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第十三話
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いまだ何が起こったのか正しく判断できず茫然自失となったままの望月先輩に、板額はくるりと背を向けて走り出した。その走りはまるで鹿が森を駆けるかの様に軽やかだった。
やがて、と言うか間もなく、僕らが観戦していた特別教室の扉ががらりと音を立てて開かれた。その場にいた全員が開け放たれた扉の方を注目した。
そこには、先ほどバラ園の東屋でとんでもない宣言をぶちかました板額が少し息を弾ませて立っていた。
板額は教室中をぐるりと見回すと、すぐさま僕を見つけた。そして僕の方を見て、本当に嬉しそうな声で叫んだ。
「与一!」
そして、他には目もくれず一直線に、僕が居た所まで走って来た。
僕の所まで来た板額はそこに座って居た僕を、まるでお気に入りのぬいぐるみをそうする様にその胸にぎゅっと抱きしめた。
「与一! これでもう誰も僕たちの事を邪魔しないよ!
これで僕はずっと『君だけの物』だ!」
そう矢継ぎ早に叫ぶと、いきなり、そういきなりだ。僕だってまさかこんな所でこんな事になるなんて思ってもみなかったんだ。
板額がいきなり僕の唇に自分の唇を押し当てたのだ。
その瞬間、僕は何が起こったのかまったくわからなかった。それはきっと、その教室に居た少なからぬ生徒達も同じだった。
ただただ、それはすごく柔らかで、自分が想像してたよりちょっとだけ冷たかった様な気がした。
凄く長い時間、板額の唇は僕の唇に触れていた気がした。でも後で傍に居た緑川に聞いたらそれはほんの一瞬の事だったらしい。ただそれを聞いたら緑川が何故か急に不機嫌そうな顔になったのを僕は良く覚えている。
まるで地鳴りの様なため息とも歓声ともつかぬ音で僕は我に返った。
僕の目の前には板額が居た。にこにこと、とても嬉しそうな笑顔で僕を見詰めていた。
唇にはまだしっかりと初めてのあの感触が残っていた。そう、これは僕にとっての『ファーストキス』だったのだ。まあ、言う奴に言わせれば、こんなのはカウントには入らないキスだと言われるかもしれない。それでも、女の子としたのは少なくとも僕が覚えている限りこれが初めてだった。
「しちゃったね、しかもみんな見てる前で」
そう少しはにかみながら、それでも本当に嬉しそうに微笑みながら板額は言った。
「お、お、お前、一体なんて事を……」
僕はかなりおろおろとしながら、ろうじてそう答えた。
その時、僕は自分の視界の隅にあった緑川が、まるで鬼女の様なすごく恐ろしい表情をしていたのを何故かはっきり覚えている。あの表情の意味を、その時の僕はまだ知らなかった。
「ねえ、与一。これで僕の事を友達じゃなくて彼女にしてくれる?」
動揺が隠し切れない僕に板額はそう尋ねて来た。
「お、おう、じゃあ、『暫定彼女』って事でどうだ」
僕は回らない頭でそう答えていた。この時の『暫定彼女』は、咄嗟の事だったけど我ながら良い答えだったのではと今では思っている。
「本当に君は頑固だなぁ。
僕のファーストキスを君に捧げたんだからさっさと覚悟を決めちゃいなよ」
「お前、こんな大勢の前で『ファーストキス捧げた宣言』して、
一体、何考えてんだ」
板額の言葉に僕は思わず突っ込んだ。でも当の板額は平然とした様子だった。
「いや、その前に……
僕に『捧げた』とか僕の『物』って言い方はよせ。
僕とお前はまだそんな関係じゃないだろ。
お前はどういう意味で言ってるか知らんが、
傍から聞くと妙に艶めかしく聞こえる、誤解のもとだぞ」
そんな板額に僕は続けざまに釘を刺した。これは、板額に釘を刺すと同時に少なくとも今周りに居る連中の誤解を早めに解いておく意味もあった。
「嫌だなぁ、与一。
僕と君とは誤解されても良い間柄じゃないか。
だって君はもうすでに僕の一番恥ずかしい姿を見てるんだしね。
この先、君にどんな事をされても僕はもう恥ずかしくないよ」
「うわあああああああっ!
何だよ、それ!
そんな事、僕は全然知らんぞ!
こいつ、突然、何言いだすんだ!」
やがて、と言うか間もなく、僕らが観戦していた特別教室の扉ががらりと音を立てて開かれた。その場にいた全員が開け放たれた扉の方を注目した。
そこには、先ほどバラ園の東屋でとんでもない宣言をぶちかました板額が少し息を弾ませて立っていた。
板額は教室中をぐるりと見回すと、すぐさま僕を見つけた。そして僕の方を見て、本当に嬉しそうな声で叫んだ。
「与一!」
そして、他には目もくれず一直線に、僕が居た所まで走って来た。
僕の所まで来た板額はそこに座って居た僕を、まるでお気に入りのぬいぐるみをそうする様にその胸にぎゅっと抱きしめた。
「与一! これでもう誰も僕たちの事を邪魔しないよ!
これで僕はずっと『君だけの物』だ!」
そう矢継ぎ早に叫ぶと、いきなり、そういきなりだ。僕だってまさかこんな所でこんな事になるなんて思ってもみなかったんだ。
板額がいきなり僕の唇に自分の唇を押し当てたのだ。
その瞬間、僕は何が起こったのかまったくわからなかった。それはきっと、その教室に居た少なからぬ生徒達も同じだった。
ただただ、それはすごく柔らかで、自分が想像してたよりちょっとだけ冷たかった様な気がした。
凄く長い時間、板額の唇は僕の唇に触れていた気がした。でも後で傍に居た緑川に聞いたらそれはほんの一瞬の事だったらしい。ただそれを聞いたら緑川が何故か急に不機嫌そうな顔になったのを僕は良く覚えている。
まるで地鳴りの様なため息とも歓声ともつかぬ音で僕は我に返った。
僕の目の前には板額が居た。にこにこと、とても嬉しそうな笑顔で僕を見詰めていた。
唇にはまだしっかりと初めてのあの感触が残っていた。そう、これは僕にとっての『ファーストキス』だったのだ。まあ、言う奴に言わせれば、こんなのはカウントには入らないキスだと言われるかもしれない。それでも、女の子としたのは少なくとも僕が覚えている限りこれが初めてだった。
「しちゃったね、しかもみんな見てる前で」
そう少しはにかみながら、それでも本当に嬉しそうに微笑みながら板額は言った。
「お、お、お前、一体なんて事を……」
僕はかなりおろおろとしながら、ろうじてそう答えた。
その時、僕は自分の視界の隅にあった緑川が、まるで鬼女の様なすごく恐ろしい表情をしていたのを何故かはっきり覚えている。あの表情の意味を、その時の僕はまだ知らなかった。
「ねえ、与一。これで僕の事を友達じゃなくて彼女にしてくれる?」
動揺が隠し切れない僕に板額はそう尋ねて来た。
「お、おう、じゃあ、『暫定彼女』って事でどうだ」
僕は回らない頭でそう答えていた。この時の『暫定彼女』は、咄嗟の事だったけど我ながら良い答えだったのではと今では思っている。
「本当に君は頑固だなぁ。
僕のファーストキスを君に捧げたんだからさっさと覚悟を決めちゃいなよ」
「お前、こんな大勢の前で『ファーストキス捧げた宣言』して、
一体、何考えてんだ」
板額の言葉に僕は思わず突っ込んだ。でも当の板額は平然とした様子だった。
「いや、その前に……
僕に『捧げた』とか僕の『物』って言い方はよせ。
僕とお前はまだそんな関係じゃないだろ。
お前はどういう意味で言ってるか知らんが、
傍から聞くと妙に艶めかしく聞こえる、誤解のもとだぞ」
そんな板額に僕は続けざまに釘を刺した。これは、板額に釘を刺すと同時に少なくとも今周りに居る連中の誤解を早めに解いておく意味もあった。
「嫌だなぁ、与一。
僕と君とは誤解されても良い間柄じゃないか。
だって君はもうすでに僕の一番恥ずかしい姿を見てるんだしね。
この先、君にどんな事をされても僕はもう恥ずかしくないよ」
「うわあああああああっ!
何だよ、それ!
そんな事、僕は全然知らんぞ!
こいつ、突然、何言いだすんだ!」
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