私は何も知らなかった

まるまる⭐️

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 執務室を出た私は急いで自分の部屋に戻った。直ぐに夜会用のドレスから動き易いワンピースに着替える。そして机の引き出しを開け、宝石が入れられている箱を取り出した。箱は全部で3つ。最初の箱に収められている宝石は全て、夜会や誕生日など折りに触れて殿下から送られた物…つまり婚約を解消した今となっては、必要も思い入れも無い物だ。

 私はそれらをカバンに詰め込んだ。

「これだけあれば、当分は暮らせるわね」

 私は一人呟いた。

 残った箱は2つ。

 1つには今まで父からプレゼントされた物が入っている。これは持ち出すつもりは無い。私にも意地がある。私がこれを置いて屋敷を去ればバーバラの物になるのだろう。

 最後の箱は、母から受け継いだ大切な母の形見だ。売るつもりは無い。特にこの緑色に輝くペリドットのブローチは、母にとっても妹の形見だった。

 私の持つ緑の瞳。母と同じこの瞳の色は、他国からセレジストグリーンと呼ばれるセレジスト皇族によく現れる瞳の色なのだという。ペリドットはそれ程値段の高い石ではないけれど、石言葉は『夫婦の愛』。叔母はきっと父と母の周りからは望まれない婚姻を、彼女なりに祝ってくれたのだろう。でも今の父には1番似つかわしくない物だ。

 私が未だ幼い頃、母の元をたった1度だけこのセレジストグリーンの瞳を持った人物が尋ねて来てくれた事があった。
 それが母の妹、ミンティア様だった。突然我が家に訪れた彼女に、母はとても驚き、そしてとても嬉しそうにしていたのを覚えている。

 その時、叔母が母に送ったのがこのブローチと宝石箱だった。

 でもそれから暫く経って、その叔母が亡くなったとニュースで知った。あの時の母の嘆きや悲しみを私は今でも忘れられない。2人はとても仲の良い姉妹だったらしい。

 これもカバンに詰め込むと、私はそのカバンだけを持って屋敷を出た。

 夜会から帰ってからの出来事。当然だが外はもう真っ暗だ。本当は朝を待って出て行った方が良いのだろう。でも私にはあの人と同じ屋敷に居る事がもう耐えられなかった。

 それにこんな真夜中に屋敷を出て行く私を、父が止める事も無かった。父の中では、もう私は娘では無いのだろう。

 屋敷を出たからと言って私には行く当ても無い。

 早く宿を探さなければ、流石に夜道の若い女の1人歩きは危険だ。だが真っ暗な中、何処に何があるのかもさっぱり分からない。私は夜道をただ1人、周りを見回しながら彷徨った。

 暫くすると、そんな私に1人の老紳士が声を掛けて来た。

「お嬢さん、こんな遅い時間にさっきからキョロキョロして、何か探しものかね?」

 人の良さそうな老人だ。この人なら信用出来るかも知れない。私は藁にも縋る思いでその紳士に答えた。

「今夜泊まる宿を探しているのです。女性が1人で泊まっても安心な、信頼出来る宿を知りませんか?」

「ああ、それならそこの角を曲がった所に一軒あるよ。もう暗い。そこに行ってみたらどうだい?」

 老紳士は親切に教えてくれた。

「ご親切にありがとうございます」 

 私は礼を言って、教えられた通りの角を曲がった。その瞬間、私は人を見た目で判断した事を後悔した。

 そこに男が数人待ち構えていたのだ。咄嗟に逃げようとしたが周りを取り囲まれる。複数の人物に囲まれ、背中から一太刀。テレサが亡くなった時、衛兵隊に告げられた言葉が頭をよぎった。

 この人達、テレサを殺した犯人かも…。

 王太子妃教育で護身術を習っていた私は、男達の動きを見て悟った。破落戸の格好はしているが、この男達はきちんと訓練を受けた兵士だ。

 私は男達と対峙しながら、何とか逃げ出すタイミングを探る。しかし多勢に無勢。私はジリジリと後退させられて行った。

 そして次の瞬間、私は背後から手を回され、何かの薬品を嗅がされた。

 私の意識はそのまま遠のいていった。


 *****


 目を覚ました私はベッドに寝かされていた。どうやら攫われたらしい。その割には高待遇だ。周りの調度品は全て一流の品が並んでいる。部屋の様子から察するにどうやらここは貴族の、しかもかなり高位の貴族の屋敷の様だ。

 兎に角逃げなければ…。そう思った私は逃げられる場所が無いかを探した。だが、扉には外から鍵がかけられており、窓は開くものの部屋は3階、流石に飛び降りれば只では済まないだろう。

 つまりは閉じ込められたのね…。

 母が亡くなってから私は、今迄私が大切にして来たものを失い過ぎた。

 頭の中にテレサの死が過ぎる。
 今度は私が殺されるんだろうか…。恐怖と絶望で体が震える。

 その時、部屋の扉が叩かれ、入って来た人物を見て私は目を疑った。

「どうして貴方がここに…」

 扉の前に立っていたのは、私に婚約の解消を告げた王太子、ザイティガ殿下だった…。



 

 




















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