ハンガク!

化野 雫

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第十一話

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 緑川に手を引かれ、と言うより手を繋いで一緒に走りながら、俗に言う特別観覧席スペシャルシートがある特別教室の扉の前までたどり着いた。ここはバラ園の東屋に一番近く、一番良く見える場所なのだ。実際、あちらからもこちらの顔が確認できる程である。さすがに小声だと聞こえないが、それでも目の前の窓を全開にすればある程度の会話は聞こえる。御多聞に漏れず今日もバラ園に面した窓は全開になっていた。

ともえ! こっちこっち!」

 緑川が勢いよく扉を開けると、もうすでにそこに居た同じクラスの女子の一人が声を掛けて来た。通常なら、こんな後からここへ来ても追い出されるのがオチなのだが、そこは全校的に有名な『巴御前』の事、事前の根回しやらですでに場所を押さえてあった様だ。しかもどうやら僕の席までもである。

「今まさにその立場が風前の灯と化している平泉も一緒だね。
 まあ短い間でも『烏丸さんの彼氏』になれたんだから幸せだったよね」

 そいつは僕も一緒に来たのを確認すると、そう言うとくすくすと笑った。そいつの中では僕がこのまま板額を望月先輩に横取りされる事が確定事項になってる様だ。そして、そこに居た連中もみんなそう思ってたのだろう、同じ様に僕を見てくすくす笑っていた。その顔には、今まさに彼女を奪われようとしてる僕への憐れみとも嘲りともつかぬ嫌な表情がこびりついていた。

「このまま、烏丸さんから私に乗り換える?」

 まだ僕と手を繋いだままだった緑川が僕の耳元でそっとそう囁いた。

「だれがお前なんかと!」

 僕も小声でそう言った。そしたら急に緑川と手を繋いでいるのがいたたまれなくなって思わずその手を離した。

「ふっ……冗談よ」

「分かってるって」

 緑川はそう言ってくすりと笑った。僕はちょっとむすっとしてそう答えた。


 僕と緑川が一番窓際のぽつんと空いていた椅子に座ると、当の東屋にはもうすでに望月先輩が待っていた。先に行ったはずの板額はまだ来ていないらしかった。

「まあ、ここは通常通り、告白受ける側は遅れて登場よね」

 隣に座る緑川が腕時計をちらりと見ながらそう言った。それはたぶん僕に対する解説だったのだろう。

「あっ……来た来た。私が教えてあげた通りだわ」

 緑川のその声を聞いてバラ園を見回すと、綺麗咲いたバラが絡みつく入り口のアーチを潜って板額がやって来た。

「わっ、意外! すごく堂々とした感じね」

「相手があの望月先輩ならもっとおどおどした感じなるのが普通だけど」

「なんか、烏丸さんの方が男の子って感じもするね」

 観戦していた女子達がそうこそこそ話していた。確かに言われてみれば確かにそうだった。東屋に向かう板額はしっかり正面を見据えてただ真っ直ぐすたすたと歩いていた。そこには迷いや戸惑いなどは言うものは一切感じさせなかった。これ、告白する側は板額の方じゃないだろうかって一瞬思ってしまう程だった。

 板額のその姿を見て僕は、何だか板額の奴が何かを大きな決意してここの場に臨んでいるじゃないかって気がした。

 まあ、順当に考えれば、僕への彼女宣言を撤回して望月先輩の告白を受ける決心だろうって事になる。でもその時の僕にはそうとは違う何かの様な気がしていた。その時、僕は何故かぞくっと背筋が寒くなった様な気がした。

 東屋にたどり着いた板額に向かって望月先輩が素敵な笑みを浮かべながら……良くは見えないがたぶんそれで間違いなのだろう……、板額に言った。その声は自信に満ち溢れすごく良く通る声だった。

「この場に来てくれてありがとう。
 烏丸さん、僕は君を一目見て心を奪われてしまった。
 本来なら受験でこんな事してる場合じゃないのに、
 もう僕の心は君を思うと勉強に手が付かない程なんだ。
 どうか、僕の彼女になって欲しい」

 望月先輩はそう言うと背中に隠し持っていた赤いバラを一輪、微笑みながら板額に差し出した。まったくもってキザったらしい事をするもんだ。しかし、悔しいかな、望月先輩がこれをやると妙にしっくり来てしまう。
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小説の匣
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