上 下
22 / 38

第22話 エドモンド1

しおりを挟む
「もし本当にそれを陛下がお許しになると思われるなら、ここに陛下をお呼びしましょうか!?」

 目の前で啖呵を切る女を見て苛立ちを覚えた。

 馬鹿か? お前は何を見ている? あの男がそんな面倒事に首を突っ込むはずがないだろう…と。

 女好きで、事勿れ主義。おまけに全て人任せで何もやる気が無い。

 お前は嫁いて来てから全ての執務をあの男に押し付けられているではないか? それなのにまだあの男の名を口にし、頼ろうとするのか?

 あんな男を引き合いに出された所で、僕の心には何一つ響く事はない。

 それでも僕が彼女に謝ったのは、これ以上母の立場を悪くしない為だった。

 人は僕の事を母の傀儡と呼ぶだろう。でも、僕はそれでも構わない。

 僕は今までに2度父に捨てられた。

 その2度共、全てを捨て僕を必死に守ってくれたのは母だったから…。

 1度目は母の懐妊が分かった時。

 喜んで父に報告した母に、オスマンサスを恐れたあの男は告げた。

「その子の事は諦めてくれないか?」

 あの時、母や母の親族が騒ぎを起こさなければ、母は父の手によって堕胎させられ、僕は今ここにはいなかっただろう。

 後で知った話だが、あの男は既にオスマンサスの令嬢にも手を出していたのだ。

 当然、母はそんな事を知る由も無い。

 確かにその時、父とオスマンサスの令嬢の間に縁談が持ち上がっていた事は誰もが知っていた。でもまだ正式に婚約していた訳ではなかった。

 それなのに母と母の親族は、オスマンサスによって没落に追い込まれた。

 そしてこの時、母は王太子妃と言う立場は得たものの、全てを失ったのだ。

 それなのに…。

 父は僕がまだ母のお腹にいる時から浮気をし、その女もまた父の子を宿した。

 仕方なくその女は父の側妃となった。

 母はどれだけ悔しかっただろう。その女が後に産んだ子がリシャールだ。

 母はその女と子を憎んだ。当たり前だ。何も知らなかった母とは違い、その女は父に妻がいる事も、母の腹に子がいる事も知っていた。

 知っていて父に抱かれたのだ。

 僕が生まれると父は僕に言い聞かせた。

「お前は罪の子だ。お前さえいなければ王家がここまで困窮する事は無かった。だからお前はせめて、王家のために一生尽くせ」

 今ならば言い返すだろう。貴方は何を言っているんだ。初めにその罪を犯したのは他の誰でもない、貴方ではないかと。

 だが、当時まだ子供だった僕には、父のこの言葉は重くのしかかった。

 それからと言うもの、第一王子として生まれた僕に自由な時間なんて無かった。幼い頃から何人もの家庭教師がつけられ、沢山の事を学ばされた。でも僕がどれだけ頑張っても、父上は僕を見てため息を吐く。

「何だ! こんな事も出来ないのか!? 情けない。それでも私の息子か!?」

 父にはいつも叱られた。
 
 頑張らなきゃ、頑張らなきゃ…。

 もっと頑張って父上に認めて貰うんだ。

 そう思って焦れば焦るほど、結果を出せない…。それが情けなくて、悔しくて…。そのうち、僕はストレスで文字を見ると頭が痛くなる様になった。

 これを見かねて母は僕を庇ってくれた。

「陛下。これ以上はこの子が壊れてしまいます。何故この子にこんなに辛く当たるのです!? 私は貴方のせいで全てを失った…。それなのにこの子まで私から奪うつもりですか!?」

 母は父をそう言って責めた。

 すると、父は僕にはもう何も言わなくなった。それどころか僕の言う事は何でも聞いてくれて、猫可愛がりするようになった。

 反してリシャールには厳しく当たった。

「あら、あの子また陛下に叱られているわ。可哀想な子…。余程出来が悪いのね。その点、貴方はお父様にとても愛されているから幸せね」

 母は僕が父に可愛がられる様になると、いつもそう言って優越感に浸っていた。

 でもそうじゃ無かった。

「王太子はリシャールにしようと思う」

 ある日、父がそう告げた。

 そう…。僕は母に庇われたあの日、父に見放されたのだ。

 だから父は急に僕に優しくなったのだ。

 僕に何の期待もしなくなったから…。

 それからだった。母が可笑しくなってしまったのは…。

 その後、何度も僕を王太子にするようにと父に迫った母は、父がそれを拒絶すると短剣で自らの胸を貫いた。そして血を流しながら父に言ったのだ。

「王太子はエドモンドに…。あの女の子供だけは決して王にはさせないで…」と…。

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処理中です...