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第33話
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私は自分の手の中にある離縁届を見た。これを教会に提出すれば、私とエドモンドは晴れて他人となる。
そしてそれは即ち、エドモンドはルクソールという強力な後ろ盾を失う事を意味するのだ。
当然の事だが、王家にも我が家から毎月支払われていた支援金は入って来なくなる。王家は立ち所に資金繰りに苦労する様になるだろう。
そんな大切な書類に、彼は確認する事もなくスラスラとサインした。
残念な事だが彼には王としての資質はない…。
「これで迷いは無くなったわ。」
そう告げた私に、アレクサンダーはため息を吐きながら答えた。
「本当に馬鹿な男だ。こんなにあっさりと妃殿下を手放してしまうなんて…。だいたい彼は何故、あれ程の悪態をついても尚、妃殿下が自分の元を離れないと思っていたのだろう? お花畑も良い所だ…」と。
それから、数日が経ったある日、父から待ちに待った手紙が届いた。
''全ての手筈は整った。明日、決行する。"
手紙にはたった1行そう記されていた。だが、これで充分だ。
「アレク、この手紙を離宮に届けてくれる?」
私は父からの手紙をアレクサンダーに託した。
ここ最近、私は毎日リシャールの看病と称して離宮に通っていた。リシャールとは既に入念な打ち合わせ済みだ。
リシャールは毒を盛られたあの日から、1歩も離宮の外へは出ていない。私が意図的に流した噂と相まって、王妃達はさぞかし油断している事だろう。これで自分達の子供の王位継承は揺らぐ事はないと…。
翌日、私は朝から気持ちが落ち着かなかった。執務をしていても、期待と不安が入り混じった様な何とも言えない感情が襲い、仕事も手に付かない。
遅めの昼食を取っていた頃、陛下の側近が私の私室を訪れた。
彼は以前、父に側妃様の話をして陛下に睨まれた、あの侯爵家の男だ。
「陛下がお呼びです。謁見の間にお越し下さい」
彼は私にそう告げた。丁度良いと思った。
「そう…。分かったわ。ところで、私、陛下にお会いする前にどうしても貴方に聞きたい事があったの」
私は彼に話を切り出した。
実は側妃がずっと言っていた彼女の信頼出来る協力者。それが彼だと分かったからだ。
彼は今日の証言者の1人だった。
「何でしょうか? この際です。私に分かる事でしたら何でもお答えいたしますよ」
彼は笑顔でそう答えた。その言葉を受け、私は彼に尋ねた。
「貴方は何故、陛下の側近でありながら、彼を欺き側妃様の協力者となったの?」
彼の話を側妃から聞いた時、真っ先に思った事だ。彼は常に陛下の側近く仕え、彼が最も信頼を寄せていた男だったから。
「側近だったからですよ」
彼は言った。
「側近く仕えていたからこそ、あの男がどんな奴か誰よりも知っていた。もう、うんざりでしたよ。あんな男に仕えるのは…。 側妃様は長い間ずっと苦労して王家を支え続けた。その側妃様を、貴方が殿下に嫁ぐ事がきまり気が大きくなったからか、あの男はもう用済みだと罵った!」
彼は怒りを露わにした。
「何を言っている? 用済みはお前の方だ! 私はその時そう思った。エドモンド殿下が何故、貴方に白い結婚を申し入れたのか、貴方は知っていますか!?」
そして彼は突然、話しを変えた。
「え? 王妃がそう言ったからでしょう? 私との間に子が出来れば、父に王家を乗っ取られるって」
私の答えに彼は頷いた。
「……確かに王妃は彼にそう言った。だが1番の理由は、母親を守る為ですよ。彼にとって1番大切なのは自分を産み、ずっと自分を守ってくれた母親だった」
「え? 王妃様を守る…」
「ええ。陛下は言った。彼と貴方の間に子が出来れば王家は安泰。そうなれば、王妃も側妃も邪魔者だと…。殿下はその陛下の言葉を偶々聞いてしまったんだと思います。陛下と話している最中、人影が見えた気がしましたから…。私も悪かった。陛下の思いを吐き出させる為、彼を煽った。だから殿下は強く思った事でしょう。貴方との間に子が出来れば、王妃は王宮から追い出されるかも知れない…と」
「邪魔者…」
私は呆然と彼の言葉を繰り返した。
「そしてこの話はきっと彼を通じて王妃も知っていたでしょう。だから貴方は嫁ぐ前から2人にとって、自分達を追い詰める危険な存在だと認識されていた。しかも貴方はエドモンド殿下の次の王をリシャール殿下にと陛下に詰め寄った。その時から2人にとっては貴方は自分達の立場を脅かせる邪魔者だったのです」
「でも、エドモンドが王になれば彼女は国母じゃない? そんな追い出されるなんて…」
戸惑いながらそう言った私に彼は呆れた様に答えた。
「その前にですよ。貴方はまだまだ甘い。あの男が分かっていない。王妃様と側妃様。貴方はあの男がどちらをより疎んでいたと思いますか? 自分の目的を果たす為なら、自分の胸を短剣で突き刺す様な女を、貴方は側に置きたいと思いますか? 下手をすれば次は自分が刺されるかも知れない…そう考えるのが普通でしょう? 実際にあの男はそう言っていましたしね…」
私はずっと不思議に思っていた。何故自分はこれ程王妃に嫌われるのだろう。
私がエドモンドに嫁がなければ、彼は王太子にはなれなかった。そして我が家は、金のない王家に支援金も支払っている。そのお陰で王妃達は何不自由の無い生活が送れているのに…と。
その理由がやっと分かった気がした。
「だから、王妃はルルナレッタ様の懐妊が分かった時、リシャール殿下を殺めようとしたのでしょう。彼さえいなくなれば自分達は安泰だと。本当に浅はかな事だ…。」
彼は呆れた様にそう言い放ち、話を締め括った。
「すいません…。少し話し込んでしまいました。時間がありません。謁見の間にお急ぎ下さい」
彼はそう言って頭を下げると部屋から出て行った。
彼の言う通り、あれから随分と時間が経っていた。私は慌てて身支度を整えると、侍女達の嫌味の言葉にまた心の中で盛大な突っ込みを入れながら、アレクと共に謁見の間を目指した…。
そしてそれは即ち、エドモンドはルクソールという強力な後ろ盾を失う事を意味するのだ。
当然の事だが、王家にも我が家から毎月支払われていた支援金は入って来なくなる。王家は立ち所に資金繰りに苦労する様になるだろう。
そんな大切な書類に、彼は確認する事もなくスラスラとサインした。
残念な事だが彼には王としての資質はない…。
「これで迷いは無くなったわ。」
そう告げた私に、アレクサンダーはため息を吐きながら答えた。
「本当に馬鹿な男だ。こんなにあっさりと妃殿下を手放してしまうなんて…。だいたい彼は何故、あれ程の悪態をついても尚、妃殿下が自分の元を離れないと思っていたのだろう? お花畑も良い所だ…」と。
それから、数日が経ったある日、父から待ちに待った手紙が届いた。
''全ての手筈は整った。明日、決行する。"
手紙にはたった1行そう記されていた。だが、これで充分だ。
「アレク、この手紙を離宮に届けてくれる?」
私は父からの手紙をアレクサンダーに託した。
ここ最近、私は毎日リシャールの看病と称して離宮に通っていた。リシャールとは既に入念な打ち合わせ済みだ。
リシャールは毒を盛られたあの日から、1歩も離宮の外へは出ていない。私が意図的に流した噂と相まって、王妃達はさぞかし油断している事だろう。これで自分達の子供の王位継承は揺らぐ事はないと…。
翌日、私は朝から気持ちが落ち着かなかった。執務をしていても、期待と不安が入り混じった様な何とも言えない感情が襲い、仕事も手に付かない。
遅めの昼食を取っていた頃、陛下の側近が私の私室を訪れた。
彼は以前、父に側妃様の話をして陛下に睨まれた、あの侯爵家の男だ。
「陛下がお呼びです。謁見の間にお越し下さい」
彼は私にそう告げた。丁度良いと思った。
「そう…。分かったわ。ところで、私、陛下にお会いする前にどうしても貴方に聞きたい事があったの」
私は彼に話を切り出した。
実は側妃がずっと言っていた彼女の信頼出来る協力者。それが彼だと分かったからだ。
彼は今日の証言者の1人だった。
「何でしょうか? この際です。私に分かる事でしたら何でもお答えいたしますよ」
彼は笑顔でそう答えた。その言葉を受け、私は彼に尋ねた。
「貴方は何故、陛下の側近でありながら、彼を欺き側妃様の協力者となったの?」
彼の話を側妃から聞いた時、真っ先に思った事だ。彼は常に陛下の側近く仕え、彼が最も信頼を寄せていた男だったから。
「側近だったからですよ」
彼は言った。
「側近く仕えていたからこそ、あの男がどんな奴か誰よりも知っていた。もう、うんざりでしたよ。あんな男に仕えるのは…。 側妃様は長い間ずっと苦労して王家を支え続けた。その側妃様を、貴方が殿下に嫁ぐ事がきまり気が大きくなったからか、あの男はもう用済みだと罵った!」
彼は怒りを露わにした。
「何を言っている? 用済みはお前の方だ! 私はその時そう思った。エドモンド殿下が何故、貴方に白い結婚を申し入れたのか、貴方は知っていますか!?」
そして彼は突然、話しを変えた。
「え? 王妃がそう言ったからでしょう? 私との間に子が出来れば、父に王家を乗っ取られるって」
私の答えに彼は頷いた。
「……確かに王妃は彼にそう言った。だが1番の理由は、母親を守る為ですよ。彼にとって1番大切なのは自分を産み、ずっと自分を守ってくれた母親だった」
「え? 王妃様を守る…」
「ええ。陛下は言った。彼と貴方の間に子が出来れば王家は安泰。そうなれば、王妃も側妃も邪魔者だと…。殿下はその陛下の言葉を偶々聞いてしまったんだと思います。陛下と話している最中、人影が見えた気がしましたから…。私も悪かった。陛下の思いを吐き出させる為、彼を煽った。だから殿下は強く思った事でしょう。貴方との間に子が出来れば、王妃は王宮から追い出されるかも知れない…と」
「邪魔者…」
私は呆然と彼の言葉を繰り返した。
「そしてこの話はきっと彼を通じて王妃も知っていたでしょう。だから貴方は嫁ぐ前から2人にとって、自分達を追い詰める危険な存在だと認識されていた。しかも貴方はエドモンド殿下の次の王をリシャール殿下にと陛下に詰め寄った。その時から2人にとっては貴方は自分達の立場を脅かせる邪魔者だったのです」
「でも、エドモンドが王になれば彼女は国母じゃない? そんな追い出されるなんて…」
戸惑いながらそう言った私に彼は呆れた様に答えた。
「その前にですよ。貴方はまだまだ甘い。あの男が分かっていない。王妃様と側妃様。貴方はあの男がどちらをより疎んでいたと思いますか? 自分の目的を果たす為なら、自分の胸を短剣で突き刺す様な女を、貴方は側に置きたいと思いますか? 下手をすれば次は自分が刺されるかも知れない…そう考えるのが普通でしょう? 実際にあの男はそう言っていましたしね…」
私はずっと不思議に思っていた。何故自分はこれ程王妃に嫌われるのだろう。
私がエドモンドに嫁がなければ、彼は王太子にはなれなかった。そして我が家は、金のない王家に支援金も支払っている。そのお陰で王妃達は何不自由の無い生活が送れているのに…と。
その理由がやっと分かった気がした。
「だから、王妃はルルナレッタ様の懐妊が分かった時、リシャール殿下を殺めようとしたのでしょう。彼さえいなくなれば自分達は安泰だと。本当に浅はかな事だ…。」
彼は呆れた様にそう言い放ち、話を締め括った。
「すいません…。少し話し込んでしまいました。時間がありません。謁見の間にお急ぎ下さい」
彼はそう言って頭を下げると部屋から出て行った。
彼の言う通り、あれから随分と時間が経っていた。私は慌てて身支度を整えると、侍女達の嫌味の言葉にまた心の中で盛大な突っ込みを入れながら、アレクと共に謁見の間を目指した…。
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