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第二話
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「良いぞ、入ってきなさい」
杉下は固い表情のまま、今、自分が入って来た引戸の方を見てそう声を掛けた。
すると静かに引戸が開かれて、一人の生徒が教室に入って来た。
「おおっ……」
その瞬間、静まり返っていた教室にまるで地響きの様な低い声が沸き起こった。
その声は、このクラスの男子生徒だけでなく女子生徒からの物もかなりの数あった。
すらりした細身の長身。
少し野暮ったさも感じる校則通りの長いスカート。
その裾から膝下だけが覗く黒ストッキングに包まれた細く長い脚。
白いブラウスに包まれたその腕もまたその長身に負けず長く優美だった。
そして何より目を引くのが、腰までの伸びた艶やかな黒髪。
まさに『カラスの濡れ羽色』って奴だ。
その少女はゆっくり教壇に上ると杉下の横に立った。
彼女が正面を向くと、教室中に再びどよめきが響いた。
平安時代の姫君を思わせる典型的なお姫様カットから覗いたその顔は……
髪の色と同じく、こちらは濡れた碁石の様な漆黒の瞳を持つ切れ長の眼。
すらりと細く高い鼻筋。
鋭角な角度を持ちながら柔らかな弧を描く顎のライン。
そして、薄っすらピンクに染まるやや薄めできりりと閉ざされた小さな口。
髪型こそ平安時代の姫君を思わせるものだったが、彼女の纏う雰囲気は『姫君』と言う可愛らしい感じではなかった。むしろ『女王』と言うにふさわしい凛とした力強さを感じる大人の美しさだった。
少女が隣に立って正面を向くのを待って、杉下が黒板に向かって白いチョークを走らせた。
『烏丸 板額』
その一瞬、日本史ヲタクとも言える数人を除いて、クラス中の生徒のほとんどが頭に大きな『?』文字が浮かんだ。
「とりまる……後、なんて読むんだ……」
数人が思わず思った事を小さく呟いていた。
アホか、そりゃ、『とり』じゃなくて『からす』、そして『からすま』と読むんだよ……当時、少しばかり京都の地名に知識のあった僕は、その呟きを聞いて心の中で笑った。そう心で笑った僕だったが、実は彼女の下の名までを正しく読む事は出来なかった。
「今日からこの二年C組のクラスメイトとなる『からすま はんがく』さんだ。
じゃあ、『からすま』さん、簡単に一言……」
多分、同じような事を杉下も思ったのだろう。杉下もにやりと勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべて横に立つ少女を促した。
「『からすま はんがく』……と申します。
今日から皆さんと一緒にこのクラスで学ぶことになりました。
まだ右も左も分からず、皆さんにご迷惑をおかけする事も多いかと思いますが、
今日からどうかよろしくお願いいたします」
外見から誰もが想像していたより良く通るがやや低めの落ち着いた声で少女はそう挨拶すると、深々と頭を下げた。艶やかで長い黒髪が一歩遅れて、ふわりと下に落ちた。
「はんがく……って変わった名前……」
先ほどと同じ様にまた小さな呟きがぽつぽつ聞こえた。
そんな中、一人、板額の名をすべて正しく読めていた一人の少女だけが違う呟きをその時漏らしていた。
「『はんがく』って言うのね、あの娘。
その名前、伊達じゃないと面白いな……」
隣に座るその少女の呟きに気付いた僕は、思わす彼女の方を振り向いた。その少女はその時、口元に微かな笑みを浮かべていた。
その少女は、このクラスで学級委員を務め、成績は常にトップと言う才女だった。
通称『委員長』、その名を『緑川 巴』と言った。
普通なら野暮ったく見える赤いセルフレームの眼鏡。やや茶色味のあるセミロングの髪をただ無造作に首の後ろで束ねた極々ありふれた髪型。それでも緑川は、板額と言う変わった名前の転校生に負けず劣らず整った顔立ちの美少女である。
緑川は、彼女の持つ『委員長』の二つ名通り、その外見から初対面の相手にはやや冷たい印象も与えてしまう。しかし緑川の性格は、またその二つ名の通り、非常に面倒見が良く男女を問わず誰からも好かれ頼りにされる存在だった。
杉下は固い表情のまま、今、自分が入って来た引戸の方を見てそう声を掛けた。
すると静かに引戸が開かれて、一人の生徒が教室に入って来た。
「おおっ……」
その瞬間、静まり返っていた教室にまるで地響きの様な低い声が沸き起こった。
その声は、このクラスの男子生徒だけでなく女子生徒からの物もかなりの数あった。
すらりした細身の長身。
少し野暮ったさも感じる校則通りの長いスカート。
その裾から膝下だけが覗く黒ストッキングに包まれた細く長い脚。
白いブラウスに包まれたその腕もまたその長身に負けず長く優美だった。
そして何より目を引くのが、腰までの伸びた艶やかな黒髪。
まさに『カラスの濡れ羽色』って奴だ。
その少女はゆっくり教壇に上ると杉下の横に立った。
彼女が正面を向くと、教室中に再びどよめきが響いた。
平安時代の姫君を思わせる典型的なお姫様カットから覗いたその顔は……
髪の色と同じく、こちらは濡れた碁石の様な漆黒の瞳を持つ切れ長の眼。
すらりと細く高い鼻筋。
鋭角な角度を持ちながら柔らかな弧を描く顎のライン。
そして、薄っすらピンクに染まるやや薄めできりりと閉ざされた小さな口。
髪型こそ平安時代の姫君を思わせるものだったが、彼女の纏う雰囲気は『姫君』と言う可愛らしい感じではなかった。むしろ『女王』と言うにふさわしい凛とした力強さを感じる大人の美しさだった。
少女が隣に立って正面を向くのを待って、杉下が黒板に向かって白いチョークを走らせた。
『烏丸 板額』
その一瞬、日本史ヲタクとも言える数人を除いて、クラス中の生徒のほとんどが頭に大きな『?』文字が浮かんだ。
「とりまる……後、なんて読むんだ……」
数人が思わず思った事を小さく呟いていた。
アホか、そりゃ、『とり』じゃなくて『からす』、そして『からすま』と読むんだよ……当時、少しばかり京都の地名に知識のあった僕は、その呟きを聞いて心の中で笑った。そう心で笑った僕だったが、実は彼女の下の名までを正しく読む事は出来なかった。
「今日からこの二年C組のクラスメイトとなる『からすま はんがく』さんだ。
じゃあ、『からすま』さん、簡単に一言……」
多分、同じような事を杉下も思ったのだろう。杉下もにやりと勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべて横に立つ少女を促した。
「『からすま はんがく』……と申します。
今日から皆さんと一緒にこのクラスで学ぶことになりました。
まだ右も左も分からず、皆さんにご迷惑をおかけする事も多いかと思いますが、
今日からどうかよろしくお願いいたします」
外見から誰もが想像していたより良く通るがやや低めの落ち着いた声で少女はそう挨拶すると、深々と頭を下げた。艶やかで長い黒髪が一歩遅れて、ふわりと下に落ちた。
「はんがく……って変わった名前……」
先ほどと同じ様にまた小さな呟きがぽつぽつ聞こえた。
そんな中、一人、板額の名をすべて正しく読めていた一人の少女だけが違う呟きをその時漏らしていた。
「『はんがく』って言うのね、あの娘。
その名前、伊達じゃないと面白いな……」
隣に座るその少女の呟きに気付いた僕は、思わす彼女の方を振り向いた。その少女はその時、口元に微かな笑みを浮かべていた。
その少女は、このクラスで学級委員を務め、成績は常にトップと言う才女だった。
通称『委員長』、その名を『緑川 巴』と言った。
普通なら野暮ったく見える赤いセルフレームの眼鏡。やや茶色味のあるセミロングの髪をただ無造作に首の後ろで束ねた極々ありふれた髪型。それでも緑川は、板額と言う変わった名前の転校生に負けず劣らず整った顔立ちの美少女である。
緑川は、彼女の持つ『委員長』の二つ名通り、その外見から初対面の相手にはやや冷たい印象も与えてしまう。しかし緑川の性格は、またその二つ名の通り、非常に面倒見が良く男女を問わず誰からも好かれ頼りにされる存在だった。
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