上 下
33 / 38

第33話

しおりを挟む
 私は自分の手の中にある離縁届を見た。これを教会に提出すれば、私とエドモンドは晴れて他人となる。

 そしてそれは即ち、エドモンドはルクソールという強力な後ろ盾を失う事を意味するのだ。

 当然の事だが、王家にも我が家から毎月支払われていた支援金は入って来なくなる。王家は立ち所に資金繰りに苦労する様になるだろう。

 そんなに、彼は確認する事もなくスラスラとサインした。

 残念な事だが彼には王としての資質はない…。

「これで迷いは無くなったわ。」

 そう告げた私に、アレクサンダーはため息を吐きながら答えた。

「本当に馬鹿な男だ。こんなにあっさりと妃殿下を手放してしまうなんて…。だいたい彼は何故、あれ程の悪態をついても尚、妃殿下が自分の元を離れないと思っていたのだろう? お花畑も良い所だ…」と。

 それから、数日が経ったある日、父から待ちに待った手紙が届いた。

 ''全ての手筈は整った。明日、決行する。"

   手紙にはたった1行そう記されていた。だが、これで充分だ。

「アレク、この手紙を離宮に届けてくれる?」

 私は父からの手紙をアレクサンダーに託した。

 ここ最近、私は毎日リシャールの看病と称して離宮に通っていた。リシャールとは既に入念な打ち合わせ済みだ。

 リシャールは毒を盛られたあの日から、1歩も離宮の外へは出ていない。私が意図的に流した噂と相まって、王妃達はさぞかし油断している事だろう。これで自分達の子供の王位継承は揺らぐ事はないと…。

 翌日、私は朝から気持ちが落ち着かなかった。執務をしていても、期待と不安が入り混じった様な何とも言えない感情が襲い、仕事も手に付かない。

 遅めの昼食を取っていた頃、陛下の側近が私の私室を訪れた。

 彼は以前、父に側妃様の話をして陛下に睨まれた、あの侯爵家の男だ。

「陛下がお呼びです。謁見の間にお越し下さい」

 彼は私にそう告げた。丁度良いと思った。

「そう…。分かったわ。ところで、私、陛下にお会いする前にどうしても貴方に聞きたい事があったの」

 私は彼に話を切り出した。

 実は側妃がずっと言っていた彼女の信頼出来る協力者。それが彼だと分かったからだ。

 彼は今日のの1人だった。

「何でしょうか? です。私に分かる事でしたら何でもお答えいたしますよ」

 彼は笑顔でそう答えた。その言葉を受け、私は彼に尋ねた。

「貴方は何故、陛下の側近でありながら、彼を欺き側妃様の協力者となったの?」

 彼の話を側妃から聞いた時、真っ先に思った事だ。彼は常に陛下の側近そばちかく仕え、彼が最も信頼を寄せていた男だったから。

「側近だったからですよ」

 彼は言った。

「側近く仕えていたからこそ、あの男がどんな奴か誰よりも知っていた。もう、うんざりでしたよ。あんな男に仕えるのは…。 側妃様は長い間ずっと苦労して王家を支え続けた。その側妃様を、貴方が殿下に嫁ぐ事がきまり気が大きくなったからか、あの男はもう用済みだと罵った!」

 彼は怒りを露わにした。

「何を言っている? 用済みはお前の方だ! 私はその時そう思った。エドモンド殿下が何故、貴方に白い結婚を申し入れたのか、貴方は知っていますか!?」

 そして彼は突然、話しを変えた。

「え? 王妃がそう言ったからでしょう? 私との間に子が出来れば、父に王家を乗っ取られるって」

 私の答えに彼は頷いた。

「……確かに王妃は彼にそう言った。だが1番の理由は、母親を守る為ですよ。彼にとって1番大切なのは自分を産み、ずっと自分を守ってくれた母親だった」

「え? 王妃様を守る…」

「ええ。陛下は言った。彼と貴方の間に子が出来れば王家は安泰。そうなれば、王妃も側妃も邪魔者だと…。殿下はその陛下の言葉を偶々聞いてしまったんだと思います。陛下と話している最中、人影が見えた気がしましたから…。私も悪かった。陛下の思いを吐き出させる為、彼を煽った。だから殿下は強く思った事でしょう。貴方との間に子が出来れば、王妃は王宮から追い出されるかも知れない…と」

「邪魔者…」

 私は呆然と彼の言葉を繰り返した。

「そしてこの話はきっと彼を通じて王妃も知っていたでしょう。だから貴方は嫁ぐ前から2人にとって、自分達を追い詰める危険な存在だと認識されていた。しかも貴方はエドモンド殿下の次の王をリシャール殿下にと陛下に詰め寄った。その時から2人にとっては貴方は自分達の立場を脅かせる邪魔者だったのです」

「でも、エドモンドが王になれば彼女は国母じゃない? そんな追い出されるなんて…」

 戸惑いながらそう言った私に彼は呆れた様に答えた。

「その前にですよ。貴方はまだまだ甘い。あの男が分かっていない。王妃様と側妃様。貴方はあの男がどちらをより疎んでいたと思いますか? 自分の目的を果たす為なら、自分の胸を短剣で突き刺す様な女を、貴方は側に置きたいと思いますか? 下手をすれば次は自分が刺されるかも知れない…そう考えるのが普通でしょう? 実際にあの男はそう言っていましたしね…」

 私はずっと不思議に思っていた。何故自分はこれ程王妃に嫌われるのだろう。

 私がエドモンドに嫁がなければ、彼は王太子にはなれなかった。そして我が家は、金のない王家に支援金も支払っている。そのお陰で王妃達は何不自由の無い生活が送れているのに…と。

 その理由がやっと分かった気がした。

「だから、王妃はルルナレッタ様の懐妊が分かった時、リシャール殿下を殺めようとしたのでしょう。彼さえいなくなれば自分達は安泰だと。本当に浅はかな事だ…。」

 彼は呆れた様にそう言い放ち、話を締め括った。

「すいません…。少し話し込んでしまいました。時間がありません。謁見の間にお急ぎ下さい」

 彼はそう言って頭を下げると部屋から出て行った。

 彼の言う通り、あれから随分と時間が経っていた。私は慌てて身支度を整えると、侍女達の嫌味の言葉にまた心の中で盛大な突っ込みを入れながら、アレクと共に謁見の間を目指した…。











 

 




 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。

ましろ
恋愛
「私には他に愛する女性がいる。だから君は形だけの妻だ。抱く気など無い」 初夜の場に現れた途端、旦那様から信じられない言葉が冷たく吐き捨てられた。 「なるほど。これは結婚詐欺だと言うことですね!」 「……は?」 自分の愛人の為の政略結婚のつもりが、結婚した妻はまったく言う事を聞かない女性だった! 「え、政略?それなら最初に条件を提示してしかるべきでしょう?後出しでその様なことを言い出すのは詐欺の手口ですよ」 「ちなみに実家への愛は欠片もないので、経済的に追い込んでも私は何も困りません」 口を開けば生意気な事ばかり。 この結婚、どうなる? ✱基本ご都合主義。ゆるふわ設定。

貴方様の後悔など知りません。探さないで下さいませ。

ましろ
恋愛
「致しかねます」 「な!?」 「何故強姦魔の被害者探しを?見つけて如何なさるのです」 「勿論謝罪を!」 「それは貴方様の自己満足に過ぎませんよ」 今まで順風満帆だった侯爵令息オーガストはある罪を犯した。 ある令嬢に恋をし、失恋した翌朝。目覚めるとあからさまな事後の後。あれは夢ではなかったのか? 白い体、胸元のホクロ。暗めな髪色。『違います、お許し下さい』涙ながらに抵抗する声。覚えているのはそれだけ。だが……血痕あり。 私は誰を抱いたのだ? 泥酔して罪を犯した男と、それに巻き込まれる人々と、その恋の行方。 ★以前、無理矢理ネタを考えた時の別案。 幸せな始まりでは無いので苦手な方はそっ閉じでお願いします。 いつでもご都合主義。ゆるふわ設定です。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。

処理中です...