ハンガク!

化野 雫

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第七話

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 板額の許に現れた三年女子のメッセンジャーが持って来たのは、やはり同じ三年生男子からの通称『恋文』という告白場所への呼び出し状だった。しかもその差出人の男子は三年生でも、そのルックス、学力、家柄、その上運動能力までもが申し分ないと言う稀有な存在、全校女子の憧れの的だった。名前を『望月もちづき 和也かずや』と言う。もちろん望月先輩は彼女持ちの期間も多かったが、今は受験を控える三年生と言う事で珍しく彼女が居ない時期だった。ちなみにこの望月先輩、御多聞に漏れずしきたり複数回経験者で今の所勝率100%を誇っていた。

 実はこのしきたり、メッセンジャーからの通称恋文を受け取らないと言う選択肢もあった。衆人環視での告白などとても出来ないという場合はここでお断り(あるいは許諾)を告げれば、その後はしきたりに縛られる事なくなる。

 僕はこの時、何となく板額がこの恋文の受け取りを断ると思っていた。板額が僕に対して『彼女にして!宣言』をすでにしていると言う自負からではない。本当に何となく転校間もない板額がこんな大それたイベントを受けるイメージがどうしてもわかなかったのだ。

 が、しかし、板額は妙にあっさりその恋文を受け取った。そしてメッセンジャーの先輩女子が板額が転校生である為、簡単にしきたりについて説明してる時間を利用して、恋文をその場で手早く一読した。

 初めて聞くであろう、しかもちょっとめんどくさい説明を聞きながら、恋文を読むなんて事出来るんだろうか? 僕はちょっと思った。メッセンジャー女子もそう思ったのだろう、親切心で説明している自分が疎かにされている様に感じてちょっと不機嫌っぽい顔になっていた。

「じゃあ返事は後日でも良いから……」

 メッセンジャーがそう告げて帰ろうとすると、板額がすぐさま声を掛けた。

「当日、指定の場所へ必ず行きます……と相手の方にお伝えください」

「……って良いの? そんなにあっさり返事して。
 今説明したけど、あなた、この『しきたり』の事わかってるよね?」

 メッセンジャーを引き受けた先輩女子もまさかこの場で返事をもらえるとは思っていなかったのだろう。しかも、板額は恋文を読みながら説明を聞いていた。メッセンジャーは少し板額を諫める調子でそう尋ねた。

「はい、大丈夫です。
 説明していただいた『しきたり』と言う物は理解した上でのお返事です」

 そんなメッセンジャーに板額は素敵な笑顔でそう答えた。

 僕は、板額の言葉から彼女が恋文読みながらも冷静にメッセンジャーの説明を理解しながら聞いていた事に少々驚いていた。

「ふ~ん、あの、頭の回転かなり早そう」

 隣の席で様子を窺っていた緑川もきっと同じことを思ったのだろう。ぼそりと小さくそう呟いた。

「さて、暫定『烏丸さんの彼氏』である与一君はどうするのかな?」

 そして緑川は僕の方を見てそう言うとにやりと少々嫌な笑いをその口元に浮かべた。

「知るか! 僕はあいつの彼氏になった覚えはない。
 あいつがどうしようがあいつの勝手だ」

 僕はそんな緑川にきっぱりと言い放った。しかし、そんな僕に緑川は依然ニヤニヤ笑いながらこう言った。

「強がっちゃって。
 与一があんな美人の彼女を得る機会はもう二度とないと思うわよ。
 ここは土下座してでも烏丸さんに思い留まってもらうべきじゃないかしら」

「ふん、僕には関係ないね。
 彼女なんてめんどくさいだけだ!」

 僕はカチンと来て思わず声を荒げてそう言った。

「あら、そう……」

 それでも緑川はまだくすくす笑っていた。

 実はこの時、心の中で僕は予想に反して板額が即答でしきたりを受けた事にかなり動揺していた。だって、僕だってやっぱり年頃の男の子なんだ。現在、板額程の美人が、自分から彼女にして欲しいと言って来てるのだ。こんな機会は緑川も言ってる様にもう二度とないかもしれない。しかも今回相手があの望月先輩では僕に勝ち目はない。意地になってる場合じゃない。なりふり構わず板額を押し留めなきゃいけないのだ。それでも僕はちっぽけな自尊心からそうする事が出来なかった。
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小説の匣
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