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第16話
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異変はすぐに起きた。
廊下を歩いていると沢山の視線を感じる様になったのだ。
それも刺す様な鋭い視線だ。
何だろう? そう感じていた。
暫くすると、その答えはマリエルによって齎された。
「王妃様付きの侍女達が、王妃様が妃殿下に母親失格だと罵られ泣いておられたと後宮中に吹聴して回っているらしいですよ。しかもその理由と言うのが、妃殿下が殿下に愛されないからだと…」
「罵ったなんて…そんな…」
しかもその理由がエドモンドに愛されないからって…何の冗談だ?
でもあの時、確かに言ってしまった。子を導くのは母親の役目だと…。つまり子供を導く事が出来ていない→母親失格。確かに歪曲して考えればそう捉えられなくもない。歪曲すればね。
だからと言って後悔も反省もしていないけどね。子供じゃあるまいし、何故私がエドモンドにやる気を起こさせないといけないのか…。
本当に勘弁して欲しい。
でも、マリエルのおかげで、私はあの周りからの冷たい視線の意味に納得がいった。王妃は私が言い返した言葉を利用して、私を悪者に陥れたのだ。
そして、後宮が王妃によって牛耳られている今、彼女の言葉はまるで真実であるかの様に後宮中に広まっていった。
「やられたな」
リシャールが庭園で私に声を掛けて来た。以前彼と偶々会ったあの場所だ。
「あ! いたの?」
「何だよ。心配して待っていてやったのに…損したな」
彼は揶揄う様な笑みをみせる。
「待っていた…?」
私は躊躇いがちに尋ねた。
「ああ…。此処に来れば会えると思ったんだ」
リシャールは照れながらそう話す。何だか甘い雰囲気だ。
私は考え事をする時や息抜きしたい時など庭園をよく散歩している。体を動かしながら思考を巡らせると、考えが纏まりやすくなる為だ。彼はそれを知っていたのだろう…。
私達は最近、執務室で毎日顔を合わせてはいるが、やはり他の文官達もいるのだ。仕事の話ばかりでプライベートな話など出来ない。だからリシャールは、酷い噂を立てられている私を心配して、此処で待っていてくれたのだろう。私には彼のその心使いが嬉しかった。
「へぇ? 態々私の事、待っていてくれたんだ?」
折角だから、私も照れながらそう返した。するとリシャールは神妙な面持ちで私を見つめた。
「此処でならゆっくりと話が出来ると思った…。実は考えに考えて、話そうと決めた事があるんだ」
彼はそう言って、真剣な眼差しで私を見つめた。
余程大切な話なのだろう。私は息を飲んだ。
「俺、前に言っただろう? あの女は直ぐに泣くって。そうして周りの同情を買って味方に付けていく…。母上もそれで随分苦労していた。ある事ない事触れ回られて…悪者にされてな。あの女はいつも母上を責めた。同じ事をしたのに、私は家を失って家族もバラバラ。反して貴方は何も失ってはいない。不公平だ…と。それで母上が少しでも反論すると、今回のお前と同じだよ。母上を悪者にして、自分は悲劇のヒロイン気取りさ。」
「……そうだったの…」
私は瞳を伏せた。そうか。リシャールの母親も私と同じ思いをしていたんだわ…。
「それでも必死に公務をこなし、時間をかけて母上と俺は周りからの信頼を得ていった。父上も俺たちの頑張りは認めてくれていて、早い段階で父は俺を次の王太子にすると母上に約束していた。だからこそ母上は、実家に援助を求めてまでも王家に尽くしたんだ。俺が王太子になれると信じていたから…」
だから王太子になるのはリシャールだと噂が流れたんだ。何より陛下自身がそう言ったから。
でも……。
「だったら何故、エドモンドが王太子になったの? 貴方が王太子になると信じていたから、伯爵が王家に援助されていたのだとしたら、こんな酷い話はないわ。しかも陛下は彼の後ろ盾にと私と婚姻までさせたのよ? それにこの婚姻を結ぶ為に陛下は大きなリスクを侵した。ルクソールとオスマンサスを結びつけた。そこまでして何故陛下は自分自身の発言を覆したの?」
何が何だか分からない。陛下は一体何がしたかったのか。
だが、リシャールは突然、腹立し気に拳を握りしめた。
「あの女が自分の命を盾に父に迫ったからさ。だから父は、あの女に逆らえなかった」
「自分の命を盾にした…? それってどう言う…」
戸惑う私にリシャールは答えた。
「ああ、あの女は父の目の前で自分の胸に短剣を突き立てた」
「え?」
驚愕だった。
「突き立てた? 突き立てようとした…ではなく…?」
「ああ、本当に、実際に突いたんだ。『リシャールが王太子になったら、私は彼に此処を追い出されるわ!! そんなことになるぐらいなら死んでやる!』 そう叫びながら…。それで父はあの女に折れたんだ。まぁ、実際に俺はあの女を疎ましく思っていたからな。本気で追い出したかも知れない。自分は公務一つせず、ただ悲劇のヒロインを気取って、母上を責めるだけのあの女が許せなかったし…」
エドモンドを王太子にする為に王妃は自分で胸を短剣で貫いた。勿論、死なない様に調整はしただろう。でも、そんな事が平気で出来る人…。私は王妃と言う人が初めて恐ろしく感じた。
「あの女は狡猾だ。それに何をするか分からない怖さがある。だから、もう2度と母上も関わらない様に離宮へと移ったんだ。お前も用心しろ。次のあの女のターゲットはお前だ」
廊下を歩いていると沢山の視線を感じる様になったのだ。
それも刺す様な鋭い視線だ。
何だろう? そう感じていた。
暫くすると、その答えはマリエルによって齎された。
「王妃様付きの侍女達が、王妃様が妃殿下に母親失格だと罵られ泣いておられたと後宮中に吹聴して回っているらしいですよ。しかもその理由と言うのが、妃殿下が殿下に愛されないからだと…」
「罵ったなんて…そんな…」
しかもその理由がエドモンドに愛されないからって…何の冗談だ?
でもあの時、確かに言ってしまった。子を導くのは母親の役目だと…。つまり子供を導く事が出来ていない→母親失格。確かに歪曲して考えればそう捉えられなくもない。歪曲すればね。
だからと言って後悔も反省もしていないけどね。子供じゃあるまいし、何故私がエドモンドにやる気を起こさせないといけないのか…。
本当に勘弁して欲しい。
でも、マリエルのおかげで、私はあの周りからの冷たい視線の意味に納得がいった。王妃は私が言い返した言葉を利用して、私を悪者に陥れたのだ。
そして、後宮が王妃によって牛耳られている今、彼女の言葉はまるで真実であるかの様に後宮中に広まっていった。
「やられたな」
リシャールが庭園で私に声を掛けて来た。以前彼と偶々会ったあの場所だ。
「あ! いたの?」
「何だよ。心配して待っていてやったのに…損したな」
彼は揶揄う様な笑みをみせる。
「待っていた…?」
私は躊躇いがちに尋ねた。
「ああ…。此処に来れば会えると思ったんだ」
リシャールは照れながらそう話す。何だか甘い雰囲気だ。
私は考え事をする時や息抜きしたい時など庭園をよく散歩している。体を動かしながら思考を巡らせると、考えが纏まりやすくなる為だ。彼はそれを知っていたのだろう…。
私達は最近、執務室で毎日顔を合わせてはいるが、やはり他の文官達もいるのだ。仕事の話ばかりでプライベートな話など出来ない。だからリシャールは、酷い噂を立てられている私を心配して、此処で待っていてくれたのだろう。私には彼のその心使いが嬉しかった。
「へぇ? 態々私の事、待っていてくれたんだ?」
折角だから、私も照れながらそう返した。するとリシャールは神妙な面持ちで私を見つめた。
「此処でならゆっくりと話が出来ると思った…。実は考えに考えて、話そうと決めた事があるんだ」
彼はそう言って、真剣な眼差しで私を見つめた。
余程大切な話なのだろう。私は息を飲んだ。
「俺、前に言っただろう? あの女は直ぐに泣くって。そうして周りの同情を買って味方に付けていく…。母上もそれで随分苦労していた。ある事ない事触れ回られて…悪者にされてな。あの女はいつも母上を責めた。同じ事をしたのに、私は家を失って家族もバラバラ。反して貴方は何も失ってはいない。不公平だ…と。それで母上が少しでも反論すると、今回のお前と同じだよ。母上を悪者にして、自分は悲劇のヒロイン気取りさ。」
「……そうだったの…」
私は瞳を伏せた。そうか。リシャールの母親も私と同じ思いをしていたんだわ…。
「それでも必死に公務をこなし、時間をかけて母上と俺は周りからの信頼を得ていった。父上も俺たちの頑張りは認めてくれていて、早い段階で父は俺を次の王太子にすると母上に約束していた。だからこそ母上は、実家に援助を求めてまでも王家に尽くしたんだ。俺が王太子になれると信じていたから…」
だから王太子になるのはリシャールだと噂が流れたんだ。何より陛下自身がそう言ったから。
でも……。
「だったら何故、エドモンドが王太子になったの? 貴方が王太子になると信じていたから、伯爵が王家に援助されていたのだとしたら、こんな酷い話はないわ。しかも陛下は彼の後ろ盾にと私と婚姻までさせたのよ? それにこの婚姻を結ぶ為に陛下は大きなリスクを侵した。ルクソールとオスマンサスを結びつけた。そこまでして何故陛下は自分自身の発言を覆したの?」
何が何だか分からない。陛下は一体何がしたかったのか。
だが、リシャールは突然、腹立し気に拳を握りしめた。
「あの女が自分の命を盾に父に迫ったからさ。だから父は、あの女に逆らえなかった」
「自分の命を盾にした…? それってどう言う…」
戸惑う私にリシャールは答えた。
「ああ、あの女は父の目の前で自分の胸に短剣を突き立てた」
「え?」
驚愕だった。
「突き立てた? 突き立てようとした…ではなく…?」
「ああ、本当に、実際に突いたんだ。『リシャールが王太子になったら、私は彼に此処を追い出されるわ!! そんなことになるぐらいなら死んでやる!』 そう叫びながら…。それで父はあの女に折れたんだ。まぁ、実際に俺はあの女を疎ましく思っていたからな。本気で追い出したかも知れない。自分は公務一つせず、ただ悲劇のヒロインを気取って、母上を責めるだけのあの女が許せなかったし…」
エドモンドを王太子にする為に王妃は自分で胸を短剣で貫いた。勿論、死なない様に調整はしただろう。でも、そんな事が平気で出来る人…。私は王妃と言う人が初めて恐ろしく感じた。
「あの女は狡猾だ。それに何をするか分からない怖さがある。だから、もう2度と母上も関わらない様に離宮へと移ったんだ。お前も用心しろ。次のあの女のターゲットはお前だ」
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