ハンガク!

化野 雫

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第四話

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 杉下が冗談めかして釘を刺したにも拘らず杉下が教室を出ると、多くの生徒が我先にと板額の席へと殺到した。ちなみに板額の席に殺到した生徒の多くは意外にも女子生徒だった。

 同じ男子だから分かる。本当はこの歳頃の男子なら誰よりも先に板額の許へ駆けつけ少しでもお近づきになりたいと心では思う。しかし、同時にこの歳頃は妙な自尊心と過敏な羞恥心が同居してるものだ。ここで下手に動けば、美人に鼻の下を伸ばすスケベ野郎と女子どもに軽蔑されやしないかと警戒するのだ。その考えが彼らの動きを封じていた。しかしながら物欲しげな眼で板額の方を見るその眼が、彼らの心の葛藤を如実に物語っていた。


「放課後、学校案内してあげるよ!」

「ねぇ、烏丸さん、前はどこの学校だったの?」

「今はどこに住んでるの?」

「そんなに綺麗なんだから彼氏とか居たんじゃないの?」

「どっか入りたい部活とかある?」

 生徒達はすぐにぐるりと十重二十重に板額の席を取り囲んだ。そしてそこから、ありがちな質問から今時は個人情報とかで危ない質問まで数多くの質問が矢継ぎ早に発せられていた。板額はその質問に戸惑いながらも一つ一つ丁寧に答えている様だった。

 『いる様だった』と言うのは僕自身はその場に居なかったからだ。僕はこの時もいつもの様に自分の席に居てめんどくさそうな顔で窓の外をぼんやり眺めていたのだ。

「与一はあの娘の所に行かないの?」

 どうやら緑川もまだ自分の席に居る様だった。緑川の方を振り向かず窓の外を見たまま答えた。

「別にどうでも良いよ、転校生だからって女に興味ない」

「ふぅ~ん、でもあの娘はあんたに興味あるみたいだったけど」

 緑川はそう言って言葉を切った後、一呼吸の後言葉を継いだ。

「いえ、なんかあんたの事知ってるみたいな感じだったけど?」

「あんな女、僕は知らないね」

 僕はめんどくさそうに依然窓の外を見たままそう答えた。

 嘘ではない。実際、板額の事は知らなかったのだ。口では『女なんか興味はない』とは言っているが、そこは歳頃の男の子である。あれだけの美人なら、もしどこかで接点があれば僕だって覚えているはずだった。

「知り合いなら美人転校生とお近づきになるチャンスだったのにね」

 緑川はそう言った後、何だか嬉しそうくすくす笑っていた。

 まったく大きなお世話だ。なんでこの緑川はボッチでこのクラスでは浮いてる僕にこうも絡んでくるんだろう。僕はその時、そんな緑川の事を少々鬱陶しく思った。だから、僕は何も答えず黙っていた。

 すると、僕は何だか周りの雰囲気が急に変わった事に気がついた。

 板額の席にまとわりついていた連中の声がピタリと止んでいたのだ。いや、それではない。ケラケラ笑っていた緑川の笑い声も止んでいた。それだけではない。なんだか教室中がしんと静まり返っていたのだ。


「やあ、与一。やっと君に会えたよ……」

 僕の上の方から聞こえたやや低めだけど良く通る声。それは男口調だったけど、明らかに朝のHRホームルームで聞いた特徴ある声だった。

 また、さっきと同じ良い香りが僕の鼻をくすぐった。

 驚いて僕が顔を上げると、そこには板額の笑顔があった。にこにこと本当に嬉しそうに板額は微笑みながら僕を見下ろしていた。

「どうしたんだい、与一、僕の事、覚えてない?」

 きっと僕はきょとんとしたまま板額を見詰めていたのだろう板額はそう尋ねた。その時、今までにこにこしていた板額の顔に悲し気な表情が浮かんだ気がした。

「ごめん、ちょっと思い出せないんだけど……」

 僕は少しすまなさそうにそうに答えた。この時、僕は頭の中では必死に記憶をたどっていた。今までの僕なら相手が女となればここはぶっきらぼうに『お前だぞ知らん』と突き放すところだ。しかし、板額のあの表情を見た途端、何故か僕は胸の辺りが急にもやもや変な感じなったのだ。

「ううん、良いんだ。
 与一が思い出せないのも仕方ないよね」

 板額はそう言って、少し悲しげだった表情からまたにこやかな笑みを湛える明るい表情に戻した。でも、それは何だか無理してる様に僕には思えた。
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小説の匣
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