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第10話 近衛騎士ゲオルク2

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『身に疾しい所がある者ほど保身に走り、きっと面白い動きを見せてくれるわよ』

 女王様が言った通り、俺が陛下に女王様からの言伝を告げた時から、周りの動きは急に慌ただしくなった。

 まず殿下とリンダが捉えられ、地下牢に入れられた。

 殿下はそれに加え、陛下の命により、毎日アンネマリーと同じ様に鞭で打たれているらしい。

 それだけでは無い。アンネマリーが捉えられた時、彼女の不利になる様な嘘の証言をした令嬢達も皆、捉えられ罰を受けた。

 そんな中、俺はアクアポリス公爵に自宅へと招かれた。はっきり言って俺は、アンネマリーを簡単に見捨て、リンダを養女にした公爵の事が許せなかった。

 だがアクアポリス公爵家は、3世代前の王女様が輿入れされた、この国の由緒正しい筆頭公爵家だ。

 無碍に断る事も出来ず、俺は仕方なく公爵邸を訪れた。

「よく来てくれたね」

 公爵は柔らかな笑みを浮かべた。その顔には安堵の感情が見てとれた。

 この状況で何故笑っていられるのか? アンネマリーは…貴方の娘は今も生死の境を彷徨っているかも知れないと言うのに…。

 俺は公爵が一体何を考えているのか分からず苛ついた。

「俺にどんな用ですか?」

 俺はつっけんどんに聞く。公爵に向かってかなり無礼な態度を取っている事は分かっていたが、状況が状況だ。そこは許して欲しい。

「まぁ、そうカリカリしないでくれ。私としても公爵家を守るための苦肉の策だったのだよ。だから、あの子の命が助かったと聞いて、どうしても君にお礼が言いたくてね」

 その言葉を聞いて余計に腹が立った。

「公爵家を守る為? 貴方にとっては、自分の娘の命より公爵家の方が大切ですか!?」

 俺は声を荒げた。アンネマリーはもう少しで死ぬ所だったんだ。巫山戯るなと思った。だが、次に放たれた公爵の言葉に、俺は耳を失った。

「当たり前じゃないか。私は領主だ。領民達の生活を守る義務がある」

 この人は俺を怒らせる為に態々此処に呼んだのか…? そう思った。結局はこの人も保身だ。公爵と言う高い地位を守る為に娘を見殺しにしたのだ。

「アンネマリーは毎日何回も、下手をすれば何十回も鞭で打たれていたんだ。女王陛下が救い出してくれなければ、今頃彼女は死んでいた。貴方はそれでも親か!? 領主が貴方じゃなくなったら領民は死ぬのか!? 違うだろ? でもアンネマリーの命を守れるのは、親である貴方しかいなかっただろう? 貴方は何を置いても彼女の命を守らなければならなかったんじゃ無いのか!! 貴方に見捨てられたと知った彼女が、あの過酷な状況の中でどんな思いを抱いたか、貴方はそれを考えた事があるのか!!」

 俺は我慢出来ず感情に任せて公爵を罵った。分かっている。格上の公爵にこんな事を言ってはいけない事くらい…。親の立場もある。でも、どうしても我慢出来なかった。

 だがそんな俺に公爵は苦笑いした。

「君は青いな」

 カッとなった俺はそのまま席を立って帰ろうとした。だが、そんな俺を公爵は引き留めた。

「本当に君は血の気の多い男だな。だが少し待ちたまえ。まだ話は終わってはいないよ」

「あー…。何ですか? 用があるなら早く言って下さいよ」

 俺は不敬にも公爵相手に立ったままそう聞いた。それ程に目の前の男に腹が立っていた。

「君は何故そんなに怒っているのかね? アンネマリーのためだろう? 違うかい?」

 だが、公爵は俺を見て、そう言って嬉しそうに目を細めた。

「………」

 何なんだ。この男は…。俺は目の前の男の意図が掴めずに、言葉を失った。すると公爵が続けて俺に問いかけた。

「それ程あの子の事が大切なら、いっそ君があの子を貰ってやってくれないか?」

「は?」

 それは公爵からの思いもよらない提案だった。

 本気か? そう思った。

「だってそうだろう? あの子と殿下の婚約は破棄された。あの子はこれから誰か他に婚約者を探さなければならない。だが、今回の事であの子はきっと体の傷だけで無く、心にも大きな傷を負った事だろう…。そんなあの子の側にいて寄り添ってくれるのは、誰よりもあの子を大切に思い、今回の顛末を誰よりも知る君が適任だと思うのだが、どうだろう…?」

 その言葉を聞いて、公爵は本気なのだと思った。どうやら俺は最初から、アンネマリーへの気持ちを試されていたようだ。

 だが俺にははいと頷ける程の自信がなかった。果たして俺に彼女を幸せにしてやる事は出来るのか?

 俺は侯爵家の出身とはいえ、嫡男では無く継ぐべき家もない。いや、寧ろその為に騎士になったのだ。

 そんな俺が、果たして王太子の婚約者だった彼女を幸せにすることが出来るのか…?俺で良いのか?

 俺は公爵の問いに答えあぐねていた。

 すると公爵は今度は違う質問をした。

「君はアンネマリーに幸せになって欲しくはないのかい?」

 そんなの、決まってる。

「幸せになって欲しいです」

「私は、あの子を幸せに出来るのは君しかいないと思っている。私や妻は今回の事であの子との間には大きな溝が出来てしまった。悲しい事だがあの子はきっと、そんな私達の元に帰って来たくはないだろう…。君は唯一、殿下に意見し、あの子を守ろうとしてくれたそうでは無いか。勝手な事を言っているのは分かっている。だが、君しか頼れる人がいないんだよ? どうかお願いだ。君のその手であの子を今度こそ、幸せにしてやっては貰えないだろうか…?」

 公爵はそう言って頭を下げた。

 俺がこの手でアンネマリーを幸せにする?

 分かってる。それが大きな責任を伴う事は…。

 でも俺は彼女に幸せになって欲しい。

 俺に出来るだろうか? 自分の手の平を見つめる。

 いや必ずしてみせる! 俺のこの手で!

「もし、彼女が俺で良いと言ってくれるなら…」

 俺は公爵にそう答えていた…。













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