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執務室を出た私は急いで自分の部屋に戻った。直ぐに夜会用のドレスから動き易いワンピースに着替える。そして机の引き出しを開け、宝石が入れられている箱を取り出した。箱は全部で3つ。最初の箱に収められている宝石は全て、夜会や誕生日など折りに触れて殿下から送られた物…つまり婚約を解消した今となっては、必要も思い入れも無い物だ。
私はそれらをカバンに詰め込んだ。
「これだけあれば、当分は暮らせるわね」
私は一人呟いた。
残った箱は2つ。
1つには今まで父からプレゼントされた物が入っている。これは持ち出すつもりは無い。私にも意地がある。私がこれを置いて屋敷を去ればバーバラの物になるのだろう。
最後の箱は、母から受け継いだ大切な母の形見だ。売るつもりは無い。特にこの緑色に輝くペリドットのブローチは、母にとっても妹の形見だった。
私の持つ緑の瞳。母と同じこの瞳の色は、他国からセレジストグリーンと呼ばれるセレジスト皇族によく現れる瞳の色なのだという。ペリドットはそれ程値段の高い石ではないけれど、石言葉は『夫婦の愛』。叔母はきっと父と母の周りからは望まれない婚姻を、彼女なりに祝ってくれたのだろう。でも今の父には1番似つかわしくない物だ。
私が未だ幼い頃、母の元をたった1度だけこのセレジストグリーンの瞳を持った人物が尋ねて来てくれた事があった。
それが母の妹、ミンティア様だった。突然我が家に訪れた彼女に、母はとても驚き、そしてとても嬉しそうにしていたのを覚えている。
その時、叔母が母に送ったのがこのブローチと宝石箱だった。
でもそれから暫く経って、その叔母が亡くなったとニュースで知った。あの時の母の嘆きや悲しみを私は今でも忘れられない。2人はとても仲の良い姉妹だったらしい。
これもカバンに詰め込むと、私はそのカバンだけを持って屋敷を出た。
夜会から帰ってからの出来事。当然だが外はもう真っ暗だ。本当は朝を待って出て行った方が良いのだろう。でも私にはあの人と同じ屋敷に居る事がもう耐えられなかった。
それにこんな真夜中に屋敷を出て行く私を、父が止める事も無かった。父の中では、もう私は娘では無いのだろう。
屋敷を出たからと言って私には行く当ても無い。
早く宿を探さなければ、流石に夜道の若い女の1人歩きは危険だ。だが真っ暗な中、何処に何があるのかもさっぱり分からない。私は夜道をただ1人、周りを見回しながら彷徨った。
暫くすると、そんな私に1人の老紳士が声を掛けて来た。
「お嬢さん、こんな遅い時間にさっきからキョロキョロして、何か探しものかね?」
人の良さそうな老人だ。この人なら信用出来るかも知れない。私は藁にも縋る思いでその紳士に答えた。
「今夜泊まる宿を探しているのです。女性が1人で泊まっても安心な、信頼出来る宿を知りませんか?」
「ああ、それならそこの角を曲がった所に一軒あるよ。もう暗い。そこに行ってみたらどうだい?」
老紳士は親切に教えてくれた。
「ご親切にありがとうございます」
私は礼を言って、教えられた通りの角を曲がった。その瞬間、私は人を見た目で判断した事を後悔した。
そこに男が数人待ち構えていたのだ。咄嗟に逃げようとしたが周りを取り囲まれる。複数の人物に囲まれ、背中から一太刀。テレサが亡くなった時、衛兵隊に告げられた言葉が頭をよぎった。
この人達、テレサを殺した犯人かも…。
王太子妃教育で護身術を習っていた私は、男達の動きを見て悟った。破落戸の格好はしているが、この男達はきちんと訓練を受けた兵士だ。
私は男達と対峙しながら、何とか逃げ出すタイミングを探る。しかし多勢に無勢。私はジリジリと後退させられて行った。
そして次の瞬間、私は背後から手を回され、何かの薬品を嗅がされた。
私の意識はそのまま遠のいていった。
*****
目を覚ました私はベッドに寝かされていた。どうやら攫われたらしい。その割には高待遇だ。周りの調度品は全て一流の品が並んでいる。部屋の様子から察するにどうやらここは貴族の、しかもかなり高位の貴族の屋敷の様だ。
兎に角逃げなければ…。そう思った私は逃げられる場所が無いかを探した。だが、扉には外から鍵がかけられており、窓は開くものの部屋は3階、流石に飛び降りれば只では済まないだろう。
つまりは閉じ込められたのね…。
母が亡くなってから私は、今迄私が大切にして来たものを失い過ぎた。
頭の中にテレサの死が過ぎる。
今度は私が殺されるんだろうか…。恐怖と絶望で体が震える。
その時、部屋の扉が叩かれ、入って来た人物を見て私は目を疑った。
「どうして貴方がここに…」
扉の前に立っていたのは、私に婚約の解消を告げた王太子、ザイティガ殿下だった…。
私はそれらをカバンに詰め込んだ。
「これだけあれば、当分は暮らせるわね」
私は一人呟いた。
残った箱は2つ。
1つには今まで父からプレゼントされた物が入っている。これは持ち出すつもりは無い。私にも意地がある。私がこれを置いて屋敷を去ればバーバラの物になるのだろう。
最後の箱は、母から受け継いだ大切な母の形見だ。売るつもりは無い。特にこの緑色に輝くペリドットのブローチは、母にとっても妹の形見だった。
私の持つ緑の瞳。母と同じこの瞳の色は、他国からセレジストグリーンと呼ばれるセレジスト皇族によく現れる瞳の色なのだという。ペリドットはそれ程値段の高い石ではないけれど、石言葉は『夫婦の愛』。叔母はきっと父と母の周りからは望まれない婚姻を、彼女なりに祝ってくれたのだろう。でも今の父には1番似つかわしくない物だ。
私が未だ幼い頃、母の元をたった1度だけこのセレジストグリーンの瞳を持った人物が尋ねて来てくれた事があった。
それが母の妹、ミンティア様だった。突然我が家に訪れた彼女に、母はとても驚き、そしてとても嬉しそうにしていたのを覚えている。
その時、叔母が母に送ったのがこのブローチと宝石箱だった。
でもそれから暫く経って、その叔母が亡くなったとニュースで知った。あの時の母の嘆きや悲しみを私は今でも忘れられない。2人はとても仲の良い姉妹だったらしい。
これもカバンに詰め込むと、私はそのカバンだけを持って屋敷を出た。
夜会から帰ってからの出来事。当然だが外はもう真っ暗だ。本当は朝を待って出て行った方が良いのだろう。でも私にはあの人と同じ屋敷に居る事がもう耐えられなかった。
それにこんな真夜中に屋敷を出て行く私を、父が止める事も無かった。父の中では、もう私は娘では無いのだろう。
屋敷を出たからと言って私には行く当ても無い。
早く宿を探さなければ、流石に夜道の若い女の1人歩きは危険だ。だが真っ暗な中、何処に何があるのかもさっぱり分からない。私は夜道をただ1人、周りを見回しながら彷徨った。
暫くすると、そんな私に1人の老紳士が声を掛けて来た。
「お嬢さん、こんな遅い時間にさっきからキョロキョロして、何か探しものかね?」
人の良さそうな老人だ。この人なら信用出来るかも知れない。私は藁にも縋る思いでその紳士に答えた。
「今夜泊まる宿を探しているのです。女性が1人で泊まっても安心な、信頼出来る宿を知りませんか?」
「ああ、それならそこの角を曲がった所に一軒あるよ。もう暗い。そこに行ってみたらどうだい?」
老紳士は親切に教えてくれた。
「ご親切にありがとうございます」
私は礼を言って、教えられた通りの角を曲がった。その瞬間、私は人を見た目で判断した事を後悔した。
そこに男が数人待ち構えていたのだ。咄嗟に逃げようとしたが周りを取り囲まれる。複数の人物に囲まれ、背中から一太刀。テレサが亡くなった時、衛兵隊に告げられた言葉が頭をよぎった。
この人達、テレサを殺した犯人かも…。
王太子妃教育で護身術を習っていた私は、男達の動きを見て悟った。破落戸の格好はしているが、この男達はきちんと訓練を受けた兵士だ。
私は男達と対峙しながら、何とか逃げ出すタイミングを探る。しかし多勢に無勢。私はジリジリと後退させられて行った。
そして次の瞬間、私は背後から手を回され、何かの薬品を嗅がされた。
私の意識はそのまま遠のいていった。
*****
目を覚ました私はベッドに寝かされていた。どうやら攫われたらしい。その割には高待遇だ。周りの調度品は全て一流の品が並んでいる。部屋の様子から察するにどうやらここは貴族の、しかもかなり高位の貴族の屋敷の様だ。
兎に角逃げなければ…。そう思った私は逃げられる場所が無いかを探した。だが、扉には外から鍵がかけられており、窓は開くものの部屋は3階、流石に飛び降りれば只では済まないだろう。
つまりは閉じ込められたのね…。
母が亡くなってから私は、今迄私が大切にして来たものを失い過ぎた。
頭の中にテレサの死が過ぎる。
今度は私が殺されるんだろうか…。恐怖と絶望で体が震える。
その時、部屋の扉が叩かれ、入って来た人物を見て私は目を疑った。
「どうして貴方がここに…」
扉の前に立っていたのは、私に婚約の解消を告げた王太子、ザイティガ殿下だった…。
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