ハンガク!

化野 雫

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第十二話

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 その瞬間、その東屋も、それを見守る観客達も誰もが小声一つ漏らさなくなった。風さえ止まったかの様な緊張感みなぎる静寂がその場を包み込んだ。

 この時、この場に居た誰もが、この後、板額がはにかみながら手を伸ばしそのバラを受け取ると思っていたに違いない。でも僕は、板額は皆が思っている事は全く違う、誰もが思いもよらない事をしでかそうとしてる様な気がした。もちろん、それは、この僕があの望月先輩に負けはしないなんて自惚れからじゃない。


 一呼吸の後、板額は差し出されたバラには見向きもせず、そのままの姿勢でぺこりと頭を下げた。

「お気持ちは大変嬉しいのですが……ごめんなさい」

 板額のやや低めで良く通る声が静まり返ったバラ園に響いた。

 そして、板額はそのまま顔を上げるとこのバラ園の周りに集まった観客達を見回すようにぐるりと視線を巡らせた。そして大きく深呼吸をするといきなり声を張り上げたのだ。

「望月先輩、そして、ここのお集りの皆さん。
 僕に興味を持っていただく事は大変嬉しい事です。
 しかし僕はすでに二年C組『平泉 与一』君の物です。
 ですから、僕は彼以外の方とはお付き合いするつもりはありません」

 葵高に代々語り継がれる事になる『板額武勇伝』の最初の一つ『前代未聞の珍事、しきたりで告白される側が逆お付き合いしてる宣言ぶちかまし事件』(やっぱりコレも長いぞ!)が発生したのだ。

 板額の前代未聞の宣言の後、その場に居た誰もが唖然とした表情になった。そして、先ほどとは全く異質の凍り付いた様な空気がその場を支配した。

 この時、この場に居た誰もがこの宣言の意味を理解出来ずにいた。もちろん言葉としては耳から脳にすんなり入っていた。しかし脳がそれを租借し理解する事を拒否していたのだ。特に板額の目の前に居た望月先輩などカッコ付ける為のバラを差し出したまま、無様に口をあんぐりと開けたまま立ち尽くしていた。

 ただ、僕だけは他の者たちに比べ少しだけ冷静だった。今思うと僕はこうなる事を多少なりとも予想していた様な気がした。そして同時、こう思っていた。

 こいつはえらい事になったぞ! ……と。

 だってこの瞬間から、僕は『葵高全生徒共通のエネミーNo.1』となったのだ。今までは『居るのか居ないのか分からない空気みたいな存在』だった僕が、一気に『全校生徒から否が応でも一挙手一投足を注目される話題の人物』に躍り出たのだ。しかも、僕には分かる。僕に向けられる目は『嫉妬』やら『やっかみ』と言うよりも、『蔑み』と『敵意』を込めた文字通りの『白い目』って奴になる。

 だって、よりによって板額の奴は自分の事を『僕の物』だって公の場で高らかに宣言してしまったんだ。

 これって、普通、これ聞いたほとんどの奴らは『当然そう言う関係まで行ってる』って思うはずだ。しかも相手があの板額だと、当然、悪いのは僕って事になる。今までの僕の評判からすれば、板額と知り合いだったの良い事に彼女を無理やり『自分の物』にした、なんて話にもなりかねない。つうか、たぶん、そんな流れになる。事実、その後、一部の生徒……特に下級生女子生徒……から僕は『鬼畜で危険な先輩』として明らかに避けられる様になった。本当に良い迷惑だ。


 周りが唖然してどう反応すべきが分からず凍り付いている中、当の本人である板額は一人、何事もなかったかの様に平然としていた。その姿はまるでやるべき事をやり終えほっと一安心している様に感じられた。

 そして板額はまるで最初から知っていた様に僕が居る方を向いてこう叫んだ。

「与一! 僕、皆の前で宣言しちゃったよ!」

「あのバカ野郎……」

 その声に僕は思わず小さくそう言って舌打ちした。後で知ったのだが、緑川は僕をここに連れて来る事を事前に板額に伝えていたらしい。僕が知らない間にどうやら緑川と板額は親しい間柄になっていた様だ。まあ、緑川が『委員会』なんてあだ名で呼ばれるくらいだから、転校生である板額に対して色々世話を焼くのは当然と言えば当然なんだが。
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小説の匣
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