ハンガク!

化野 雫

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第十話

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 その日は意外な程、すんなりとやって来た。

 まあ、実際には日によってやって来る状態が違う事など本当はない。丸い地球は何にもない真空の宇宙そらをクルクルスムーズに回ってるのだ。壊れたアナログ時計のカレンダーみたいに動きが時と場合によって変わったりなんかするもんじゃない。でも、あるんだよね、日によってやって来る感覚が違う時が。


 その日の放課後、我先にとクラスのほとんどの連中が、裏のバラ園を見渡せる特等席確保を目指して飛び出して行った。話によると今日は何故かほとんどの部活が休みになってるとか言う話である。まったく馬鹿気た話だ。たかが高校生のおままごとみたいな告白ショーじゃないか。何、学校中で盛り上がってるんだ。

 僕はそんな連中を横目で見て心の中だけでそう悪態をつきながら、いつもの様に気だるげに窓から見える誰も居ない校庭を頬杖を付きながら眺めていた。

 でも、その実、今日は朝から何故か心の奥がぞわぞわして気持ちが悪かった。理由なら分かっている。分かってはいるが自分自身認めたくはなかったんだ。例え、相手が板額であろうと女嫌いで通っている……と少なくとも自分では思っていた……僕がそんな感情持つなんて絶対に認める訳にはゆかないんだ。

 だから、僕はあえて考えない様にしていた。


「じゃあ、僕、行って来るよ、与一。
 出来たら与一には見守っていて欲しいな」

 がらんとした教室で板額は、僕の傍にゆっくり歩み寄ると僕の耳元でこう囁いてから教室を出て行った。

「おう、頑張って来いよ」

 僕は告白されるクラスメイトの女子の背中を押すようにそう答えただけだった。

「うん、ありがとう、与一。
 じゃあ、また後で」

 何が見ていて欲しいだ、何がまた後でだよ、その時にはお前は、あの望月先輩の彼女になってるんじゃないのか? 僕なんかもう眼中になくなってるんじゃないのか? って本当はその時、思ってたんだ。

 ああ、やっぱり僕は板額の事が気になって仕方なくなってるんだ。こう言う気持ちを何て言うかなんて事、言われなくても知ってる。こんな短期間で、デートはおろか一緒に帰ったりお昼を食べたりもしてないのに、その上、自他共に認める『女嫌い』の僕が何で……。

 何だか分からない感情の渦が心の奥からどっと沸き上がって、僕の目から涙がこぼれそうになっていた。


「良いの、与一。
 あれ与一に止めて欲しかったんじゃないの?」

 その声に驚いて振り向くと、隣の席にまだ緑川が居た。僕は緑川に気がつかれない様に、もしかしたら涙が滲んでいたかもしれない目を押さえながら答えた。

「そんなのあいつの勝手だろ。
 僕が止める理由なんてない」

 僕はなるべく興味なんさそうにそう言った。

「あんた、曲がりなりにもあの娘の彼氏でしょ。
 男なら相手が誰であろうとしっかり守り抜きなさいよ」

「だから、僕はあいつの彼氏になった覚えはない!」

 まるで保護者の様な口ぶりでそう説教垂れた緑川に、思わず僕は怒鳴ってしまった。

 分かってる、緑川にイラついたんじゃない。こんな状況で板額を止める事が出来なかった自分自身に僕は腹が立ってたんだ。

「ホント、今のあんたってめんどくさい男ね。
 昔のあんたはどこいっちゃたのさ」

 緑川はそんな僕に呆れた様な表情でそう言うと、いきなり僕の手を取って立ち上がった。

「さあ、行くわよ。
 もうあの娘を止める事は出来ないけど、
 あんたには事の成り行きをしっかり見守る義務があるんだからね」

 そう言うとぐいと僕の手を引っ張り始めた。僕もその勢いに押されて思わず立ち上がってしまった。

「いやだよ、あんな事、僕は興味ない。
 僕はこのまま帰るんだ!」

 それでも僕はそう言って机の横に引っかけてあったバックに手を伸ばそうとした。

「何、駄々っ子みたいな事言っての」

 それでも緑川はぐいぐい僕の手を引いて教室から出て行こうする。

 僕も本音では望月先輩の板額への告白イベントを見守りたかったのだ。相手が男の僕なら、緑川の力ではどうする事も出来ないはずだ。なのに、気がつくと僕は緑川に手を引かれて教室を出ていた。いや、そればかりか小走りに走る緑川に合わせて走り始めていた。
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小説の匣
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