ハンガク!

化野 雫

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第六話

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 そして、板額が転校して来て十日程が過ぎたある日の放課後のこと。

 教室にはまだほとんどの生徒達が居残っておしゃべりなどしてた。

 そこへ三年生の女子が『メッセンジャー』として現れたのだ。

「『烏丸 板額』さん居る?」

 そのメッセンジャーの先輩女子は入り口で尋ねた後、くすりと笑って言った。

「……って読み方聞いてなきゃ絶対に読めないでしょこの名前」

 そのメッセンジャーの目的は他ならぬ板額だった。

 確かに板額の名は一発で読める奴はかなりの歴史通だろう。それでも僕は今流行りのキラキラネームよりは遥かにマシだと思う。


 『メッセンジャー』、それは我が校独特の『しきたり』になくてはならぬ存在だった。
 
 その『しきたり』とは以下の様な物である。

 ある生徒が、同じ葵高の生徒を好きになった場合、普通は誰にも知られずこっそりそう言う想いを伝えてお付き合いに持ち込むと言うのが我が校でも一般的だ。しかし、自信があり、しかもその結果付き合う事になった場合、二人の関係性を全校生徒に対しあえて公にしておきたい者が取る昔からのしきたりがある。

 このしきたりでは、自分が誰かを好きになり『彼氏彼女』の関係になりたいと思った時、まず特定の生徒に昔ながらの『恋文』(実際には『恋文』ではなく告白場所への呼び出し状)を託して意中の相手に届けてもらうのだ。これは今時なら普通のメールやSNS系のメッセージではダメなのだ。あくまで旧態然としたアナログの手紙でなければならない。しかも、本人の手書きである事が望ましいとされる。

 そして、もうお分かりだとは思うがこの恋文を意中に相手に本人に代わって届ける役目を担うのが『メッセンジャー』と呼ばれる者なのだ。

 ちなみに、ここで書かれている『告白場所』は事実上一か所に決まっている。校舎裏手にあるバラ園の中央にある英国ガーデン風東屋がそうである。しかも、告白日時は公然の秘密で何故かその当日までには必ず学校中に知れ渡っている。なので告白は葵高生なら誰でも観戦可能の一大イベントとなるのだ。特に有名人絡みのイベントとなれば観戦ベストポジションの争奪戦が起きるほどだ。

 一見、こんな事して上手くゆけばまだしも、フラれれば全校生徒の前で敗北者となった事を公表されるだけでメリットはそうない様に思える。いや上手くいった所で二人の行動は少なくとも学校では衆人環視の下に置かれ息苦しくなる。なのにあえてこの『しきたり』に従って事を行う者がいる事には大きな理由が存在するのだ。

 このしきたりで相手方が交際開始を受け入れた場合、このカップルは全校生徒公認のカップルとなる。そしてこうして生まれた公認カップルのどちらか一方に対して、第三者がカップル二人の同意なしにアプローチを掛ける事は固く御法度とされているのだ。もちろん、恋愛は自由。時として相手の同意なしに第三者とお付き合いが始まってしまう事もたまにはある。しかし、この場合、この二人は全校生徒から卒業まで『ふしだら者』として白い目で見られる事となるのだ。もちろん、隠れて浮気をすることも可能だ。ところがしきたりに従って事を起こした以上、全校生徒の目が常にカップルの二人を監視する事になる。そうなると隠れて浮気など事実上不可能となるのだ。

 つまり、しきたりを行う事で第三者に彼氏彼女を奪われる心配をほぼ無くすことが出来るのだ。その上、成功した時だけでなく、仮に失敗しても全校生徒からは『勇気ある告白者』として称賛されるのだ。これは、失敗した時の羞恥心や、成功しても衆人監視下お付き合いになる窮屈さを差し引いても十分に余りあるメリットだった。特に成功の確率の高い『勝ち組』って呼ばれる連中ならなおさらである。自身のステータスをさら上げる絶好のチャンスなるのだ。
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小説の匣
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