ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
6 / 161

第六話

しおりを挟む
 そして、板額が転校して来て十日程が過ぎたある日の放課後のこと。

 教室にはまだほとんどの生徒達が居残っておしゃべりなどしてた。

 そこへ三年生の女子が『メッセンジャー』として現れたのだ。

「『烏丸 板額』さん居る?」

 そのメッセンジャーの先輩女子は入り口で尋ねた後、くすりと笑って言った。

「……って読み方聞いてなきゃ絶対に読めないでしょこの名前」

 そのメッセンジャーの目的は他ならぬ板額だった。

 確かに板額の名は一発で読める奴はかなりの歴史通だろう。それでも僕は今流行りのキラキラネームよりは遥かにマシだと思う。


 『メッセンジャー』、それは我が校独特の『しきたり』になくてはならぬ存在だった。
 
 その『しきたり』とは以下の様な物である。

 ある生徒が、同じ葵高の生徒を好きになった場合、普通は誰にも知られずこっそりそう言う想いを伝えてお付き合いに持ち込むと言うのが我が校でも一般的だ。しかし、自信があり、しかもその結果付き合う事になった場合、二人の関係性を全校生徒に対しあえて公にしておきたい者が取る昔からのしきたりがある。

 このしきたりでは、自分が誰かを好きになり『彼氏彼女』の関係になりたいと思った時、まず特定の生徒に昔ながらの『恋文』(実際には『恋文』ではなく告白場所への呼び出し状)を託して意中の相手に届けてもらうのだ。これは今時なら普通のメールやSNS系のメッセージではダメなのだ。あくまで旧態然としたアナログの手紙でなければならない。しかも、本人の手書きである事が望ましいとされる。

 そして、もうお分かりだとは思うがこの恋文を意中に相手に本人に代わって届ける役目を担うのが『メッセンジャー』と呼ばれる者なのだ。

 ちなみに、ここで書かれている『告白場所』は事実上一か所に決まっている。校舎裏手にあるバラ園の中央にある英国ガーデン風東屋がそうである。しかも、告白日時は公然の秘密で何故かその当日までには必ず学校中に知れ渡っている。なので告白は葵高生なら誰でも観戦可能の一大イベントとなるのだ。特に有名人絡みのイベントとなれば観戦ベストポジションの争奪戦が起きるほどだ。

 一見、こんな事して上手くゆけばまだしも、フラれれば全校生徒の前で敗北者となった事を公表されるだけでメリットはそうない様に思える。いや上手くいった所で二人の行動は少なくとも学校では衆人環視の下に置かれ息苦しくなる。なのにあえてこの『しきたり』に従って事を行う者がいる事には大きな理由が存在するのだ。

 このしきたりで相手方が交際開始を受け入れた場合、このカップルは全校生徒公認のカップルとなる。そしてこうして生まれた公認カップルのどちらか一方に対して、第三者がカップル二人の同意なしにアプローチを掛ける事は固く御法度とされているのだ。もちろん、恋愛は自由。時として相手の同意なしに第三者とお付き合いが始まってしまう事もたまにはある。しかし、この場合、この二人は全校生徒から卒業まで『ふしだら者』として白い目で見られる事となるのだ。もちろん、隠れて浮気をすることも可能だ。ところがしきたりに従って事を起こした以上、全校生徒の目が常にカップルの二人を監視する事になる。そうなると隠れて浮気など事実上不可能となるのだ。

 つまり、しきたりを行う事で第三者に彼氏彼女を奪われる心配をほぼ無くすことが出来るのだ。その上、成功した時だけでなく、仮に失敗しても全校生徒からは『勇気ある告白者』として称賛されるのだ。これは、失敗した時の羞恥心や、成功しても衆人監視下お付き合いになる窮屈さを差し引いても十分に余りあるメリットだった。特に成功の確率の高い『勝ち組』って呼ばれる連中ならなおさらである。自身のステータスをさら上げる絶好のチャンスなるのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

ファンタジー
口が悪く男勝りで見た目は美青年な不良、神田シズ(女)は誕生日の前日に、漆黒の軍服に身を包んだ自分とそっくりの男にキスをされ神様のいない異世界へ飛ばされる。元の世界に帰る方法を捜していると男が着ていた軍服が、城で働く者、城人(じょうにん)だけが着ることを許させる制服だと知る。シズは「君はここじゃないと生きれない」と吐き捨て姿を消した謎の力を持つ男の行方と、自分とそっくりの男の手がかりをつかむために城人になろうとするがそのためには試験に合格し、城人になるための学校に通わなければならず……。癖の強い同期達と敵か味方か分からない教官、上司、王族の中で成長しながら、帰還という希望と真実に近づくにつれて、シズは渦巻く陰謀に引きずり込まれてゆく。

処理中です...