上 下
2 / 16

第2話 近衛騎士ゲオルク1

しおりを挟む
「頼む…助けて…助け…助けてくれ…」

 目の前の牢番はずっと痛みにもがき苦しみながら、必死に助けを求めている。

 それは全て、実際にお前がアンネマリーに与えた痛みと苦しみだ。

 しっかりと味わうが良い。

 そして、アンネマリーと同じだけの痛みを受け入れた時、やっとお前はその苦しみから解放されるのだ。

「安心しろ。これはあくまでも擬似体験。実際にお前は死ぬ事も傷付く事もない。その体に傷1つ残る事もない。だが、アンネマリーは違う…。彼女は謂れのない罪で拘束され、拷問され血を流した。公爵令嬢の体と心にこれだけの傷をつけたのだ。これで済むだけありがたいと思え!」

 私がそう口にした時だ。突然、廊下に繋がるドアが開き男が入って来た。

 明らかに近衛兵と分かる煌びやかな騎士服を着た男は、手にパンとスープの置かれたトレーを持っている。恐らくアンネマリーの食事だろう。

 彼は牢の中の様子を見て、驚きに目を見開いた。

 牢の前には手足を拘束され悶え苦しむ牢番。そしてアンネマリーの側には、どこから現れたのか分からない、明らかに部外者の私とアルゴスがいる。彼が驚くのも当然の事だろう。

『沢山の騎士達も自白させる為、彼女に鞭を振るった』

 目の前の男の言葉を思い出した私は、咄嗟にアンネマリーを守ろうと、彼女の前に躍り出た。

「何をしている! 彼女をどうするつもりだ!! 彼女に触れるな!」

 その私の行動に危機感を抱いたのか、彼は持っていたトレーを床に落とすと、徐に剣に手をかけた。

「アンネマリーを此方へ! さもなくは切る!」

 彼は私達を威嚇する様に、そう叫びながら剣を抜いた。私はこの男に見覚えがあった。たった今見たばかりのアンネマリーの記憶の中に何度も出て来た、彼女の幼なじみだ。そして、アンネマリーの記憶の中で、彼だけが彼女を助け出そうとずっと奮闘していた。

「何って、アンネマリーを連れ帰って手当するのよ? このままだと彼女、殺されるわよ。そうでしょう? ゲオルク」

 私はさも当然の事だと言う様に彼に答えた。

「なっ! お前、何故俺の名前を知っている!? それにそんな事、出来る訳が無いだろう? もし彼女がいなくなったと知れたら、城中が大騒ぎだ!」

 ゲオルクは私に剣を向けながら声を荒げる。

「そうね。でも安心して。例え騒ぎになったとしても、私に逆らえる者なんてこの大陸には1人もいないのよ。私はね、彼女を救う為に此処に来たの」

 私が説得する様にゲオルクに告げると、彼は私の顔を凝視した。

「……え? もしかして、貴方は…」

 漸く私の正体に気付いたのか、彼は直ぐに騎士の礼をとった。

「女王陛下に剣を向けるなど、あってはならない愚行を犯しました。申し訳ございません」

 ゲオルクはそう言って深くこうべを垂れる。

「いいえ。この状況では仕方がないわ。それに、私の方が貴方にはお礼を言いたいくらいよ。今までアンネマリーを守ってくれてありがとう。彼女は私にとっても大切な友人なの。でも、これからは私に任せてくれる? 相手は王太子よ。それに貴方にも貴方の仕事がある。ずっと彼女の側にいる訳にもいかないでしょう?」

 私は目の前で苦しむ牢番に目を向けた。

「彼は…? 一体どうしたのです?」

 私に促され、ゲオルクもまた訝しむ様な目で牢番を見つめる。

「私が罰を与えたの。彼は自分の鬱憤が溜まると、それを解消する為にずっとアンネマリーを鞭打っていた…」

 私の答えにゲオルクが青ざめた。

「いや…まさか…そんな…。アンネマリーは公爵令嬢ですよ? 平民のこの男が軽はずみにそんな事をして良い相手ではない!」

 ゲオルクはそう言って激昂するけれど、それが現実だ。

「では、何故アンネマリーは貴族牢ではなく、ここにいるの? 自白を強要され、鞭で打たれているの?」

「……それは…」

 途端にゲオルクは口篭った。

「…王太子が命じたから。そうでしょう? 彼はアンネマリーを蔑ろにした。貴族として正当な扱いをしなかった…。だからこの男も彼女には何をしても良いのだと間違った認識を持ってしまったのよ…」

 私はそう言って目の前にいるゲオルクを見つめた。

「本来、自白を引き出す場合、複数人で取り調べをする。1人の証言だけでは自白の信用性が失われてしまうからね? その時にアンネマリーは沢山の騎士達に自白を強要する為に鞭で打たれた。でもね、その後たった1人でこの牢に戻されたアンネマリーの体についた鞭の跡が、何時いつ何処でついたものかなんて誰にも分からないでしょう?」

「そんな…」

 私が言いたい事を察したのか、ゲオルクが怒りの目を牢番に向けた。

「確かに最初にこの男にアンネマリーを鞭打つよう命じたのはアルバートだったのでしょう。でも、この男はそれに味をしめたの。それからは誰も見ていないからと、アンネマリーを執拗に鞭で打つようになった。自分のストレスを発散する為と、そして…公爵令嬢を鞭打つと言う優越感に浸るためにね」

「…なんと言う事を…。アンネ…」

 彼はそう呟くと怒りに震え、強く拳を握り締めた。そんな彼に私は声を掛ける。

「実は貴方には手伝って欲しい事があるの。彼女の敵、打ちたくない?」

 彼が必死にアンネマリーの無実を訴えたとしても、アルバートはそれを跳ね除け彼女を鞭打って無理に自白を求めた。何故ならアルバートの中ではもう答えは決まっていたから。

 それを間近に見ていたのだ。彼が悔しく無いはずはない。

「…俺は、何をすれば良いのですか? 俺に出来る事なら何でもします!」

 ゲオルクは決意の篭った瞳で私を見つめ頷いた。

「簡単なことよ? 明日、私がアンネマリーを連れて行った。私は今回の事にとても怒っている。そして1週間後、今、王都に居る伯爵家以上の高位貴族を全て集める様に言っている。そう国王に告げなさい。全て本当のことよ。この件で貴方が罰せられる事はないはず。但し、必ず明日よ。私は今夜のうちにやりたい事があるから…。」

「分かりました。1週間後ですね?」

 ゲオルクは確認する様に繰り返すと、大きく頷いた。

「ええ、私が怒っている事をちゃんと伝えてね? 彼らは気が気ではないでしょうね。この1週間、彼らは怯えながら暮らすのよ」








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

婚約者の命令により魔法で醜くなっていた私は、婚約破棄を言い渡されたので魔法を解きました

天宮有
恋愛
「貴様のような醜い者とは婚約を破棄する!」  婚約者バハムスにそんなことを言われて、侯爵令嬢の私ルーミエは唖然としていた。  婚約が決まった際に、バハムスは「お前の見た目は弱々しい。なんとかしろ」と私に言っていた。  私は独自に作成した魔法により太ることで解決したのに、その後バハムスは婚約破棄を言い渡してくる。  もう太る魔法を使い続ける必要はないと考えた私は――魔法を解くことにしていた。

婚約者の命令で外れない仮面を着けた私は婚約破棄を受けたから、仮面を外すことにしました

天宮有
恋愛
婚約者バルターに魔法が上達すると言われて、伯爵令嬢の私シエルは顔の半分が隠れる仮面を着けることとなっていた。 魔法は上達するけど仮面は外れず、私達は魔法学園に入学する。 仮面のせいで周囲から恐れられていた私は、バルターから婚約破棄を受けてしまう。 その後、私を恐れていなかった伯爵令息のロランが、仮面の外し方を教えてくれる。 仮面を外しても魔法の実力はそのままで、私の評判が大きく変わることとなっていた。

「妹にしか思えない」と婚約破棄したではありませんか。今更私に縋りつかないでください。

木山楽斗
恋愛
父親同士の仲が良いレミアナとアルペリオは、幼少期からよく一緒に遊んでいた。 二人はお互いのことを兄や妹のように思っており、良好な関係を築いていたのである。 そんな二人は、婚約を結ぶことになった。両家の関係も非常に良好であったため、自然な流れでそうなったのだ。 気心のしれたアルペリオと婚約できることを、レミアナは幸いだと思っていた。 しかしそんな彼女に、アルペリオはある日突然婚約破棄を告げてきた。 「……君のことは妹としか思えない。そんな君と結婚するなんて無理だ」 アルペリオは、レミアナがいくら説得しても聞き入れようとしなかった。両家が結んだ婚約を、彼は独断で切り捨てたのである。 そんなアルペリオに、レミアナは失望していた。慕っていた兄のあまりのわがままさに、彼女の気持ちは冷めてしまったのである。 そうして婚約破棄されたレミアナは、しばらくして知ることになった。 アルペリオは、とある伯爵夫人と交際していたのだ。 その事実がありながら、アルペリオはまだレミアナの兄であるかのように振る舞ってきた。 しかしレミアナは、そんな彼を切り捨てる。様々な要素から、既に彼女にはアルペリオを兄として慕う気持ちなどなくなっていたのである。 ※あらすじを少し変更しました。(2023/11/30) ※予想以上の反響に感想への返信が追いついていません。大変申し訳ありません。感想についてはいつも励みになっております。本当にありがとうございます。(2023/12/03) ※誤字脱字などのご指摘ありがとうございます。大変助かっています。

【完結】4人の令嬢とその婚約者達

cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。 優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。 年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。 そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日… 有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。 真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて… 呆れていると、そのうちの1人… いや、もう1人… あれ、あと2人も… まさかの、自分たちの婚約者であった。 貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい! そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。 *20話完結予定です。

処理中です...