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第一話
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森の奥深く、人が踏み入る事のない場所にひっそりと湧く泉。
その水はどこまでも澄み切り底まではっきりと見通せる。
それは穢れと言う事を一切知らない天使の如く。
しかし、ひとたび、そこへ石礫が一つ投げ込まれれば、
その底に長年降り積もっていた澱が一気に舞い上がる。
そしてその水は一瞬にして泥水へと変わってしまうのだ。
そしてまた泥水と化した泉も、
時間が経てゆっくり元の澄み切った泉へと戻って行く。
しかして、それは悠久の時の流れからすれば瞬きの時すらない。
ほんの一瞬の出来事なのである。
それはまた人の世も同じなのかもしれない。
これから語る事は、僕が僕である事を諦めていた頃の話。
変わった名を持つ素敵な女の子との出会いから始まる、僕と『彼女』の物語だ。
それは五月の連休明けから始まった。
担任の杉下が引戸開けて教室に入って来た。
ひょろりと痩せ気味で、いかつい黒ぶちメガネに少し神経質そうな顔。
だが言動はいつも非常にひょうきんで、生徒達にはとても評判が良かった。
「グッド、モーニングだ、諸君!お前ら、今日も元気か?」
「元気!」
いつもの少しふざけた杉下の挨拶に、生徒達は一斉に拳を突き上げ答えた。
ここまでは毎日繰り返される退屈なルーティーンだ。
だから僕もいつもの様に一人頬杖をつき、めんどくさそうな顔で窓の外を眺めていた。
そして……まったく……お前ら、小学生かよ……と小さく呟いた。
僕こと『平泉 与一』は、県下でも有数な進学校として有名な私立高校『葵が丘高校』の二年生である。平泉と言う名字、与一と言う古風な名から武家の血を引く者と良く勘違いされるが、僕の家系はご先祖様もそして僕も極々普通の一般庶民だ。そして僕自身、僕の名を聞くと勝手にそう決めつけて話を始める輩が多くてほとほとうんざりしていた。
別にそれが原因でないが、その時の僕は他人と積極的に交わることを好まず、とっつきにくい変人としてこのクラスでも一人浮いた存在だった。そう、簡単に言えばボッチって奴だ。もっとも、そんな雰囲気を除けば、僕自身が中の上程度の容姿だった事もあり、周りからは特に嫌われている訳ではない。ただ単にこっちが明らかに壁を作っているので、どう付き合って良いのか分からなかったと言うのが正解だったらしい。もっとも、そんな事、その当時の僕は知らないし、周りがどう思ってるかなど、その時の僕はまったく気にもしていなかった。
そして、当然の如くボッチの僕には彼女など居なかった。しかし他の男どもと違って、正直、彼女と言う物を欲しいとも思わなかった。当時の僕にとって女子って奴は、理解できない自分とは違う妖怪みたいな存在だったのだ。出来れば出来るだけ距離を置いてたい物だったのだ。
その日、その後、いつもと違い杉下は沈黙したまま口をつぐんだ。
いつもその後に続く杉下の与太話が始まらない事に不審に思った僕は、ちらりと教壇の方に目を移した。
すると杉下は、奴には珍しく重く固い表情になって、生徒一人一人の顔を確認するかの様に教室中をゆっくり見渡した。
その意外な展開に生徒達も皆、思わず表情をこわばらせ、杉下の次の言葉を待った。
「お前たちに今日は重要な事を伝えねばならぬ。
全員、注目……」
再び正面を向いた杉下はゆっくりと低い声でそう言ったのだ。
ごくり……何人かが息を飲む音が静まり返った教室に響いた。
しかし、僕は逆に……もったいぶってどうせ大した事じゃないんだろう……と心の内でそう呟きくすりと笑うと、また視線を窓の外に移そうとした。
だが僕は、杉下の次の言葉で彼はその視線を戻す事が出来なくなった。
いや、いつもの僕ならそんな言葉でも視線を留め置く事などなかった。それは僕自身が、その後にやってくる『運命の出会い』と言う物を本能的に感じ取っていたからかもしれない、といつもその時の事を思い出すと僕はそう思う。
その水はどこまでも澄み切り底まではっきりと見通せる。
それは穢れと言う事を一切知らない天使の如く。
しかし、ひとたび、そこへ石礫が一つ投げ込まれれば、
その底に長年降り積もっていた澱が一気に舞い上がる。
そしてその水は一瞬にして泥水へと変わってしまうのだ。
そしてまた泥水と化した泉も、
時間が経てゆっくり元の澄み切った泉へと戻って行く。
しかして、それは悠久の時の流れからすれば瞬きの時すらない。
ほんの一瞬の出来事なのである。
それはまた人の世も同じなのかもしれない。
これから語る事は、僕が僕である事を諦めていた頃の話。
変わった名を持つ素敵な女の子との出会いから始まる、僕と『彼女』の物語だ。
それは五月の連休明けから始まった。
担任の杉下が引戸開けて教室に入って来た。
ひょろりと痩せ気味で、いかつい黒ぶちメガネに少し神経質そうな顔。
だが言動はいつも非常にひょうきんで、生徒達にはとても評判が良かった。
「グッド、モーニングだ、諸君!お前ら、今日も元気か?」
「元気!」
いつもの少しふざけた杉下の挨拶に、生徒達は一斉に拳を突き上げ答えた。
ここまでは毎日繰り返される退屈なルーティーンだ。
だから僕もいつもの様に一人頬杖をつき、めんどくさそうな顔で窓の外を眺めていた。
そして……まったく……お前ら、小学生かよ……と小さく呟いた。
僕こと『平泉 与一』は、県下でも有数な進学校として有名な私立高校『葵が丘高校』の二年生である。平泉と言う名字、与一と言う古風な名から武家の血を引く者と良く勘違いされるが、僕の家系はご先祖様もそして僕も極々普通の一般庶民だ。そして僕自身、僕の名を聞くと勝手にそう決めつけて話を始める輩が多くてほとほとうんざりしていた。
別にそれが原因でないが、その時の僕は他人と積極的に交わることを好まず、とっつきにくい変人としてこのクラスでも一人浮いた存在だった。そう、簡単に言えばボッチって奴だ。もっとも、そんな雰囲気を除けば、僕自身が中の上程度の容姿だった事もあり、周りからは特に嫌われている訳ではない。ただ単にこっちが明らかに壁を作っているので、どう付き合って良いのか分からなかったと言うのが正解だったらしい。もっとも、そんな事、その当時の僕は知らないし、周りがどう思ってるかなど、その時の僕はまったく気にもしていなかった。
そして、当然の如くボッチの僕には彼女など居なかった。しかし他の男どもと違って、正直、彼女と言う物を欲しいとも思わなかった。当時の僕にとって女子って奴は、理解できない自分とは違う妖怪みたいな存在だったのだ。出来れば出来るだけ距離を置いてたい物だったのだ。
その日、その後、いつもと違い杉下は沈黙したまま口をつぐんだ。
いつもその後に続く杉下の与太話が始まらない事に不審に思った僕は、ちらりと教壇の方に目を移した。
すると杉下は、奴には珍しく重く固い表情になって、生徒一人一人の顔を確認するかの様に教室中をゆっくり見渡した。
その意外な展開に生徒達も皆、思わず表情をこわばらせ、杉下の次の言葉を待った。
「お前たちに今日は重要な事を伝えねばならぬ。
全員、注目……」
再び正面を向いた杉下はゆっくりと低い声でそう言ったのだ。
ごくり……何人かが息を飲む音が静まり返った教室に響いた。
しかし、僕は逆に……もったいぶってどうせ大した事じゃないんだろう……と心の内でそう呟きくすりと笑うと、また視線を窓の外に移そうとした。
だが僕は、杉下の次の言葉で彼はその視線を戻す事が出来なくなった。
いや、いつもの僕ならそんな言葉でも視線を留め置く事などなかった。それは僕自身が、その後にやってくる『運命の出会い』と言う物を本能的に感じ取っていたからかもしれない、といつもその時の事を思い出すと僕はそう思う。
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