり笑ってそう答えた。
まさか同じ停留所で降りるとは思わなかった僕は少々驚いた。でもすぐに、同じ停留所だからと言って、降りてすぐ左右に泣き別れって事もあると、過度の期待をしない様に僕は自分をたしなめる事を忘れなかった。
停留所で運転手さんに定期券を見せながら、僕らは手を繋いだまま市電を降りた。さすがに旧い市電だけあって、今だにここは電子的な物じゃなく紙の定期券なのだ。定期券をちらりと確認しながら運転手さんが僕を見てにやりと笑った。そして運賃投入箱の陰からサムアップした手が見えた。僕はその運転手さんの小さな激励に笑顔で答えた。こんな浮ついた若者でもおおらかな気持ちで応援できる大人に僕もなりたいものだと強く思った。
市電を降りた僕は一瞬、板額の手を離そうかと悩んだ。だって、このまま同じ方向へ歩き出す保証は何もないのだ。1/2の確率。いや、住宅地の多さを考えれば逆方向の方が可能性は高い。
そんな僕の躊躇が歩み出しを一瞬遅らせた。
しかし、何と板額の方が僕の手を握ったまま、まるで僕がそちらへ歩き出すのを知っているかの様に歩き出した。僕はその瞬間、板額に手を引かれる様な感じになった。僕は少し体勢を崩しながらも慌てて歩き出した。
「どうしたんだい、与一。こっちで良いんだろう?」
僕が一瞬にしろ立ち止まってしまった事に板額の方が少し戸惑った。そう、板額はこのまま僕がこちらに歩き出す事をこれっぽっちも疑っていなかった様だ。
「お、おう、確かにそうだが、なんでお前が知ってる?」
そうなのだ、僕はまだ板額に僕がどこに住んでいるかなんてこれっぽちも話していない。出会った初日に一方的に彼女宣言されたとは言え、まだ知り合って一週間なのだ。こっちの住んでる場所を教えるなどと、そんな物欲しそうな事、僕が死んでもする訳ないのだ。これまで僕は女嫌いで通っていたのだ。緑川以外の女子など同じクラスでも二年になって数回しか口きいてないくらいだ。そんな天敵の女どもに住所など教えるものか。ここで僕はハタと気がついた。
「お前、さては緑川に聞いたな」
そう、緑川だけは、あだ名の通りのあの性格と同じ中学って事で僕のマンションを知っていたのだ。
「違うよ。与一の事なら僕は何でも知ってるよ」
「おいおい、それはマジか?
お前、まさか僕のストーカーか?」
僕は板額の言葉に少しどきっとしてそう尋ねた。その一方、相手が板額程の美人ならストーカーでも良いやって思ってしまった。そして、やっぱこういう場合、美人は得だとも思った。なんやかんや言いながら人は見た目の印象が第一なのだ。
「そうとも言えるかも。
僕、与一の『夜のおかず』まで知ってるくらいだかね。
ベッドのマットの下に隠してあるメイドさんの薄い本とか……」
板額はマジとも冗談ともつかぬ笑みを浮かべながらさらりと凄い事を言ってのけた。つうか『夜のおかず』なんて言葉、普通の女子高校生が言うか? でもこいつみたいな美人がそう言うとなんだかこっちがすごくえっちな気分になってしまう。
「頼む、板額、クラスの奴にはそれ、絶対に言わないでくれ!」
僕は思わず、繋いでた手を離して、板額に向かって手を合わせ懇願していた。だって、板額が言った事は本当だったのだ。メイドさんの同人誌が数冊、マットの下に確かにあった。
「あっ……本当にそんな物、ベッドの下に隠してたんだ」
すると板額は、ちょっと驚いた表情で僕を見詰めてそう言った。これが緑川なら絶対に汚いものを見る様な眼で僕を蔑んで吐き捨てる様に言っただろう。実際、僕は何度もあいつにそう言う仕打ちを受けた事がある。僕はふと、板額にもそう言う顔をして言って欲しかったと思ってしまった。ひょっとして僕はもうすでに危ない性癖の持ち主になっているのだろうか。
僕の手を握ったまま、上機嫌で鼻歌を歌いながら窓の外を見ていた板額に僕は尋ねた。
「僕もここだよ」
板額はにっこり笑ってそう答えた。
まさか同じ停留所で降りるとは思わなかった僕は少々驚いた。でもすぐに、同じ停留所だからと言って、降りてすぐ左右に泣き別れって事もあると、過度の期待をしない様に僕は自分をたしなめる事を忘れなかった。
停留所で運転手さんに定期券を見せながら、僕らは手を繋いだまま市電を降りた。さすがに旧い市電だけあって、今だにここは電子的な物じゃなく紙の定期券なのだ。定期券をちらりと確認しながら運転手さんが僕を見てにやりと笑った。そして運賃投入箱の陰からサムアップした手が見えた。僕はその運転手さんの小さな激励に笑顔で答えた。こんな浮ついた若者でもおおらかな気持ちで応援できる大人に僕もなりたいものだと強く思った。
市電を降りた僕は一瞬、板額の手を離そうかと悩んだ。だって、このまま同じ方向へ歩き出す保証は何もないのだ。1/2の確率。いや、住宅地の多さを考えれば逆方向の方が可能性は高い。
そんな僕の躊躇が歩み出しを一瞬遅らせた。
しかし、何と板額の方が僕の手を握ったまま、まるで僕がそちらへ歩き出すのを知っているかの様に歩き出した。僕はその瞬間、板額に手を引かれる様な感じになった。僕は少し体勢を崩しながらも慌てて歩き出した。
「どうしたんだい、与一。こっちで良いんだろう?」
僕が一瞬にしろ立ち止まってしまった事に板額の方が少し戸惑った。そう、板額はこのまま僕がこちらに歩き出す事をこれっぽっちも疑っていなかった様だ。
「お、おう、確かにそうだが、なんでお前が知ってる?」
そうなのだ、僕はまだ板額に僕がどこに住んでいるかなんてこれっぽちも話していない。出会った初日に一方的に彼女宣言されたとは言え、まだ知り合って一週間なのだ。こっちの住んでる場所を教えるなどと、そんな物欲しそうな事、僕が死んでもする訳ないのだ。これまで僕は女嫌いで通っていたのだ。緑川以外の女子など同じクラスでも二年になって数回しか口きいてないくらいだ。そんな天敵の女どもに住所など教えるものか。ここで僕はハタと気がついた。
「お前、さては緑川に聞いたな」
そう、緑川だけは、あだ名の通りのあの性格と同じ中学って事で僕のマンションを知っていたのだ。
「違うよ。与一の事なら僕は何でも知ってるよ」
「おいおい、それはマジか?
お前、まさか僕のストーカーか?」
僕は板額の言葉に少しどきっとしてそう尋ねた。その一方、相手が板額程の美人ならストーカーでも良いやって思ってしまった。そして、やっぱこういう場合、美人は得だとも思った。なんやかんや言いながら人は見た目の印象が第一なのだ。
「そうとも言えるかも。
僕、与一の『夜のおかず』まで知ってるくらいだかね。
ベッドのマットの下に隠してあるメイドさんの薄い本とか……」
板額はマジとも冗談ともつかぬ笑みを浮かべながらさらりと凄い事を言ってのけた。つうか『夜のおかず』なんて言葉、普通の女子高校生が言うか? でもこいつみたいな美人がそう言うとなんだかこっちがすごくえっちな気分になってしまう。
「頼む、板額、クラスの奴にはそれ、絶対に言わないでくれ!」
僕は思わず、繋いでた手を離して、板額に向かって手を合わせ懇願していた。だって、板額が言った事は本当だったのだ。メイドさんの同人誌が数冊、マットの下に確かにあった。
「あっ……本当にそんな物、ベッドの下に隠してたんだ」
すると板額は、ちょっと驚いた表情で僕を見詰めてそう言った。これが緑川なら絶対に汚いものを見る様な眼で僕を蔑んで吐き捨てる様に言っただろう。実際、僕は何度もあいつにそう言う仕打ちを受けた事がある。僕はふと、板額にもそう言う顔をして言って欲しかったと思ってしまった。ひょっとして僕はもうすでに危ない性癖の持ち主になっているのだろうか。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す
冬
ファンタジー
口が悪く男勝りで見た目は美青年な不良、神田シズ(女)は誕生日の前日に、漆黒の軍服に身を包んだ自分とそっくりの男にキスをされ神様のいない異世界へ飛ばされる。元の世界に帰る方法を捜していると男が着ていた軍服が、城で働く者、城人(じょうにん)だけが着ることを許させる制服だと知る。シズは「君はここじゃないと生きれない」と吐き捨て姿を消した謎の力を持つ男の行方と、自分とそっくりの男の手がかりをつかむために城人になろうとするがそのためには試験に合格し、城人になるための学校に通わなければならず……。癖の強い同期達と敵か味方か分からない教官、上司、王族の中で成長しながら、帰還という希望と真実に近づくにつれて、シズは渦巻く陰謀に引きずり込まれてゆく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる