上 下
7 / 38

第7話

しおりを挟む
「ねぇ、じゃあもう一つだけ聞いてもいい? もしかして王妃様と王太子殿下は公務を殆どしていなかったんじゃない?」

「…ええ…」

 彼は今度は声を出して頷いた。

 父は言った。私とエドモンドの婚姻は後宮の勢力図を変える。側妃は私に嫌がらせをしてくるかも知れないと…。なる程。彼女は特大の嫌がらせを残してくれた。

 これだけの量の書類が溜まっていると言う事は、2人が後宮を去った後、執務は殆ど手付かずの状態だったのだろう。

 側妃には分かっていたのだ。自分とリシャール様、2人が後宮を去れば、次に公務を担うのは私だと言うことが…。

「お二人が後宮を去られると聞いて私達は不安を覚えました。でもリシャール様が仰ったのです。彼女はとても優秀だ。恐らく慣れれば難なくこなしてくれるだろう…と。妃殿下とリシャール様は貴族学園で同級だったのでしょう? リシャール様が教えて下さいました」

 男性はそう言います。

「でも親しくは無かったのよ。それどころか話した事さえなかったわ。彼は何時も忙しそうだったし、休み時間も寝てばかりいたから…。学園の中にも親しい友人っていたのかしら?」

「……そうでしたか。それはお寂しい思いをさせてしまいました…。あの方は何時も学園から帰ると此処で黙々と執務をこなされておりましたから…。きっとお疲れだったのでしょう」

 男性は悔しそうに俯いた。彼の言葉の隅々からリシャールへの同情が見て取れた。

 父は言っていた。陛下は王妃への償いとしてエドモンドを盛大に甘やかせていたと…。それはきっと王妃に対しても同じだったのだろう。

 そしてその皺寄せは側妃とリシャール様の所にやって来た。

 実家が没落した事も勿論あっただろう。でも側妃が後宮で力を持ったのは、彼女自身の努力も大きかったのだ。

 だからこそ、エドモンドよりもリシャールを王太子にと、声が上がったのだ。

 我が家はそれをひっくり返した。側妃とリシャールの今迄必死に積み重ねて来た努力を無駄にしたのだ。恨まれて当然。憎まれて当然だ。

「お願いします。取り急ぎ決済をお願いしたい書類をこちらに纏めました。この部屋を見て頂ければ分かるとは思いますが、もう長い間、執務が滞っております。兎に角この書類だけでもご決済を…」

 彼は懇願する様に私に束になった書類を差し出した。

「分かったわ。私は何をすれば良い? 教えてくれる?」
 
 その後、この男性はバーグと言う名の高級文官である事が分かった。私はバーグに教わりながら、少しずつ執務をこなしていく。

 父へは直ぐに現状を知らせる手紙を送ったが、父からの返事は、今は耐えろ。その一行だった。

 エドモンドとの白い結婚。ルルナレッタの輿入れ。そして大量の執務。

 それらを知った父が今、何を考え、何をしようとしているのか……王宮にいる私には何も分からない。それが余計に私を不安にさせた。

 そんなある日、気分転換に庭園を散歩していた私は、剣の鍛錬をするリシャール様を見かけた。

 どうしよう。迷っていると目が合った。

 すると、彼が此方に近づいて来た。

「よう! お前もいろいろ大変だな」

 彼が驚く程気さくに声を掛けて来た。

 だから私も気さくに答える。

「大変だと思うなら手伝いに来てよ」

 そう言ってから気がついた。彼と話すのはこれが初めてだった事に…。

 すると彼は笑った。それはもう爽やかに…。

「それは出来ない。こっちにも意地があるんだ。今迄、必死に父上を支えて来たのは母上だ。あの女は文句を言って父上に泣き付くだけ。それなのに父上はあの女を選んだ」

 悔しそうにそう言った彼を見て、父の言葉を思い出した。

『陛下もどちらか一方に肩入れするなど、罪な事をなさる』

 選ばれた方は良い。でも、選ばれなかった方は…? そう考えると悲しくなった。

 同列なんかでは無かった。最初から陛下は同情という名の元に王妃を優先していたのだ。

「そんな顔するなよ。少なくとも俺はお前に恨みはないよ? 母上は…どう考えてるか知らないけどな」

 彼はそう言ってまた笑った。



 

 

 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。

ましろ
恋愛
「私には他に愛する女性がいる。だから君は形だけの妻だ。抱く気など無い」 初夜の場に現れた途端、旦那様から信じられない言葉が冷たく吐き捨てられた。 「なるほど。これは結婚詐欺だと言うことですね!」 「……は?」 自分の愛人の為の政略結婚のつもりが、結婚した妻はまったく言う事を聞かない女性だった! 「え、政略?それなら最初に条件を提示してしかるべきでしょう?後出しでその様なことを言い出すのは詐欺の手口ですよ」 「ちなみに実家への愛は欠片もないので、経済的に追い込んでも私は何も困りません」 口を開けば生意気な事ばかり。 この結婚、どうなる? ✱基本ご都合主義。ゆるふわ設定。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

旦那様と浮気相手に居場所を奪われた伯爵夫人ですが、周りが離縁させようと動き出したようです(旧題:私を見下す旦那様)

めぐめぐ
恋愛
政略結婚をした伯爵夫人フェリーチェはある日、夫レイジィと女中頭アイリーンの情事を目撃してしまう。 フェリーチェがレイジィの言いなりであるのをいいことに、アイリーンが産んだ子に家を継がせるつもりだということも。 女中頭アイリーンに自分の居場所をとられ、持ち物を奪われ、レイジィもアイリーンの味方をしてフェリーチェを無能だと見下し罵るが、自分のせいで周囲に迷惑をかけたくないと耐え続けるフェリーチェ。 しかし彼女の幸せを願う者たちが、二人を離縁させようと動き出していた……。 ※2021.6.2 完結しました♪読んで頂いた皆様、ありがとうございました! ※2021.6.3 ホトラン入りありがとうございます♪ ※初ざまぁ作品です、色々と足りない部分もありますが温かい目で見守ってください(;^ω^) ※中世ヨーロッパ風世界観ですが、貴族制度などは現実の制度と違いますので、「んなわけないやろー!m9(^Д^)」があっても、そういうものだと思ってください(笑) ※頭空っぽ推奨 ※イラストは「ノーコピーライトガール」様より

処理中です...