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第7話 タリオ 公爵令嬢リンダ4

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 私が連れて来られたのは貴族牢ではなく、地下牢だった。

 何故? どうして? 疑問が浮かぶ。

 私は公爵令嬢だ。こんな所に入れらる身分の人間ではない。

 そう思うも、殿下の命を受けた騎士達は迷う事なく私を牢に押し入れると、無常にも鍵を掛けた。

 石で作られた牢屋は冷たく、じめじめしていて、しかも臭い。

 騎士達が出て行くと牢屋に残ったのは私と、牢番の2人だった。他には誰もいない。

 牢番は私を上から下まで、まるで舐める様に見る。

 怖い…怖い…怖い…。

 こんな男と2人きりなんて…。私は恐怖を覚えた。

「安心しろ。俺はお前みたいなガキに興味はないさ。俺が好きなのはもっと色気のある成熟した女だよ」

 そう言われて、はいそうですかと安心なんて出来なかった。例え今はそうだったとしても、何時この男の気が変わるかも知れない。

 早く此処から逃げ出さなければ…。

 私は恐る恐る牢番に話しかけた。

「私は公爵令嬢です。これは何かの間違いではないの?」と。

 すると牢番はニヤニヤと笑いながら答えた。

「そう思いたいのは山々だろうが、何も間違ってなんかいないさ。お前の前の、あの女でさえそうだったんだからな。あの女はお前なんかよりずっと毛並みが良さそうだったがな」

 この牢番の答えで、私はアンネマリー様もここに入れられていた事を悟った。

 その時、廊下に繋がる扉が開き、兵士が1人入って来た。

「殿下がお呼びだ。この女を牢から出せ」
  
「えっ? もうですかい? 前回と比べると今回は早いですな」

 牢番はそう言いながら牢の鍵を開けた。

 ほら、やっぱり。きっと何かの間違いだったのよ。そう思っていたのは束の間の事だった。

 連れて来られたのは小さな部屋。そこにはテーブルが1つと椅子が二脚だけ置いてあり、椅子の1つには既にアルバートが腰かけていた。

 アルバートの後ろには数人の騎士が控えている。

「連れて参りました」

 兵士はアルバートに声を掛けた。

「ああ、ご苦労。お前はもう下がっていいよ」

 彼がそう言って手をヒラヒラと振ると、兵士は頭を下げて部屋から出て行った。

 次にアルバートは私に声を掛けた。

「やぁ、リンダ。良く来てくれたね。そこに座ってくれ。話をしよう」

 彼はにこにこしながら、私に向かいの椅子に座る様に即した。アルバートのその笑顔に、私は助かった…そう思って安心したのだが…。

 次に彼から発せられた言葉は、その私の希望をうち砕くには充分だった。

「それで? 罪を認める気にはなったかい?」

「え?」

 私は衝撃で聞き返す。

「だから~、デメテルを殺そうとしたって認めるかって聞いてるんだよ!」

 アルバートの口調がいきなりイライラしたものへと変わる。怖かった。でも認めたら最後、私は命を奪われる。毅然と…毅然と…。

「認めるって…。私は何もしていません!」

 私はあの教室でのやり取りを思い出し、キッパリ否認した。

 するとアルバートが机をバンと強く叩いて、威嚇する様に声を荒げた。

「そんな事分かってるさ。お前だって分かっているだろう! だって俺たちは冤罪をでっち上げ、アンネマリーを処刑させたじゃないか! それとも何? お前は人殺しのくせに自分だけは助かりたいって訳?」

 人殺し……。心に響く。確かにそうだ…。でも…。

「私が人殺しなら殿下だってそうでしょう!」

 私は思わず叫んだ。

 だが、この一言が悪かったのか、アルバートは烈火の如く怒った。

 彼は怒りを込めた低い声で兵士達に命じる。

「お前ら、やれ」と。

 次の瞬間、私はアルバートの後ろに控える騎士達に無理矢理立たされ、背中を鞭で打たれた。

 女性だからとかそんな気遣いなんて微塵も感じない強さで振るわれる鞭は、信じられない様な痛みを伴い、私は意識を失った。

 そんな私に騎士達は容赦なく水を頭から浴びせる。

 そして意識を取り戻した私に、アルバートが笑いながら言い放った。

「軟弱だなぁ。これくらいで気を失うなんて…。アンネマリーはこの数倍は頑張ったぞ」

 え? 彼女にも鞭を振るった…の? 呆然とする私をアルバートが諭す。

「あ! そうそう。最初に言って置くが、公爵夫妻が助けてくれるなんて思わない事だな。お前は謂わば夫妻の実の娘の敵なんだからさ。だからさ、頑張った所でお前は処刑されるって事。だったらさ、早く認めた方が痛い目に合わなくて良いと思うぞ。まぁ、今日は初日だからこれくらいで許してやるよ。1晩じっくりと考えるんだな」

 だが私は、鞭に打たれた痛みで立ち上がる事も出来なかった。

 するとまたアルバートがそんな私を嘲る。

「ホント、お前は情けないよな。何も出来ない上に体力すらないなんて! お前らこいつを手伝ってやれ」

 彼が騎士達に命じて、彼らが肩を貸してくれたお陰で私は漸く立ち上がれた。

 部屋を出る間際、アルバートがまた声を掛けた。

「あ! それから今着ているドレスと、コルセットは没収な。明日からは薄い下着1枚で直に鞭の痛さを味わって貰うから」

 直に鞭打ち…。ドレスとコルセットで守られた今日でさえ、気を失う程の痛みだった。私は恐怖に震えた。

 その後、騎士に肩を貸して貰いながら私は牢へと戻った。

 あの汚くて臭い牢に戻れてホッとした。

 でも、それも束の間だった。今度はあの牢番が私に鞭を振るったのだ。

「どうして…何故…? 何故貴方がこんな事をするの…? 私が貴方に何をしたの…」

 私は涙ながらに訴え掛けた。すると牢番は笑みを浮かべながら答えた。

「あー。ただのストレス解消?」

 その後も彼は笑いながら鞭を振るう。私はその痛みに耐えながら、こんな事ならいっそ死にたいと思った。

 アルバートの言葉が蘇る。

 そうか…。頑張ったってどうせ処刑されるんだ…。それなら…。

 私は次の日、やってもいない罪を自白した。

「へー、持ったのはたった1日か。面白くない奴だな。まぁ、でも約束は約束だ。鞭打ちは勘弁してやるよ」

 アルバートはまたそう言って私を嘲笑った。

 私は何故こんな男が好きだったんだろう。こんな男を得る為に、私は無実のアンネマリー様を陥れた。

 どれ程痛かっただろう。どれ程悔しかっただろう。彼女は本当に何もしていないのに…。

 だから、私が処刑されるのは、彼女を苦しめた罪を償うためだ。そう思った。

 そして今日、私は毒杯を飲む。

 処刑が決まってから、思い出すのは私の本当の父と母の事ばかりだ。

「お願い、リンダ。王太子妃なんて馬鹿な夢を見るのはやめて! 貴方には貴方に相応しい幸せがあるわ」

「そうだぞ、リンダ。私達は今のままでも充分幸せじゃないか!」

 私がアンネマリー様に代わって王太子妃になると言った時、父と母はそう言って反対した。

 本当ね。お父様、お母様。私、2人に愛されて幸せだった。

 そんな事に今更気付く。もう遅いのに…。

 そしてアンネマリー様。

 ごめんなさい。私は愛する人を奪われる悲しみも、鞭の痛さも、毒杯を飲まなければならない恐ろしさも、何も分かっていませんでした。

 自分の幸せだけを追い求めた私はどれ程愚かで身勝手だった事でしょう。

 その事に今更ながらやっと気付きました。

 本当に本当にごめんなさい。

 その時だ。何処からか声が聞こえて来た。

(アンネマリーは生きている)

 俄には信じられない事なのに、まるで神様が教えてくれた様に、その声の言った事は真実なのだと分かった。

「本当ですか…? 良かった…」

 気が付けは涙を流していた。この辛い状況の中でそれは間違いなく喜びの涙だった。
















  





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