上 下
6 / 38

第6話

しおりを挟む
 さて、少しだけ時間は巻き戻る。

 朝、少しだけ寝坊した私を、私付きの侍女が起こしに来てくれた。彼女の名はマリエル。行儀見習いのため我が家で預かっている子爵家の令嬢で、今回、私の輿入れに付いて来てくれたのだ。

「お休みのところ、申し訳ありません。王妃様と殿下が朝食を共にと仰っておられるそうです」

 彼女は困ったような顔をして、私にそう告げる。

 彼女がそんな顔をする理由は分かっている。昨日の今日だ。はっきり言って悪い予感しかしない。

 だからと言って2人の申し出を断る事も出来ず、私は急いで支度をしてダイニングへと向かった。

 ダイニングに着くと王妃とエドモンドが楽しそうに談笑していた。

「遅れてしまい申し訳ございません」

 私が謝罪すると、王妃は笑みを浮かべた。

「あら、いいのよ。お疲れのところ呼び出して悪かったわね。さぁ、お腹が減ったわ。席へ着いてちょうだい」 

 彼女が私に声を掛けると、執事が椅子を引いた。ここに座れと言う事だろう。

 だが、私に与えられたのはこのダイニングの中の一番の末席。2人からはかなり離れている。身の程を弁えろと言う事だろう。初っ端から嫌がらせが甚だしい。

 出された朝食はどれも贅を尽くしたものだった。

 王宮では、朝からこんな贅沢な物を食べるのか? でも王家には金がないはず…。

 私が料理を見つめていると、それに気付いたのだろう。王妃が話しかけて来た。

「美味しそうでしょう? 貴方のお陰で毎日美味しい料理が食べられるわ」と。

 そう言われて気付いた。父はこれから毎月、嫁いだ支援金の名目で王家に対して一定額の金を払う契約をしていた。それが既に支払われたのだろう。

 だったら少し位私にも感謝して欲しいものである。

「それでね、エドモンドに聞いたのだけれど、貴方達、昨夜上手くいかなかったらしいわね」

 その言葉を王妃の口から聞いた瞬間、驚いた私は食事を喉に詰まらせた。

 ゴホッコホ…。

「あら大変。お水を飲みなさい」

 そんな私に王妃は優雅に声をかけた。エドワードは私は彼の妻だと言うのに知らん顔をして横を向いている。

 普通、夫婦の夜の話を朝からダイニングでするものだろうか? と言うか、そもそも夫婦の閨での出来事を母親に話すものなのか?とんだマザコン野郎である。

 私の咳が落ち着くと、王妃は言葉を繋いだ。

「それでね? この子に側妃を取ろうと思うのよ? 仕方ないわよね? 貴方達、上手くいかなかった訳だから…」

 なる程。だから昨夜の話を振ったのね。しかし、嫁いだ次の日に既に側妃の話しとは…。どれだけ我が家を舐めているのだろう。それに、どの口が言うだ。エドモンドに私との間に子は作らない様にと申しつけたのは、他でもない、貴方でしょう?

 王妃は更に話を続ける。

「それからね。貴方には王太子妃として、今日から早速、公務を担って欲しいと思っているのよ?」

「え? 今日からですか? ですが私は昨日嫁いで来たばかりで、まだ何も分からないんですが…」

 暗に断りを入れた。子は産むな。でも仕事はしろ。公務をするのは仕方がない。私の勤めだ。でも、そちらの都合ばかり押し付けられてはたまらない。

 だが、それが王妃の琴線に触れたのだろう。

「今日からと言ったら今日からです! 貴方は嫁なんだから、私の言う事を素直に聞いていればいいんです!!」

 彼女はそう言って声を荒げた。その間もエドモンドは知らん顔。一言も発しない。

「さぁ、貴方達。彼女を執務室に案内して!」

 王妃は私の後ろに向かって声を掛ける。

 慌てて私が後ろを振り返ると、そこにはいつ来たのか、何人かの男性がだっていた。

 彼らは申し訳なさそうに私に声を掛ける。

「さぁ、妃殿下。こちらです」

 まだ食事の途中にも関わらず…だ。

 その様子を見て思った。父の言った通り後宮の力関係は既に変わっているのかも知れない。何故なら、周りの使用人達は皆、王妃を恐れている様に感じたから…。

 私は仕方なく席を立った。彼らまで巻き込む訳にはいかない。

 そして案内された王宮の一室で見たのだ。高く積み上げられた書類の山を…。

「これ、全部、私がするの?」

「はい。左様でございます」

 私の問いかけに彼らは頷いた。

「はいって、私、昨日嫁いだばかりよ?」

 それまでは王太子妃と言う存在は、王宮にはいなかったのだ。たった1日でこんなに仕事が溜まるはずはない。

「………」

 彼らは押し黙る。

「ねぇ、これ本当に王太子妃がすべき仕事なの…」

「………」

 誰も答えない。きっと言えないのだろう。それが答えだ。

「では、質問を変えるわ。今迄、この仕事は誰がやっていたの?」

 すると男の1人が答えた。

「側妃様とリシャール様です。ですが、王太子殿下が立太子された後、もう自分達の仕事ではないと、お二人は離宮に移られたのです。いえ、寧ろお二人はそれをエドモンド様立太子を飲む条件にされました」

「ねぇ、なら合っていたら頷いて。これってもしかして、本来、王妃と王太子がすべき仕事ではないの?」

 私が問うと、彼らは黙って頷いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

処理中です...